第29話 "愚兄"は"お兄さま"に戻る


 ずっと暗闇の中にいた。


 たまに光の中に戻っては、急激に暗闇へ再び引き戻される。そんなことの繰り返しだった。


 完全な俺を取り戻せないまま、家族とハルと、そしてシエのことを考えていた。


 シエはこんな俺を許してくれるのだろうか。

 俺は、本意ではなかったとしても彼女に酷い扱いをしてしまった。


 どうしたら彼女に償えるだろう。


 キッドソン家への信頼も俺のせいで落ちてしまっている。国にも迷惑をかけている。

 ただで済むはずがない。


 もっと早く見限ってしまえば簡単なはずなのに。

 家族は俺を見捨てなかった。


 一生をかけても俺は誠意を見せなければならない。

 罰を受けることも覚悟している。


 そんな俺の側に、シエを置くべきではない。

 彼女を大切に思うならば尚更、俺の想いなど捨ててしまおう。


 そんなことを永遠に考えるだけだった。

 俺の力でこの闇を払えないことが、ただただ無力だと嘆くしかなかった。


「エ……ワード」


 あぁ、遂に愛しい彼女の声まで聞こえてきてしまった。俺もそろそろ終わりなのだろうか。


「エドワード」


 なんだ、光が……。




 パチリと目を覚ます。

 目の前には、愛しくてたまらない人の姿がある。


 これは、夢か?


「エドワード、良かった……。3日間も寝続けてた……もう戻らないかと思ったの。」


 シエが目に涙を浮かべながら俺をぎゅっと抱きしめた。

 対して俺は抱きしめ返す勇気を出せずにいた。


「俺は、戻ったのか?」


 シエを自身から引き剥がし問いかけると、シエはニコリと笑って小さく頷いた。


「ハルとカルクレアに遠征へ行った時、エルシエル殿下がヒントをくれたの。それで薬を作ることが出来た。」

「そうか、エルシエル様が……。」


 薬を作ることが出来た。それはこの事態をおさめる最も良い方法で、だからユニたちは遂に動き出したのだろう。


「エドワードが連絡してくれたのでしょう?」

「……俺だけじゃないよ。大方はユニの力だ。」


 ハルとシエたちがカルクレアに行く時に、ユニに渡した手紙や封筒にエルシエル様宛のものをいくつか入れていた。


 元々、定期的に彼に手紙や国の状況を送っていたわけだが、今回はユニを含めた解決へ向かって動いている人たちの手助けになって欲しい、という内容の手紙を送ったのだ。


 薬が完成したということは、彼は俺の要請を受けてくれたということに間違いなかった。


「目が覚めたのですね。」


 静かにドアが開き、声をかけてきたのはユニだ。


 ユニは一瞬、見定めるようにじっと俺を見つめる。それから嬉しそうに微笑んだ。


「お兄さまに戻ってる。」


 タッと駆けだし、勢いよくユニは俺に抱きついた。

 あまりにも強く抱きしめてくるので、俺は苦しくてユニの背中をとんとんと叩いた。


「ユニ、苦しいよ。」

「あぁ、ごめんなさいお兄さま。私、とっても嬉しくて。」


 スッとユニは俺から離れてベットの端に座る。

 ユニの顔には、一目見ただけで分かるくらいに、それはそれは嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


