第48話 ②

 生口が『An antique shop BEAR』と、看板が読み上げた。


「入ってみよう」


 佐島一人だったら入らなかっただろう。生口は瞳を輝かせて入店した。店にはレジに店主が座っており、カメラのレンズを磨く手を止めて顔を上げた。


「いらっしゃいませ」

「あ……あの……見ても、大丈夫ですか?」

「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」


 思わず店に入ってしまったが、中はジュエリーと雑貨で佐島に必要なものは無さそうだ。それでも、佐島は小説の種になるかもしれないと店のものをじっくりと眺めた。生口はジュエリーに夢中らしく瞳を輝かせて棚を見つめている。


 佐島はジュエリーの棚を見てホラーで何か使えないかと頭を悩ませたが何も思い浮かばず、反対側の棚の雑貨を見ると、これまでに見たこともないような洒落た雑貨に素直に目を輝かせた。兎のアンティーク鋏、硝子製のスプーンとフォーク、木彫りの花の形のオルゴール、陶器製で貝殻で彩られたフォトフレーム、真鍮製の金色の置き時計。


「すごい……。こんなに美しいアンティークばかり……」


 その時、生口がほぅっとため息をついた。見ると、シルクのスカーフを見つめている。濃赤色の生地に青い花の絵が描かれた美しいスカーフだ。


「お出ししましょうか?」


 店主が立ち上がった。


「え……いえ……あっ、やっぱりお願いします!」


 生口は何故か動揺しながら頷いた。よくよく見れば店主がイケメンで動揺したのかもしれない。佐島は少し呆れた。

 店主が手袋でスカーフ取り出した。スカーフの後ろには箱があり、箱にはもう一枚スカーフが入っていた。もう一枚は濃青色のスカーフで水の絵が描かれている。


「こちらは、2枚一組となっております。新品ですが、所有されていたものですので未使用品となります」

「可愛い……! スカーフ欲しかったんです。夏とかに使いたくて。シルクですか?」

「シルク100%です。2枚で2000円ですね」

「あー。さっき会費払ったから千円足りない……。佐島くん貸してくれない?」

「えっ? 買うの?」

「うん。シルクスカーフ欲しかったんだってば」


 佐島はため息をつきながら千円渡した。


「必ず返せよな?」

「ありがとう! モチのロンよ。」


 生口はルンルンでレジに向かった。


* * * * *


 帰り道、二人は川沿いを歩き宝生駅で別れた。電車に乗った佐島は早速「ヨミカキ」のサイトを立ち上げ生口の小説を読んでみた。サークル内ではファンタジーを書いているイメージだったが、「ヨミカキ」では絶対的なイケメンに恋しては、だめなところを見つけてしまい毎度新たな相手を探すという恋愛ストーリーを書いていた。題名は「イケメンは正義?パーフェクト男子求む!」とか生口からは想像もつかない題名だった。さっきの店でもイケメン店主を見て動揺してたくらいなのに。


 帰宅してシャワーを済ませるとパソコンに向かって自分のホラー小説の更新をした。全然読者登録は増えないし評価もされない。つまらないのか……。プロになりたい佐島にとっては絶望的で涙さえ滲む。その晩、思いきってブログに登録し、宣伝を始めた。それから「ヨミカキ」の利用者を見つけては登録していく。そんな作業をしているうちに深夜3時を過ぎた頃、スマホが着信を告げた。生口だった。


『佐島くんの小説読んだよ。面白いけど在り来りな内容かな。明日時間があったら家に来ない? 千円も返すから』


 生口の家は大学近くのマンションだ。もちろん家には行ったことが無いが駅からマンションが見えるので場所は知っている。女子の家に行くのは躊躇する。彼女はいないし、向こうも彼氏はいないと前に話していたが。変な汗をかく前にもう一度メールが来た。


『良いホラーのネタを思いついたから。じゃ、都合よかったら明日の13時にでも来てね』


 佐島はため息をついて返事した。


『遠慮しつつお邪魔します』


 翌日、大学の最寄り駅まで向かい普段とは逆方向に進んだ。大学は北側に、学生が住むためのマンションは南側に多く建設されている。佐島は家賃を下げるために大学から少し離れた場所で一人暮らしをしている。マンションに着いてから部屋番号を確認しようとスマホを見るとメールが来ていた。


『705号室だよ』


 上を見上げるベランダから生口が手を振っている。生口の部屋は、女子という雰囲気は皆無で、全く生活感の無い部屋だった。恐らくミニマリストというやつだ。1Kの部屋には小さなテレビとテーブルと座布団しかない。テーブルにはノートパソコンが乗っている。


「何にも無いんだな」

「荷物と布団とか掃除機はクローゼットにあるよ」


 途中コンビニで買ったお菓子とコーヒーを差し出した。


「えっ! ありがとう……! 気が利くね」

「はいはい。千円は?」 


 生口は、ニカッと笑ってクローゼットから財布を取ると千円を手渡した。


「はい。じゃあ、スカーフ付けるから見てて」


 生口は突然、濃赤色のスカーフを頭にバンダナのように巻き付けた。


「一つは佐島くんにあげる」

「え?  いらねぇ〜」

「いいから」


 生口は何を考えているのか、佐島の首に濃青色のスカーフを巻いた。まるで客室乗務員みたいだ。


「よし。じゃあ、ホラーの話ね」

「お……唐突だな」


 生口はテーブルに佐島が買ってきたコーヒーを並べお菓子の袋を派手に開いた。

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