第20話 Last Episode
二人は絢と部屋を交互に見るとあからさまに嫌そうな顔をしたが絢は気にしなかった。
「さぁ、どうぞぉ」
浮気相手は手で鼻を押さえている。つくづく失礼な女だ。絢は眉を釣り上げた。
「喫茶店とかで話さないか?」
夫は必死に愛想笑いを浮かべている。
「外に行くなら帰って下さぁい。」
絢が二人を睨みつけると二人は渋々家に上がった。リビングに通すと二人はぺちゃんこの座布団に座った。
「それで…ローンの目処が立ったから…俺から言ってはいけない言葉だが、玲も成人したし離婚してほしい」
「離婚したら、私の生活費はどうするのよぉ?」
「そ……それは……さすがに……」
「あなた、今でも別居して自由にしてるでしょう。何で離婚しなきゃいけないの?」
「彼女と再婚したいんだ」
「あらぁ。再婚できなくて残念ねぇ」
「今まで通り生活費を払うなら離婚してくれるか?」
「そうねぇ」
二人は怪訝そうな顔をしていた。絢は、だんだん苛立ち顔を真っ赤にした。
「じゃあ、二階にあなたが書いた離婚届があるから、それを持ってきてくれないかしら?あなたの書斎の机の上よ」
「えっ……じゃあ離婚してくれるのか?」
「そうね。お金を払い続けるならね」
「多江、悪いけど少し席を離れるな?」
「わかったわ」
夫が二階に行くと絢は、浮気相手を睨みつけた。絢と違い細くて綺麗で品もある。
「突然お邪魔させて頂いてすみませんでした」
絢は答えなかった。
「あ……これ……お渡しするの、忘れていましたが手土産に……」
浮気相手は立ち上がると夫の鞄の隣の紙袋を取りに行く。絢は立ち上がると急に怒鳴り始めた。
「あんたなんかの土産いらないよ!」
浮気相手は驚いて振り返った。
シュルシュルシュル
シュルシュルシュル
シュルシュルシュル
シュルシュルシュル
絢は近くにあったビニール紐を引き抜くと浮気相手に突進して首を締めた。突然のことで相手は声を出す暇さえなかった。絢が浮気相手に飛びかかると思い切り後頭部から倒れガンっと頭蓋骨に直撃した音が響いた。浮気相手は状況が理解できずに黒目をキョロキョロさせて辺りを見回した。絢は馬乗りになるとビニール紐でギュウギュウと首を締めた。浮気相手が暴れても、絢はひるむことなくビニール紐を締め続け、紐がどんどん、首に食い込む。皮膚が裂けて血が顔にかかっても気にしなかった。絢はまるで狩りをしているかのような、そんな感覚に囚われニヤニヤと口角を上げて笑った。
「何してるんだ!」
夫の声でハッとした。
「た……多江!」
絢は動かなくなった浮気相手から手を離した。
「な……なんてことを……多江……多江……」
夫が震える手でスマホを取り出すと絢はスマホを振り払った。
「もう死んでるよ!」
夫はわなわなと震えて膝から床に崩れ落ちた。
「あんたのせいだ。あんたのせいで私はこんなになったんだ……」
絢が夫を殴りつけた。もろにパンチを食らった夫は後ろによろめいて倒れ、廊下に転がった。
「あんたのせいで、この女は死んだ。あんたが巻き込まなければ生きてたんだよ!」
夫は廊下で憔悴しきっていた。絢は夏場での遺体の腐敗を恐れてエアコンをつけてお風呂場に裸で横にならせ解体を試みたが簡単には切断できない。骨を切るには専用の包丁が必要だし少しずつ生ゴミとして出すにも匂いなどで異臭騒ぎが起きそうだ。
絢はあまりの空腹に、腹部を切って肉を口に運んだ。
「……美味しいっ……!」
それは、これまで食べた生肉とは全く違う味わいだった。肉に弾力とか旨味とかそんなものはない。それは、甘美な復讐の味だった。気付くと絢は、遺体の肉を必死にこそげ取りジップロックに部位ごとに入れながら、生肉を味わっていた。絢はキッチンからビールを取ってくると一気に飲み干した。
「はぁ。美味い」
夫が絢の様子に気付いたのは何時間も経ってからだった。夫はその場に嘔吐し、絶叫して泣いていた。
「うるさい! 買い物してくるから静かにしてろ!」
絢は、シャワーで血を落として着替えると近くの家電量販店で冷凍庫と監視カメラを数台購入し荷台に乗せて帰宅した。夫は、廊下で泣き続けていて絢はそのことがさらに癪に障った。洗面所の床下収納に冷凍庫を置くとそこに骨と女の頭部を入れた。それから、洗面所と玄関に簡易の監視カメラを設置すると、夫の夕ご飯にはシェルプレートに乗せてピアスの付いた耳を出した。
「復讐の味、召し上がれ」
_____
久間は、その日孤独死をした現場に訪れていた。まだ若いのに身近な人ではなく大家が家賃の滞納をしていることで異変に気付いたそうで死後かなり経過していた。ベッドの周りは体液がかなり漏れ出してしまい清掃にかなり時間を費やした。死因は心筋梗塞でもともと生活習慣病を患っているような体型だった。
「仕事はしていなかったんですかね?」
久間は、同期の相葉に訪ねた。
「ほら、職場に来なければ不審に思うじゃないですか。」
「どうも、この方はフードファイターで大会に出たりネットの動画を上げたりして生計を立ててたみたいだよ」
「あ、なるほど」
その返答に久間は納得した。
「キッチン、まとめてやっちゃいます」
キッチンはアルコールだらけで、缶や瓶が散乱している。ゴミ箱からは食べ物の袋やプラ容器が溢れ出している。
カメラで撮影をしている時、久間の目にあるものが止まった。
「本物の貝殻の皿だ」
「あ、それ天然貝の皿かな。確かシェルプレートって浄化とかに使われるやつだろ」
「箱に入れて飾ってるのか」
久間は、シェルプレートにシャッターを切った。
「フードファイターの皿なのに、食べ物を乗せてもらえないのか」
久間は皮肉そうに口にするとニヤリとして慎重にシェルプレートの箱を手にした。
了
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