転落人生

 もうすぐ三十九歳か。とんでもない人生になったもんだよ。由佳はとにかく早く家を出たかった。継母と折り合いが悪くてね。向こうも由佳も努力をしたつもりだけど、ダメなものはダメだったってこと。


 だから高校卒業したら結婚してくれる相手を探し回ってた。家を出るには一番手っ取り早いと思ったんだよ。でも焦ったら人生ロクなことがないと思い知らされるだけだったな。三歳上だったけど、定職はあったし、優しそうだったから付き合いだして二十歳でトットとゴールイン。


 でも順調だったのはここまでで、後は下るばかりの人生になるとはね。そう、つかんだ旦那は思いっきりのハズレ。まずおカネをそれなりに持ってそうに見えたのは、もらってる給料を全部使ってたからだった。つまりは貯金はゼロに近かった。


 それだけじゃなく借金もあったんだよ。これがまた結構な金額で借りているところも筋が悪そうだった。その時点で見切るべきだっと思ってる。でも家に帰りたくないばっかりに由佳が支えてみせると頑張っちゃったんだよね。


 働きに出たのだけど高卒じゃたいした職はなかったよ。それでもなんとか見つけてフル・タイムで働いたのだけど、そうだね由佳が働いた分だけ旦那が使い込んでく感じになっただけだった。


 とにかく見栄張りで金遣いの荒い旦那だってこと。借金は減るどころか増える一方になり、結婚して二年もしないうちに首が回らなくなってた。そして始まった、あの頃の取り立ては物凄くて怖かった。


 とにかく返さないと殺されそうな勢いだったけど、旦那と由佳の稼ぎじゃ追いつくようなものじゃなかった。旦那の稼ぎなんて増えようがないから由佳が稼がなければならなくなった。


 覚悟を決めて夜の商売に手を染めた。キャバクラだった。それもお触りバーってやつ。そりゃ、怖かったし、恥しかったし、情けなかった。それでも由佳が稼がないと破滅するって思い込んでたんだよね。


 昼の商売より稼ぎは増えたけど、借金はちっとも減らなかったんだ。原因は旦那。あんな状態からさらに借金してたんだよ。これも今から思えば仕組まれた気がする。由佳の稼ぎを当てに新たな借金をさせてたぐらい。


 おカネって怖いと思ったよ。由佳のすべてを縛って行った気がした。キャバクラじゃ追いつかなくなり、ヘルスに行かざるを得なくなった。最初の客を取った時に、由佳もここまで落ちたと思ったもの。


 ヘルスの仕事はとにかく搾り出すこと。出なきゃクレームが付くし、店から怒られる。借金に追われまくってるから、早く搾れるようになんでもやったよ。さらに報酬は搾った人数に比例だったから、連日連夜、血眼になって搾りまくってた。


 今から考えても不思議だけど、離婚しようとかは思わなかったのよね。とにかく借金を返さないといけないぐらいかな。これも後から知ったけど、自己破産なんて手段もあったはずだけど知らなかったもの。夜逃げさえ思いつかなかったぐらい。


 それでどうなったかって。旦那に売り飛ばされた。あのハズレ旦那は膨れ上がった借金を全部由佳に押し付けてトンずらしやがったんだ。由佳も逃げたかったけど、彫り物をちらつかせる怖い連中に囲まれてどうしようもなかった。


 由佳はどこかのマンションで監禁されちゃったんだ。そこでまずされたのは教育だった。利息代わりとも言ってたし、度胸を付けるためとも言ってたっけ。ぶっちゃけ、犯されたってこと。


 由佳はキャバクラも、ヘルスもやったけど、体だけは許してなかったんだよ。それだけは由佳の女としての最後のプライド。だけどいきなりだった。監禁された初日だけで何人の相手をさせられたか。そう寄って集っての輪姦だった。泣いても、喚いても、許しを乞うても情け容赦なしだった。


 由佳は体も心もボロボロになったのだけど、翌日には冷酷そうな男が現れた。問答無用で犯されたのだけど、初日の輪姦とは違い、由佳を延々と責め立てた。嫌で嫌でたまらなかったけど無理やり昇らせられるのがわかったんだ。


 後はガタガタになるまでやられた。もう限界だから許してとお願いしたけど、失神して泡を噴いても、叩き起こされて果てしなく感じさせられ無理やり昇らされた。これが連日続いた後に、


『お前はイイ女だ。だから教えておく。ここで生き抜くには喜べ、反応しろ、楽しみにしろ。それが出来ない女はシャブ漬けにされて廃人となる。それが嫌だったらオレの言葉を思い出せ』


 その時は何を言われてるのかわかるはずもなかったけど、マンションから移されたのはタコ部屋みたいなところと言えば良いかな。そこには由佳みたいな境遇の女が十人ほどいたと思う。


 仕事場はその部屋だった。そうモロ売春。もう落ちるところまで落ちたとしか言いようがないけど、しばらくすると底の底の底辺でもランクがあることがわかった。人気が上がれば仕事場が変わるって。


 仕事場が変わると言っても、やることは売春だけど、ランクが上がれば料金も上がり、相手をする人数が減るぐらいかな。人気を集めるには買ってくれた客を喜ばせ満足させるしかないってこと。


 なにをやってるか疑問を感じないこともなかったけど、不思議に死のうとは思わなかった。由佳のやり方が良かったか悪かったかわからないけど、人気が出たのはわかった。もっともビッシリ書き込まれた予約表を見るのは嬉しくなかったけどね。


 何年かするうちに底辺のトップのソープに上がれた。あれだって後からわかったけど、普通のソープじゃなくて、仲間に言わせれば奴隷ソープだって言ってたよ。奴隷なのは常に監視されて逃げられないのもあったけど、やってる内容がね。


