第25話 ②

 深夜、蒲田は冷気を感じて目を覚ました。テーブルに突っ伏して眠ってしまっていたらしい。窓から雨音と雷が聞こえたので窓に近付くと雨が吹き込んでしまっていて大雨が降っている。寝ている間に雨が降り始めたようだ。慌てて雨戸を閉めると窓に鍵をかけて障子を閉めた。


「なんや、寒いなぁ……」


 蒲田はブルリと震え扇風機を止めた。室内の温度を見ると25度だ。


「風邪引いたかな?」


 居間の隣の仏間の箪笥たんすにしまってある布団を広げて電気を消すとふすまを閉めて横になった。異様に寒い。熱を計ろうかと思ったが、体温計を取りに行くのも面倒で布団をかぶって目を閉じた。


「ん……?」


 違和感を覚えて目を開けると、閉めたはずの襖がわずかに開いている。


「なんでや」


 蒲田は横になったまま襖に手を伸ばした。


「ん?」


 一瞬、誰かに見られたような視線を感じた。襖の向こうの暗闇に目玉が見えたような気がして蒲田はゾクリとして立ち上り電気を付けた。襖を開けて確認したが人のいる気配は無い。


「……気の所為せいや」


 電気を消して横になったときだった。障子に人の形の影がくっきりと浮かび上がる。


「ぎゃぁ!」


 慌てて障子を開けて外を見たが雨戸を閉めたので影なんて映るはずがない。


「気の所為や!」


 蒲田は自分に言い聞かせると布団をかぶり目を閉じた。


8月6日 


 朝からセミが鳴いている。すでに30度を超えており、外は灼熱のような暑さだ。


 明日からは営業所はお盆休みなので今日は全員営業所で溜まった事業報告書の作成と机の片付けに追われていた。休み明けは繁忙期になるので、毎年長期休暇は多めにとるようにしている。夏の遺品整理と清掃業は過酷を極める。3Kと言われる臭い、汚い、キツイ、が1番ひどい時期なのに加えて夏は暑いが入る。腐乱したものの匂いだけではなく、自殺や孤独死の現場は体臭もこびりついている。更に暑さで熱中症にもなりかける。最近は蒲田は現場は離れていたが、みんなを労ることには気を使っていた。


 蒲田は社員がパソコンを叩いているのを横目にこっそりと資料室に入った。今はデータ管理はパソコンで行っているが10年以上前のデータは印刷してファイルに入れてあるものがほとんどだ。


『遠田 三ツ江 《とおだみつえ》(享 87)』

 仁江の祖母のファイルだ。仁江がファイリングしていて、丁寧に写真と、文章が記載されている。写真を見ていくと昔ながらの大きな仏壇に昨日久間から買った花瓶が置かれている写真があった。 


「これや……」


 仏壇は閉眼供養へいがんくようをしてから蒲田の業者で買い取りをし、すでに売却された。今はごく、小さな仏壇を購入して家に置いている。 


 買取記録に花瓶は載っていない。蒲田は久間の元に向かった。


「久間」

「社長、お疲れ様で。」


 いつもの見慣れたグレーの作業着を着てパソコン入力をしている。


「あの花瓶な、買取記録にないんやけど」

「あぁ、あの花瓶は仁江さんが譲ってくれました」


 蒲田が、パラパラと資料を見ると小さく『花瓶 久間洸希くまこうきに譲る』と記載されている。


「ほんまや」

「花瓶がどうかしましたか?」

「いや、ちょっと気になってな」

「そうでしたか」

「休み中は、お店開けるんか?」

「2日ほどは開けようと思っています」

「働きすぎは体に毒やで。休まな」

「そうですね」


 蒲田は、自分の席に戻るとお昼の出前を全員分注文した。昼には大量のコーラとピザが届き社員に盛大に配られた。


「お疲れ様やったなぁ。休み明けも頼むで」


 その日は終業時刻をいつもより早めて社員は退勤した。

 蒲田が最後に会社を出て戸締まりを済ませてから車に乗りバックミラーを確認した時、助手席に黒い影のような物が写った。


「なんや?」


 助手席には、鞄が置いてあるだけだ。

 蒲田は気にせずに車を発進させた。

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