「魔法にかかっていたときのお兄さまは、まさに愚兄そのものでしたのよ。」


 ぷうっとユニは口を尖らせて言う。

 それが随分と可愛くて、俺は小さく笑みを浮かべながら自慢の妹の頭をぽんぽんと撫でた。


「それは俺も自覚しているさ。計画は上手く進んでいるかい?」

「ええ……いえ、オルドロフ様は……。」


 俺にもそれなりに情報は入っているが、細かいことはまだしっかり把握出来ていない。

 そこで聞いたことだったが、ユニに辛いことを思い出させてしまったようだった。


「これ以上被害を出さないように俺もこれからは協力する。まだ信用するには足らないと思うけれど、どうか何でも言って欲しい。」


 悲劇は更に悲劇を連鎖させる。

 こんな事態を引き起こしてしまったうちの1人として、俺は尽力し見届ける義務があるのだ。


「身を粉にして働いてもらう前に、大事な話をしよう、エドワード。」


 父上がアシュレイと共に部屋に入ってくる。

 勿論、罰は受けなければならない。


「はい、父上。覚悟は出来ています。」


 俺は、何を告げられても受け止めるという覚悟のもと父上を見ると、父上は「うむ」と頷いた。


「公爵家の次期当主となるべき人間でありながら、その自覚をなくし仕事に勤めず聖女に入れ込んだこと。権力を振りかざしたこと。そのような行いから我が家の信頼を落としたこと。お前の愚かな行為の数々に罰を与えない訳にはいかない。ゆえに、エドワードの次期当主の座を一時撤回する。」


 当たり前のことだ。

 むしろ、そんなことで良いのかという驚きが隠せない。


「いいかエドワード、次期当主を何度も変えることは信用問題にかかわる。だから、猶予を与える。お前が次期当主を撤回されたことはまだ公にはしない。だが、次期当主候補はエドワードとアシュレイの2人とする。1年だ、1年で私の信頼を再び取り戻せる働きを見せればもう一度お前を次期当主とする。そうでなければ次期当主はアシュレイとする。良いな?」

「はい。」


 1年で信頼を回復させる程の働き、それは中々に厳しい現実で、それを宣告された時点で次期当主の地位を目指すことは難しいものである。

 しかし、未だ候補に留めて貰えている時点でまだチャンスを与えて貰っているのだ。


「これでは終わらないぞ、エドワード。お前は確かに法を破っているわけではない、だから国として罰を与えることは出来ない。しかし、お前は国からの罰を与えられるべきだと私は思っている。だから、お前を1年間キッドソン家が領地を持つ『ロンド地区』へ送ることとする。」


 ロンド地区、それは我々の住むアレグエット王国の1番端に位置する戦争の絶えない地域である。

 絶対王政主義国家ルジエナ、セラ・アルバ皇国、そして最近少しずつ領土を拡大している李煬帝国りようていこくの3国と隣り合わせの地域である。その上、魔物も出現することが多いため危険である地域なのだ。