 普通のソープって、まずお風呂に入って、体を洗っての部分が結構長いのよね。そこでもあれこれするけど、開き直って言えばヘルスの仕事みたいなもの。そこから本番って感じかな、


 奴隷ソープの場合は、お風呂はホントに体をさっさと洗うだけですぐにベッド。ソープランドでモロ売春やってるのと同じ。まあ、それがトップで一番ラクな仕事なのよね。どこがラクかだけど、まず一日に相手する人数が少ない。


 ぶっちゃけ一人当たりの時間が長いことの裏返しだけど、二時間が基本単位で三時間とか四時間を買う客も多かった。最長で借り切り一日ってのもよくあった。それでね男って一回済むとインターバルが出来るんだよね。


 女だってそうのはずだけど、男は物理的に無理な時間帯が出来ちゃうぐらいだよ。そこは休憩時間に出来てラクなんだよね。さすがに底辺でもトップだから料金も相当だったし、それだけ払えるのは年齢層も上がるのもあったものね。


 それより何より相手が常に一人なのが嬉しかった。下の方だと二人、三人なんてよくあったし、マンションなりホテルの部屋に入ると、待ち受けてる男がテンコモリなんてのにはゲッソリさせられた。


 由佳が幸運だったのは、そこまで監禁売春させられても終わりがあったこと。借金を返済したらなんと解放されたんだ。違法なんてレベルじゃない扱いだったけど、そこだけ良心的だったかもね。いや、あれは良心的だったと言うより、派手にやりすぎて警察の手が伸びかけたからだった気もしてる。とにかくラッキーだったとしておこう。


 それでも気が付いたら三十歳をだいぶ超えてた。そう、由佳の二十代は売春に明け暮れていたってこと。よくまあ生き残れたと今でも思うぐらい。


 それでどうしたかって。高校卒業してから積み上げた社会経験が売春ばっかりだったから、まともな商売に就けないのよね。だから普通のソープに入って働いた。ラクなものだったし、普通に働けばあんなに儲かるのがよくわかったぐらいかな。



 由佳が正業に就けないのはスキルの問題もあったけど、戸籍関係がグシャグシャなのもあったんだ。借金のカタに連れ去られた日からどうなったのか調べようがないぐらい。由佳を売り飛ばしやがったハズレ旦那の行方も不明だし、婚姻がどうなってるのかも不明。さらにこれをどうしたら良いのかもわからない状態ってこと。


 おカネは貯まっても銀行口座さえ作れないし、アパートだってそういう怪しい連中でも受け入れてくれるとこしかなかったもの。由佳だって死ぬまでソープをやる気はなかったし、やれるものでもないぐらいはわかってた。


 普通のソープになっても常連さんは多かったんだけど、その中の一人の客が気に入ってた。いつも指名で来てくれるし、変なことをしないし、由佳の事を優しく扱ってくれるんだ。そのうえ、料金以外の小遣いもかならずくれた。だから戸籍関係とかをちゃんと出来る人を知らないかって聞いてみた。


 そしたら、ソープから足を洗えっていきなり説得されちゃった。それもだよ延長料金を支払ってまでだったんだよ。電話番号を教えてくれて、必ず連絡するように約束させられたんだ。


 連絡を取ると話は通じていて、事務所に訪ねて行ったらその客がいた。なんと弁護士さんだったんだ。葛城先生というんだけど、テキパキと仕事を進めてくれた。戸籍を確認してくれた上で、ハズレ元旦那と正式に離婚にしてくれた。もちろん健康保険とか、年金関係とかもバッチリ。さらにだけど、


『これは過払いも良いところだから任せてくれ』


 あの借金だけど、あれこれあったみたいだけど、最終的にはサラ金からになってるんだよね。なんか二十%どころじゃない金利になってたけど、サラ金相手だから書類関係だけは残ってた。そこから相当どころでない金額を取り戻してくれたんだ。これで由佳もちょっとしたお金持ちになった気分。


 それだけじゃない。有無を言わせずに病院に放り込まれて、あらゆる検査をされちゃった。人間ドックというより、人間総点検みたいな感じだった。やっぱり病気にはなってたよ。そりゃ、あれだけの相手にすべてナマだったもの。でもラッキーなことに治療できるもので今はすっかり治ってくれてる。


 ここまでやってくれたのに正規の料金どころか、かなりのサービス料金にしか思えなかったのよね。病院代だけでも半端じゃないはずじゃない。だからせめてホテルでお礼しようと思ったけど、


『あなたは今までのあなたじゃない、もう生まれ変わったのです。だから、そんな事をする必要もありません。どうか今からでも幸せを取り戻して下さい。私に出来るのはここまでです。どうか幸多からんことを』


 歳からすると父親世代に近いはずだけど、まるで実の娘のように良くしてもらったと思ってる。まさに由佳の再生の大恩人。最後に、


『お礼をしたいのなら一つだけ。私が通っていたのは内密にお願いします』


 この時に西村に復姓してもらった。名字が変わっただけだけど、ちょっとだけ昔に戻った気はしたよ。でも仕事はやっぱり夜のお仕事。さすがにヘルスやソープじゃないよ。かなり高級目のラウンジ。


 ラウンジの仕事と言ってもキャバクラやスナック、ガールズバーと似たようなものだけど、客層がマシぐらいと思ったらイイかも。お触りも無いとは言えないけど、メインはおしゃべりかな。夜の女の仕事ってエッチ度が強いほど給料が良いようなものだから、キャバクラやガールズバーよりかなり安い。


 それでも普通のソープ時代や葛城先生のおかげで一財産あるから、食べていける程度に稼げれば良いし、とにかく監禁時代が長すぎて贅沢する気も起らないぐらい。長かったけど、やっと人並みの生活を感じてる。

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