情報収集

 泥棒猫が出現してから、あいつとメシ食う回数が確実に減ってる。減った分は泥棒猫と会ってるはずだし、あいつは隠しもしない。顔にだってアリアリじゃない。ただ、まだやってないで良さそう。


 男女の仲で体の関係を持つのは一つのポイント。不倫ならそれだけが目的みたいなものだから、一直線に進んで後はひたすら貪りあう世界に突入するぐらいかな。ピュアな恋愛ならステップを踏んだ末にようやく到達して、次のステージに進むぐらいで良いと思ってる。


 この辺は例外が多すぎて一概に言えないけど、泥棒猫の目的はあいつとの再婚。だけど愛して夢中になってじゃないから、アレするのは積極的じゃないだろう。そう、焦らして、焦らして、関係を結んだ時点で逃げ場をすべて塞いで再婚に持ち込む段取りとみた。


 焦らす段階であいつの心を舞い上がらせ、蕩けさせるつもりだろう。味半の女将に聞いただけでも泥棒猫の恋愛経験というか、男を落として回った経験は豊富そうだから、ロマンティストのあいつ相手なら必ずそうするはず。


 そいでもってあいつだけど、完全に舞い上がっているのが隣に座っているだけでビンビン伝わってくるぐらい。そのまま一直線にならないのは、さすがに離婚からまだ日が浅いからぐらいで良さそうだ。


 あいつが蕩けさせられてベッド・インするまで、もう少し時間はありそうだけど、このままでは拙いのだけはわかってる。いっそのこと、恵梨香が先にベッド・インしてしまうのも手としてあるけど、恵梨香の魅力じゃ悔しいけど泥棒猫に勝てそうな気がしない。


 ベッド・テクには自信はあるけど、泥棒猫だってその点はタダ者じゃないだろうし、そもそもだよ、あいつにとって泥棒猫は天上界の貴婦人だものな。こんなことならサッサと関係を結んどいたら良かったよ。


 なんとかしないといけないけど、とにかく情報不足。それでも味半の女将経由である程度集まって来てる。ただ、恵梨香が泥棒猫に突撃するのは無理がアリアリ。これが妻だったら簡単だけど、現実はタダの飲み友だち、食べ友だち。手を引けと言っても鼻で笑われて終わりそうだし、下手すればあいつとも切れてしまう。



 そんな時に新たな情報が手に入った。やはり味半からだった。その日は一人で味半に来てたんだけど、のんびり飲んでるうちに、いつしか客は恵梨香だけになっていたんだよね。そこに一人の男性客が入って来たんだよ。


 歳の頃は恵梨香ぐらいかな、かなりガッシリした体格だけど、たぶん味半は初めてきたで良さそう。だって、ビールを頼んだ後に一生懸命メニュー見てるんだもの。常連さんなら恵梨香はだいたい知ってるし、良く来る客ならメニューなんて殆ど見ないもの。恵梨香は声をかけてみた。


「この店は初めてですか」

「ええ、ツレに美味しいって聞いたもんで。ところで、どれがお勧めですか」


 そこからあれこれ話が弾んだのだけど、お仕事は石材業だって、


「ぶっちゃけ墓石屋です」


 加島さんて言うんだけど、なんと大学卒。別に墓石屋が大卒でも構わないけど、あれって職人仕事だから高卒からが多いイメージがあったんだ。


「嫁さんの実家で・・・」


 あんまり勉強は好きじゃなかったと笑ってたけど、三浪してやっとこさ合格して、大学で知り合った奥さんと結婚して、そのまま奥さんの実家の家業を継いだんだって。つまりは婿養子になる。三浪までしたのにと思ったけど、


「あははは、三浪してやっと三明大でっから」


 あの頃の三明大か・・・恵梨香の短大よりマシだけどね。でも高校を聞いてちょっと驚いたし気になったんだよな。


「へぇ、明文館を知ってはるんでっか」


 さすがにね。旧制中学からの名門だし、県下でも指折りの進学校だもの。それだけじゃなく、あいつの母校でもあるし。ん、ん、ひょっとしたら、


「神保さんってご存じですか」

「神保って康太の事か。よう知ってるで・・・」


 なんとラッキーな。加島さんはあいつの友だちだったんだ。当時の高校は全員部活の方針が行われたのだけど、さすがは進学校で帰宅部希望の連中はさして活動のないところの幽霊部員になってたそう。恵梨香の高校とえらい違いだ。