 勿論、地域の中でも王国に最も近い場所には村もあり、そこで軍の物資調達などが行われている。


 そして、俺は気づいてしまった。

 1年送られるということは、そこで成果を出さない限り俺は確実に次期当主にはなれない。

 つまり、俺が次期当主の座に戻れる可能性は99%ないのだ。


 ぐるぐると考えながら父上を見ると、変わらず真っ直ぐと俺を見ていた。


 あぁ、そうか。


「父上、必ずや貴方の期待に答えましょう。」


 俺がそう答えると、父上はふっと笑って「期待している。」と声をかけてくれた。


 この人は、それだけの難題をも俺はこなすと思って告げているのだ。


「エド兄さま、僕だって簡単にこんなチャンス逃さないよ! 覚悟してね!」


 アシュレイが俺からしたら可愛らしい宣言をする。

 なんだか空気が和やかになったところに、ドタドタと外で大きな音がした。


「お、お待ちください!」

「ちょっと触らないでよ!」


 キッドソン家の使用人の声と、もう一つは今となっては嫌悪感しか抱かない者の声だった。


「エドワード!」


 常識や礼儀など何も関係ないというように、バンと勢いよく扉が開く。

 そこに居たのは、俺の予想していた人物と相違ない、以前までは愛しくてたまらないと感じていたリマだった。


「帰ってきた途端に倒れたって聞いて……凄く心配したのよ!」


 父上やユニ、アシュレイにシエもいる中で、俺しか見えてないように一直線に俺の方へ向かってくる。


 以前まで感じていた匂いも惹かれるような気持ちも何もかも感じず、俺の中にあるのは「無」だった。


「そうか、ありがとう。だけど私はこの通り元気だ。さあ、帰ってくれ。」


 出口はあっちだ、と俺はリマが入ってきた扉を指す。


「え……え? わたしがお見舞いに来たのよ? 嬉しいでしょ?」

「正直言って約束も取り付けず急に訪問してきて、家主である父上に挨拶もせずにズカズカ上がってくるような女に私は興味がないよ。」


 あまりにも冷たく接したためか、リマは動揺を隠せないようだ。それもそうだ、少し前までは愛を囁いていたのだから。


「どうして? 今までわたしのこと好きだったじゃない。」

「俺が君を本心で好きだと?」

「わ、わたしは聖女で可愛くて、だから、だから好きだったんでしょう?」


 この空間のすべての人物の頭に『?』が浮かんでいるのが見える。

 リマは『悪魔魔法』を使い俺たちを操っていたわけで、だから本心で好きでないことなどわかっているはずだ。


 だから、ここで俺が彼女を好きでなくなった素振りを見せた場合、魔法が解けてしまったと気付くだろうと考えていたが……もしかして彼女は自身が魔法を使っているという事実に気づいていないのか?


 俺たちが本心でリマに魅力を感じ好きでいると?


 そう考えると様々なことに合点がいく。

 『悪魔魔法』を使えば大抵の場合、誰でも手中に収めることができる。自分の思い通りに行かないキッドソン家の人たちも王や王妃でさえも操れたはずだ。

 何もかも自分の思い通りに出来るはずなのに、それをしなかったのだ。


 彼女が魔法だと認識していなかったから、すぐに壊滅するほどに国を衰退させることもなかった。


 彼女が良くも悪くもバカで良かった。

 そのおかげで今、まだ国は存在している。


 ある意味感謝するしかない。


「とにかく、早く帰って頂けます? お兄さまは目覚めたばかりでまだ体調が万全ではないのです。」


 ユニが相変わらず鋭い言葉でリマに進言する。


 リマは、俺の好きではないという言葉を含め様々なことが頭の中をぐるぐると回っているのか、いつものように言い返すことをしない。


「え、ええ、そうね。」


 むしろ、素直に従い少し肩を落として帰って行った。


 カイルやベネダ家のことがありながら、どうして未だにそんなに自信で満ち溢れているのだろう。


 俺にはそれが不思議でたまらなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




シエ以外の全員が部屋を出て、目が覚めた時のようにシエと2人きりになる。


「私もエドワードとロンド地区に行くの。」

「はぁ!?」


 シエの意外な言葉に俺は驚きの声を上げてしまう。


 そんなこと許してはならない。

 彼女は魔導師団のエースで、これからどんどん出世していくはずだ。俺なんかの側にいては、評判も名声も何もかも棒に振りかねない。


「ダメだ。」

「どうして!?」


 俺の無慈悲な言葉に、シエは抗議する。


「俺といると、君は幸せになれない。」

「私は、私は……。」

「シエ、俺はお前を大切に思っている。だからこそ、他の誰かと生きて欲しい。」


 シエは首をぶんぶんと横に振る。

 そして、俺の手をぎゅっと握り、じっと見つめる。今にも泣き出してしまいそうな表情に、俺は今すぐ抱きしめてしまいたくなった。


「私は」


 だが、そんな感情は捨ててしまわなければ、彼女のためにも。


「私は、貴方といることが幸せなの。貴方の側で、貴方を支えながら生きることが何よりの幸せなの。出世も名声も何もいらない。危険な場所でも私なら貴方を守りながらでさえ生き抜ける、どこにだってついて行ける。そうでしょ?」


 シエが力なく微笑んだ瞬間、俺は衝動的に彼女を抱きしめていた。

 俺がずっと暗闇で望んでいた行動によって彼女の温もりを感じる。


「シエ……愛してるんだ。俺はずっと、シエを愛してた。」

「遅いよ、バカ。」

「後悔はさせない、俺と一緒に生きて欲しい。」


 暗闇の中で考えていたことは杞憂だった。

 シエは俺が思っている以上に強く、芯のある女性だ。


 だから、何があっても俺が幸せにするという覚悟のもと彼女と共に歩もう。


 彼女という光がある限り、暗闇で迷うことは二度とないはずだから。

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