旧友

 いきなりの電話だったんだけど、


「康太か、修や」

「久しぶりやんか」


 電話をかけて来たのは森田修。高校の時に文芸部で一緒だったやつ。どうしたんだと聞いたら、神戸に出てくる用事があるから久しぶりに飲まないかだった。ここも正確に言うと高校卒業以来だから久しぶりじゃなく、初めて飲むのだけど、


「どこで飲む」

「飯食いながらにしたいけど、エエ店知らんか」

「じゃあ、鮨はどうだ」


 行きつけの鮨屋に電話したらOKだったので待ってたら、


「元気か」

「体だけはな」


 聞いて驚いたんだけど、修のやつ婿養子になっていた。だから今は森田じゃなく加島だってっさ。


「加島石材って、あの加島石材か」

「あのも、このも、あれしかないわ」


 これはビックリした。故郷で加島石材と言えば大手として良いと思う。そこの社長とは修もたいしたものだ。


「たいしたことあらへん。墓石屋の社長や。康太の方がよほどやで」

「医者もそんなに儲かる商売じゃないよ」


 それから昔話に花を咲かせたり、旧友の消息を聞いたりで楽しい時間を過ごしてた。どうも修は神戸にも支店を広げてるみたいで定期的に来てるで良さそう。


「小説は書いてへんのか」

「忙しかったらな」


 当時の文芸部は幽霊部員の巣窟みたいなところで、実質の部員は三年の三枝さんと、二年の大西さんだけ。修は幽霊部員になるつもりだったみたいだけど、ボクはなんとなく義侠心が湧いて、正式に入部することにした。修もついでに引っ張り込んだのは悪かったと思ってる。


「そうでもないわ。本気でやってもたいした活動あらへんかったし」

「ホンマは三枝さん狙いやったんちゃうんか」


 三枝さんは部長だったけど物静かな文学少女って感じの人。ちょっと影があったし、眼鏡だったけど、あれはあれで知的美人として良いと思ってる。


「さすがに二つ上やったから、ちょっとな。でも、眼鏡外した時の横顔見てゾクっとしたんは覚えてる。あれでも彼氏もおらへんかったんよな」

「というか、近づけない感じやったな」


 たしかにそんな感じ。でもボクも修も歓迎してくれた。新入部員ゼロも覚悟していたって話してたものな。まあいくら綺麗でもあの頃に三年生の先輩に恋をするのは無理はあったと思ってるよ。こっちはかなりのガキにしか見えなかっただろうし。


「三枝さんどうしたのかな」

「結婚したって話で、岡山やったはずやで」


 さすがに地元情報に強いか。そうそう、修が急接近したのは大西さんの方。これも理由があって、文芸部と言ってもジャンルがある。大雑把には小説、随筆、和歌、俳句、詩歌ぐらいかな。三枝さんは小説とか随筆が得意で、大西さんは俳句とか、詩歌が好きだったんだ。


「康太みたいに長編小説書けへんかったし」


 俳句とか川柳なら短いからなんとかなるって、大西さんとやってたぐらいかな。


「付き会っとったんか」

「あっさりゴメンナサイされてもた」


 懐かしいな。文芸部もボクが入ってから、幽霊から活動部員に変わるのも増えてけど、なぜか女子ばっかりで、


「あれって修狙いもおったんちゃうか」

「そんなもん康太狙いに決まってるやろ。やっぱり懸賞取れて本が出たんは大きかったし」


 高校の時は殆ど売れなかったけど、大学の時にひょんな事から映画化されて、結構な小遣いになってくれて嬉しかったもの。ついでに何冊かシリーズで出版してくれたし。


「上村さん覚えてるやろ」

「ああ、もちろんやけど。未亡人になってんやてな」


 修も知ってるよな。今は故郷の実家にいるみたいだけど、


「また行くか」

「未亡人なら色っぽいとか」


 未亡人と言っても喪服着たりしてるわけじゃないだろうけど。変わったんだろうな。


「会うたんか」

「聞いただけや。そやけど、昔と変わってへんって言うとったで」


 変わってないは言い過ぎだろうけど、見違えるように変わった訳じゃなさそうぐらいかな。この年代で変わればオバハン一直線やし。


「なんで上村さんにせえへんかってん」

「医学部は長いからな」

「オレより早いで」


 いつまでも話は尽きなかったけど、修が河岸を変えようと言い出したんだ。ボクはバーに誘ったけど、


「康太も独身に戻ったんやろ。若い女の子と話するとこに行こうや」

「嫁さんにバレてもしらんで」

「康太は信用しとる」


 キャバクラとかかな。あんまり好きじゃないけど、修の誘いを無にするのも悪いよな。


「ここは払とく」

「あかんて」

「その代わりに次は康太が払うや」


 なるほどね。お互い経費で落とすにしても、嫁さんにバレないようにか。尻に敷かれてるかもな。キャバクラなんて長い間行ってないけど、たまには気晴らしにイイかもな。ああいう店は座持ちが面倒だけど、修なら得意そうだし。


「行きつけか?」

「まあな」


 道すがら聞いてみるとキャバクラじゃなくて、ラウンジらしい。どう違うかわかんないけど。


「同じようなものやけど、キャバクラよりエッチ系が少ないぐらいかな」

「お持ち帰りとかは」

「オレはやらんけど、無いこともないぐらいやと思うで。まあ、あの手の店でお持ち帰りなんかしたら破産するわ」


 聞いていると修のお気に入りの子がいるみたいだけど。


「美晴っていうけど、エエ子やで」

「修、まさか」

「やってへん。やってへん」


 店のいわゆるナンバー・ワンみたいだけど、お持ち帰りどころか、店外で会うことも絶対にないのも有名だって。口説いたのも大勢いたそうだけど、


「聞いた話やで。札束持ち出した客までおったらしけど、鼻であしらわれたそうや」

「愛人でもおるんちゃうか」


 修がそれだけ御執心の美晴さんを見れるだけでも楽しみかな。

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