 その手の帰宅部希望者が集まったのが文芸部だってのがちょっと笑った。たしかに文芸部なら、まじめにやってもランニングとか筋トレないし、恵梨香の高校でも何やってるかわかんないところだったし。


「オレは先輩から入るなら文芸部って聞いて康太も誘ったんやが・・・」


 文芸部は幽霊部員こそテンコモリいたらしいけど、本気でやってたのは三年と二年の一人ずつだったんだって。まあそんな感じだろうな。だから入部希望者を集めて、


『帰宅部希望の方は会員名簿に住所と名前を書いてお帰り下さい。もし文芸部をやりたい方がおられればお残り下さい』


 ドライに言われたんだって。


「オレも帰宅部のつもりやってんけど、康太が出て行こうとせんのや」


 加島さんは出て行こうと言ったらしいけど、あいつは続々と教室から出ていく帰宅部連中を見ながら、


『かわいそうやん。ボクはやるわ。書くのは嫌いやないし』


 加島さんも帰りづらくなって正式って変だけど文芸部に入ったんだって。あいつが文芸部って初めて聞いたよ。それであいつは、どんな奴だって聞いたのだけど、


「康太はオレなんかと出来がちゃうと思たわ・・・・・・」

「医者になってますものね」

「それもそうやけど、康太やったら港都大どころか京大かって行けたはずやねん」


 どういう事かと聞いたのだけど、あいつはマジで小説書いてたらしい。小説ってどれぐらい書かないといけないかだけど、原稿用紙なら四百枚ぐらいって聞いてクラクラしたよ。それも毎月のように一本書いてたって聞いて腰抜かしそうになった。


「それも書いてるだけやのうて、マジで面白かったし、良く出来てたんや。懸賞も取って出版されたんもあったぐらいやねん」


 そこまで行けばプロだって、


「オレも康太はプロになると思とったぐらいや。そやけど医者になるってな。どっちが良かったかはわからんけど、勉強は苦労しとった」


 とにかく物凄いペースで書いてたらしくて、勉強時間がなかったって聞いて笑ったよ。まさに本末転倒だけど、


「康太の凄いところはきっちり帳尻を合わせるんよ。ロープ際の魔術師って呼んでる奴が多かったわ。オレはリングサイドの不死鳥って呼ばれてたけど」


 加島さんも苦戦して追試受けまくりで辛うじて卒業だったらしいけど、あいつは追試には無縁だったみたい。なるほど小説にかける時間を勉強に向けてたら港都大や京大も夢じゃなかったってことか。


 あいつの話にも興味があったけど、やはり知りたいのは泥棒猫。ただ恵梨香からは切り出しにくいと思ってた。そしたら女将さんが、


「谷村さんもご存じですか」

「谷村って谷村理沙か。今日は懐かしい名前が出る日やな。リサリサやったら保育園から大学まで同じやった。もっとも大学は一年だけやったけど」


 なになに小学校から運動は得意だったみたいで、中学からは陸上でハイ・ジャンパーだったで良さそう。ただ中学ぐらいならまだしも、高校になると身長差がネックになり、成績としてはさほどじゃなかったぐらいかな。


 泥棒猫の高校までのエピソードはたいしたものはなさそうで、活発なスポーツ少女で人気があったぐらいの感じで良さそうで、加島さんも魅かれた時期もあったぐらいがせいぜいみたい。


「リサリサも三明大やんか。三年ぶりに会ったんやけど、えらい変わってもてな・・・」


 加島さんは学食で見かけた泥棒猫に声をかけたそうだけど、かなり素っ気ない反応だったみたいで、


「なんかオレと知り合いなのが嫌みたいに感じてもて、それっきりやった」


 なるほど泥棒猫が変わったのは大学時代か。まあ何があったかは味半の女将も知らないと言ってたから調べようもないけど、とにかく男とカネに執着する性格になったのだろう。やっぱり男、それも最初の男の影響の気がするね。せっかくだから、これも聞いておこう。


「神保さんに彼女はいたのですか」

「いたよ、上村さんや。名前言うてもわからんか。そやけど大人しいけど可愛い子やった。とにかく康太はベタ惚れやったで」


 やっぱり、あいつと智子はそう見られてたんだ。それはともかく、ますますヤバイじゃない。恵梨香は泥棒猫が高校時代から嫌な奴なのをどこか期待してたけど、そうじゃないのがわかっちゃったもの。


 あいつが知ってる泥棒猫は高校時代の記憶のまま。つまり天上界の貴婦人になるんだよ。それに大学以降の変わりようなんて知る術もないじゃないか。これじゃ、泥棒猫の思いのままになっちゃうよ。

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