第26話 甘々な貴族の弟の罪を暴きましょう


「この後に及んで何を……。」


 グライフ様は呆れたようにジクター様を見る。


「兄さん、聖女の世話引き受けてるんだぜ? それってめちゃくちゃ大事な仕事じゃないか。聖女を喜ばせるためにしたことは罪には問われないはずだろ? な?」


 何を無茶苦茶なことを言っているのか。

 頭でもおかしくなったのかと思わざるを得ない状況で、むしろ笑えてくるレベルだ。


 だが、彼がここまで言う理由を私達はわかっている。

 彼にとっては、聖女の身の回りの世話を請け負っているベネダ家の状況はかなり好都合であるし、そもそもベネダ侯爵家という立ち位置こそが好ましいものなのだ。


「ジクター・ベネダ。まさか、何もバレていないとは思っていないだろうね??」


 ディオンさんがジクター様に睨みを効かせる。

 その言葉を受けて彼は一瞬、目を泳がせる。


「は? 何がバレるって?」


 平然を装い受け答えをする。

 しかし、グライフ様はその変化を少しも見逃さず、ジクター様を訝しげに見て口を開いた。


「ジクター、まさか私に隠し事をしているわけではないでしょうね。」

「そんな、兄さんに俺が隠し事を出来るわけないでしょ?」


 本当のところ、ジクター様はグライフ様と同じくらい頭がキレるようだ。ここ1,2年の彼の行動がそれを明らかにさせている。


 誰も気づかなかったのだ、彼の悪事に対して。

 いや、気づかなかったわけではない。確かに悪事は起きていて、その悪事については騎士団をあげて捜査をする事態にまでなっていた。しかし、それを突き止めなければならない状況で、誰も彼の悪事であるとは分からなかった。


 彼は何一つ、自身を彷彿させる証拠を残さなかったのだ。彼が非常に狡猾で頭の良い人間である事実すらもひた隠しにしていたから。


「君は僕たちが思っていた以上に頭が良い。でも、表舞台でそれを一切見せなかった。だから、誰も悪事の根源がまさか君だなんて思いもしないだろうね。」


 ディオンさんの言葉を聞いて、ジクター様は一瞬目を丸くしてから「はははっ!」と笑って見せる。


「俺は周囲から常々『ベネダ家の落ちこぼれ』だと言われてきた。そんな俺を頭が良いだなんて、一体どういう風の吹き回しだよ。」


 ジクター様は確かに周囲からそう評価されていた。学生時代にも成績は悪く、大した功績を残したことがない。仕事も満足にこなせず、いつまでもグライフ様の影に隠れたまま。


 それが尚更、彼の存在を薄くさせていた。


「ほら、俺の話は終わらせて「近年、徐々に違法薬物の横行が激しくなっていてね。」


 ジクター様の言葉を遮り、ディオンさんはそれよりも声を張り上げて追及する。


「だけれど、まさか貿易品にそんな物がある形跡は少しもないし、違法薬物を作っていたらすぐに取り締まられる。隠れてコソコソ作ることは中々難しいし、何年もバレないだなんて不可能に等しい。」


 『違法薬物』という言葉に周りは一気に騒がしくなる。


「で、それがなんだって言うんだ。」


 ジクター様は、未だに態度も声音も表情も変えずに、あたかも自分は何も知らないという姿勢を崩さない。


「それが最近、少しずつ小さな証拠を残すようになりましてね? その時期が、ベネダ家がリマさんを引き取ってからなのですよ。」


 私がくすりと笑って言うとジクター様は一瞬スッと目を細めた。それから急に『出来損ない』の様相を整える。眉を八の字にしておどおどとして、まるで力のない青年の振りを始めた。


「だから、それが何だって言うんだよ! 俺は何も関係ないってのに!!」


 無実の罪を押し付けられ、半狂乱になる男。

 彼はまさにそれを演じていた。それが彼の中でこの場をやり過ごす適切な存在だと一瞬で判断したのだ。


「ジクター。」

「ち、違う! 兄さん! 俺がそんなこと出来るわけないだろ!? ベネダ家の落ちこぼれでお荷物だと言われてる俺が、そんな!」


 違う、と首を振るジクター様にグライフ様はジッと視線を送っている。


「確かに、学校の成績も常日頃の行いからもお前が優秀な人間だとは感じられません。」


 ジクター様の顔が晴れやかになり、こちらにどうだという表情をする。

 しかし「だが。」とグライフ様が強く言葉を発したことで表情は曇り、片方の眉がぐっとつり上がった。


「お前には、たまに本当は頭が良いのではないかと思わされることがあります。」

「はぁ?」


 唐突な身内からの疑いに一気に苛立ちを含んだ表情を露わにする。


「俺を、俺を信じたんじゃないのかよ! 兄さん!」

「信じているとも。しかし、証拠があるというのだからそれは見なければいけません。ジクターが本当にやっていないと主張するのならば、見ても構わないはずでは?」


 そう言われてしまえば反論すら出来ないもので、ジクター様はグッと押し黙るしかなかった。


 グライフ様はその様子を一瞥した後に、ディオンさんの持つ封筒を受け取り中を見る。


「これは出荷記録と受け取り記録ですか。」

「良く見るとある商品にだけズレがある。」


 膨大な商品の中で1つだけ出荷記録と受け取り記録の数が合わないのだ。

 ジクター・ベネダは自身が貿易に携わった際に違法薬物が入った商品を出荷させ、監査に回る前にそれを秘密裏に受け取っていたのだ。受け取り側の記録は彼が上手く誤魔化して仕舞えば良い。


