初恋

 ボクはオクテだった。当時だって小学生時代から異性を意識していたのはいたけど、ボクは全然興味がなかった。つまりはガキだったってこと。男と違う女がいるぐらいは知っていたけど、仲良くなろうとか、友だちにしたいともまったく思わなかったぐらい。


 それが変わったのは中学に入学した途端だったのも覚えている。当時はニュータウン建設による人口急増期で、中学には四つの小学校から集まり十五クラスもあった。小学校は私服だったけど中学は男子が学生服、女子はブレザー。そのブレザー姿にいきなり異性を意識してしまった感じかな。言っとくが制服フェチじゃないぞ。


 あえて言い訳すれば、当時のことだし、田舎だったから私服と言っても野暮ったかったからだと無理やり思ってるわ。それに比べれば制服でもはるかに大人というか、女性を感じた気がする。さらに言えば小学校から見知った顔が三分の一ぐらいだったのもそうの気がする。


 だから厳密に言うと中一のクラスメートの誰かが初恋の相手になるはずだけど、あれはそんなレベルじゃなかったと今なら思う。あれはせいぜい異性を初めて意識した程度だよ。女の子に好意を抱き、女の子からも好意を抱いて欲しいぐらいの感覚。ちょっとでも早い連中なら小学校時代に通り過ぎていたものを中一になってようやく始まったぐらいだな。


 だからボクの初恋は中二なってからで良いと思っている。中二になり中学が新設になり十クラスになっていた。それはどうでも良いことだけど、新学期になればクラス替えがある。これも、どこでも似たようなものだと思うけど、新しいクラス編成が始業式の日に張り出されていて、そこでどのクラスに所属するかどうか見つけるってやつ。


 これまた誰でもそうすると思うけど、まず自分の名前を見つけたら、他に誰がいるかを確認したんだよ。そしたら気になる名前があったんだ。いや、いきなり目に飛び込んで来て釘付けになった。上村智子がいるじゃないか。



 これは年代と地域事情で同じと言えないが、ボクの小学校では地区ごとの児童会が作られ、児童会単位で活動することが多かったんだ。毎日の事ならまず集団登校。他には運動会の時の地区対抗リレー、さらにはソフトボール大会やバレーボール大会、相撲大会、水泳大会まであったのは参った。


 参ったのは運動が得意じゃないのもあったけど、所属した地区児童会が小さかったんだよな。同学年が三人しかいなくて、そのうちの一人が智子。智子も足が速い方ではなかったけど、毎年のように地区対抗リレーに駆り出されていた。そう智子は小さな地区児童会の三人しかいない同学年だったってこと。


 もう少し関わりがあって、親父と智子の母も同学年だったらしい。これもウソかホントかわからないけど、智子の母は高校時代に親父に憧れていたとかいなかったとか。それもあってか、家族ぐるみは言い過ぎだけど、運動会の時のお弁当を一緒に食べた記憶がある。


 そうそう智子は母子家庭。これもいつから母子家庭になったのか知らないけど、智子のお父さんは小学校の高学年の頃には既に亡くなっていたはず。だが貧乏じゃない。貧乏どころか故郷でも指折りの会社で、智子の母はそこの社長。


 だから智子は田舎であってもお嬢様。それも優等生のお嬢様。ピアノは音楽会の伴奏に必ず選ばれるぐらい上手だったし、鼓笛隊で指揮杖もって先頭に立ってたのも覚えてる。背も高くて小六の時は同じぐらいだったはず。


 だけど中一時代の智子は知らなかった。とにかく十五クラスもあったから、クラスが違えば部活でも同じでないと会うのも難しいぐらいだった。そんな智子に名前を見ただけで胸騒ぎがし、なぜかときめいてしまった理由は今でもわからない。


 教室に入ると出席番号順に座り、担任教師が順番に名前を呼びあげるのも定番だけど、やがて智子の番が来たのだけど正直なところ驚いた。すっかり印象が変わってムチャクチャ可愛い。


 智子のイメージは大柄だったのだけど、女の子でしばしば起こることだけど伸びなくなっていたで良さそうだった。一方でボクは成長期で伸び続けて完全に上回っていた。すらっとした美人になっている智子を想像していたけど、目の前に現れた智子は小柄で可愛い女の子になっていた。


 そんな智子を一遍に気に入ったし、あれこそ恋したと思う。他の女の子が目に入らない感覚をあの時に初めて経験した気がする。だから智子こそボクの初恋の人。それぐらい衝撃的だったんだ。


 だったらその次をどうしたかになるけど、正直なところなんにもなかったな。とにかく智子は物静か。あの頃だって男子に交じって話をする子もいたけど、間違ってもそんなタイプじゃなく、女友だちとキャッキャッと話している姿も思い出せないぐらい。


 それと智子はブラバンだった。当時のブラバンは全国レベルで、全国レベルであるだけの練習をしていた。それこそ休みなしで連日八時九時まで練習だったらしい。ボクは情けないことに帰宅部。偶然でも帰り道が一緒になることさえあり得ないぐらい。


 それより何より、まだまだ青かったと思ってる。これは男子だけでなく女子さえそうだったかもしれないけど、内心では異性の恋人、せめて友だちが欲しいと思いながら、少しでも親しそうに話そうものなら、寄って集って冷やかしの対象にしてたもんな。そういう時代だったとしか言いようがなかったよ。


 結局のところ中二はクラスが同じだった以上の関係はまったくなく、挨拶すらした記憶もないぐらい。初恋が憧れるだけの片想いに終わるのは珍しくもないけど、中三で別のクラスになった時点で、そうなるはずだった。