 ズレだけならばたまにあること、なにぶん船で運ぶため欠品が出る。だから、数回に1度と頻度もコントロールしていた。


 だが、それが毎回ジクター・ベネダが関わる場合で更に同じ商品であるとわかれば多少の疑問が残る。そして、詳しく調べた際に彼に関わりがある人間が浮上して彼までたどり着いたことが今回の事の顛末だ。


 手法としてはベネダ家の行ってきた『貿易品の横領』と変わらない。恐らくはジクター・ベネダが背後で関わっているのだろう。ベネダ家からの貿易品横領を隠れ蓑にして、更に違法薬物の横領を過激化させていた。事実、最近では以前と比べて違法薬物の取り締まりは倍増している。


 しかし、今まではジクター・ベネダを彷彿させる証拠など少しも残していなかった。ズレの起きる商品は分散され、そしてジクター・ベネダとはまるで関わりのない人間が受け取りをしていた。


 正直それがあの落ちこぼれと名高い彼が主犯格である事実に我々すらも驚きを隠せなかった。


「結局、公に行なっているのは末端の人間で、いつも捕まっていたのはトカゲの尻尾でしかなかったわけだが、とうとう親玉まで辿り着いたのさ。」

「そんなのお前らが言わせてるだけかもしれないだろ。その書類ごときで俺が犯人だなんて絶対的にわかるわけじゃない。とんだ濡れ衣だ、誰かが俺を貶めたいんだ!」


 なぜ、ここまでシラを切れるのか。

 しかしながら、ジクター様の隣で震える男が1人。


 ジクター様ほどに頭が良く精神が強ければこの状況を乗り切れるだろう。が、他の人もそうであるとは限らない。


「だから、証言を頂きました。ね? ソルティ様。」


 私が視線を向けると、ソルティ様はビクリとする。


「ソルティ……お前ェ。」

「し、ししし、仕方なかったんです!!! でも僕は、悪くない! ジクターくんに、逆らえなかったから! だから僕は悪くないんだ!!」

「何言ってんだよ! お前!」


 横でビクビクしながらも、自分が悪くないと叫ぶ甥にジクター様は怒りを露わにして胸ぐらを掴む。


 詳しく調べあげた結果、辿り着いた人物はソルティ・ベネダだった。精神的に弱く、頭も良くない。ジクター・ベネダが演じていた『落ちこぼれ』の影に隠れていただけで、本当のところの『ベネダ家の落ちこぼれ』は彼だった。

 ジクター・ベネダと一緒に悪事を働くことで、自身が頭の良く狡猾で強い人間だと誤解したソルティ・ベネダが結果的にさまざまな証拠を残していた。


 ジクター・ベネダはソルティ・ベネダを隠れ蓑にしようとしてわけだが、それが裏目に出てしまったらしい。


「貴方と良く一緒にいると思っていたら、そういうことでしたのね。彼が全て証言してくれましたよ、アジトも膨大なお金の在り処も、全てね?」


 ジクター様は、遂に観念したかのようにソルティ様を突き飛ばして、ふふふっと笑いだす。


「くは、はははは! あーそうかよ、全部バレちまったなら仕方ねぇな。今となってはあんな女に入れ込んでたことが謎だ。あれのせいで全てが狂った。」


 ジクター様の顔はまさしく悪人顔で、生まれ持った悪そのもののようだった。


「ベネダ家はどいつもこいつも秀才、天才。幼心にそんな場所はつまらなかったさ。だから、街の悪い奴らとも連んでた。おかげさまで頭だけは賢くてさ、俺の悪事がバレることはなかった。兄さんたちのように、善行や商売に頭を使うつもりなんて1ミリも無かったさ。」


 彼は悪びれもせず、さも武勇伝であるかのように語った内容はクズそのもの。なぜか、性悪説を信じてしまいそうになった。


「ジクターの悪行に気づかなかったのは私の責任です。そして、そんな荒んだ心を育ててしまったことを兄として申し訳なく思います。すまない、ジクター。」


 グライフ様は、ジクター様に頭を下げる。

 ジクター様はぐしゃりと表情を歪めた。


「は? 何で俺に謝ってんだよ。俺は兄さんの、そういうところが本当にムカついて仕方ねぇ。」


 ジクター様はそう言って懐から鋭いナイフを取り出し、近くのソルティ様をグッと掴んで喉元にナイフを当てた。人質を取り、ここから逃げ出そうという算段らしい。


「どけ!」

「う、うう、やめて、ジクターくん。」


 緊迫した空気が流れる。

 後ろで静かに気配を消していたオズウェルが、ふっと動いたのが見えた。


 次の瞬間、ソルティ様は解放されジクター様の持つナイフは床に転がり、彼自身はオズウェルに拘束されていた。


「俺が居た方が良かっただろ。」


 オズウェルが、ふっと笑ってこっちを見る。

 私は特に肯定も否定もせずにニコリとだけ笑ってみせた。


「はな、せっ! なぁ、兄さん! 俺たちは家族だろ? 勿論、助けてくれるよな? な?」


 この状況でそんな期待を持てることを謎に思うが、ジクター様はグライフ様に縋るしか道はないと考えたらしい。

 どこまでも打算的に物事を考える男だ。それでいて最善の選択を判断する速度が異常に早い。あぁ、その素晴らしい頭脳を他のことに使えば良いのに。


「ベネダ家はお前を助けない。ソルティ! 加担していたお前もジクターと同罪だ。オズウェル・ジュラード副団長、2人の身柄は騎士団に渡します。」

「はい。」


 いつも誰に対しても礼儀正しい言葉使いをするグライフ様がそうではない言葉使いをする。完全に見捨てた瞬間だった。


「私もこの国に背いた行いをした罪は償います。」


 こうして、ベネダ家は貴族としての社会的立場を失い事件は収束した。


 しかし、ベネダ家にはまだもう1人厄介な人物が残っているのだった。

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