 ここで小さなドラマが起こることになる。大伯父の息子をなんと呼ぶかわからないから叔父にしとくけど、学習塾を急に始めると言い出したところから話は始まるで良いと思う。叔父は慶応だったはずで、卒業後は地元の新聞社に就職するものの気に入らず退職。


 以後も定職に就かずで、今ならニートみたいなものかもしれない。家は祖母の実家になるけど故郷でも有数の旧家だから食べるのには困ってなかったようだけど、とくに大伯母が息子の自立に必死になったぐらいだったと今なら思ってる。


 この塾なんだけど当時の故郷では珍しく高校進学者も対象にしてたんだよな。都市部はともかく、故郷ぐらいの田舎ではまだ大手チェーンもなかったし、小学生向きの補習塾ぐらいしかなかったはずなんだ。だからボクもそこまで塾とは無縁だった。


 ここからが運命の綾みたいなものだけど、大伯母は塾経営を軌道に乗せるためにサクラを集めてた気がするんだよ。塾の生徒募集には前年度実績が効果的だけど、とにかく一年目だから塾生を鍛え上げてじゃなく、優秀な生徒をかき集めた気がしてる。


 ボクも突然行けと言われて面食らったけど、あれは親戚として協力をしたんだと思ってる。それはわかるとして、他のメンバーが今から思っても不思議すぎるものだったんだ。


 まず二人の女の子だけど、これがなんと高校の校区外。よくまあ、あんなところからわざわざと思うぐらいだった。この二人はとりあえず置いとくけど、次が山岸。


 山岸も小学校以来だが、こいつも優等生。ブラバンでトロンボーン吹いてた。それだけじゃなく学級委員長にも選ばれるぐらい人望があり、たしかブラバンも部長だったはず。正直なところ何しに来たかと思ったぐらいだった。


 山岸にも驚いたが、腰が抜けそうになるぐらい驚いたのは智子がいたこと。こんなところで智子に出会うなんて夢にも思わなかったぐらいだったんだ。もちろん喜んで舞い上がってた。


 サクラとして集められたんだろうは後年にそう思っただけで、とにかく中三で受験生だったから塾での勉強は真面目にやったと思ってる。だから授業中の思い出ははっきり言ってない。


 問題は塾が終わった後だった。これも記憶が曖昧な部分が残るけど、終わるのが八時か九時ぐらいだったはずだった。つまりは帰るころには夜道になってたのだけは間違いない。塾は商店街の西側にあったけど、まず校区外の二人とはそこでサヨナラになる。


 商店街にはアーケードがあり照明もあったけど、さすがに帰る時間に開いている店はなかったと思う。山岸と智子とボクは商店街を東に抜けることになる。ちなみに自転車だった。


 商店街を抜けると県道になるのだけど、智子の家は県道を渡ってまっすぐ進む方が近いんだよな。これはボクも同じだったけど、山岸はそこから右に曲がり駅の方向が帰宅ルートになるんだ。


 これもどうしてそうなったかは記憶の彼方なんだけど、ボクも智子も次の交差点、つまりは駅前の交差点まで山岸と一緒になっていた。そうしても、さして遠回りになるわけじゃないから、夜道だし、そこまでは付き合おうぐらいだったかもしれない。


 そうしたら何が起こるだけど、山岸が走り去った後は、ボクと智子の二人が残ることになったんだよ。そこからは交差点を渡り、次の交差点を渡り、そこからはボクは直進し、智子は左に曲がって帰るだけだけど、信号が二つあるから話す時間が出来たぐらいかな。


 これも信号が二つとも青なら駆け抜けて終わりだけど、赤が重なると五分ぐらい時間が出来ることはあったと思う。無言でいるのも不自然だから初めてだよ、生まれて初めて女の子と雑談みたいなものが出来たってこと。


 なにを話していたかは忘れた。でも一つだけ妙に覚えているシーンを今でも鮮やかに覚えてる。でも、あれは現実に存在したものかどうかについて自信がないんだよな。


 とにかく映画に誘ったのだけは間違いない。なんの映画かも覚えてないけど、とにかく映画だった。これが塾の帰り道だった証拠として智子は私服だった。智子の私服姿は小学生時代はともかく高校卒業まで、あの塾以外で見たことがないのは間違いない。


 智子の返事は前向きだったはずだけど、それが今でも信じられない根拠になってるぐらいかな。まず故郷の映画館は小学生時代にすべて閉館になっていた。だから映画となると神戸まで出ていく必要があったんだ。


 そうなると往復の電車賃、映画館の入場料、昼食代ぐらいは必要になるけど、当時のお小遣いではかなり厳しいものになるんだよこれが。昼食だってコンビニ時代前で、マクドも神戸に一軒あったかどうかぐらいで、ファミレスもまだだった気がする。とにかく中学生が気軽に入れる店を見つけるのも大問題。


 校則的にも良くなくて、保護者同伴になっていたはず。もっとも神戸まで教師の監視の目があるとは思えないにしろ、根本の大問題として親にどう説明するかは確実にあるんだよこれが。


 その辺は友だちと遊びに行くで誤魔化せそうだけど、昼食をどうするかの説明が必要なのが中学生。とにかく受験生だから、勉強もせずに遊びに行くのはハードルが高すぎたぐらいかな。


 もちろん実現していないけど、あれってひょっとして夢だったのかもしれないと思う時さえあるんだよね。それかもっと軽い調子で映画を誘ったけど、


「見に行きたいね」


 これぐらいの話を合わせてくれただけなのを勘違いしただけかもしれないとも思ってるぐらい。それでも恋人には遠すぎるけど、友だち未満ぐらいまで智子に近づけた気がしてる。


 中学生だからそこから徐々にでも距離を詰めてになりそうな話だけど、そうはならなかったのが塾時代だった。世の中の何が起こるかわからないとは、あの事だったかもしれない。

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