金貨と銀貨とファンタジー経済
異世界ファンタジーの通貨と言えば金貨とか銀貨とか銅貨ですね。下手すると金貨しかなかったりします。まあ、実際に金貨や銀貨といった貨幣は近代まで使われていた通貨システムですし、理解もしやすいですよね。
しかし、感覚的には理解しやすくても、実際に金貨や銀貨が使われている社会の通貨システム(
たとえば異なる通貨同士の交換レートなどですが、実はこれがまったく安定しなかったりします。異世界ファンタジー作品なんかを見ていると、銀貨10枚で金貨1枚とか比率が固定されていたりしますが、現実にはそんなことはあり得ません。実際、海外のインターネット掲示板などで日本の異世界ファンタジー作品を論じるスレッドなんかを覗いてみると、「何で日本の異世界ファンタジーの世界じゃ、銀貨10枚で金貨1枚とか、銅貨10枚で銀貨1枚とか比率が決まってるんだ?」と疑問を投げかけている人がたまにいたりします。
ここまで読んだ読者の中には「え、金貨と銀貨の価値ってそんなに変わるの?」って疑問を持たれた方ももしかしたらいらっしゃるかもしれません。
はい、変わります。
貨幣経済が浸透していない田舎の集落などではそうでもないでしょうが、交易の盛んな商業都市や港湾都市となると日ごとに貨幣の交換比率が変動します。それこそ、現在の
そもそも金貨や銀貨という貨幣の価値は、素材となっている金や銀といった希少金属に依存するものです。金は腐食もしませんし比重が重いため偽造もしにくく、金そのものが希少で市中に多く出回る物でもありませんから価値が安定しているように思われがちですが、決してそんなことはありません。
通貨の価値がどうやって決まるのか?
お
じゃあ実際にはどうやって決まるのかというと、市中に出回っている通貨と、その通貨で交換可能な商品(またはサービス)とのバランスで決定します。単純に何かがたくさんあれば、それの価値は下がりますし、逆に何かが少なければ、それの価値は上がります。
たとえば魚が不漁で供給が需要を満たせないと魚の値段は上がりますよね?逆に豊漁だと魚の値段は下がります。金貨や銀貨でも同じことが起こるわけです。というより、魚の価格変動を漁師の側から魚を基準に通貨の価値を見れば、現にそれが起っていることが理解できるでしょう。
魚はたくさんあっても市中に金貨の流通量が少なければ、金貨1枚を得るために支払う魚の量は多くなってしまい、逆に金貨の流通量が多ければ、金貨1枚を得るために必要な魚の量は少なくて済むようになるわけです。ほら、金貨の価値が変動しているでしょう?
実際には金貨や銀貨の流通量は限られていたのと長期にわたる保存が可能だったことから、貨幣は物を交換する際の価値の基準とされるようになっており、これがために貨幣の価値が一定で物の価値の方が変動するように見えていますが、現実には貨幣と物の価値の比は相対的な物で、どちらか一方の価値が絶対的に安定しているということはありません。
よって、金や銀の相場も当然変動しますし、金や銀の相場が変動するということは金や銀で作られた金貨や銀貨の価値も変動するのです。
しかし、それでは商品と貨幣全体のバランス変動による交換比率(つまり物価)の変動しか説明できません。
魚が二倍獲れたら魚の値段が半分に落ちた…それだけでしょ?
金貨1枚対銀貨10枚の交換比率(こういう金と銀と交換比率を『
たとえばファンタジー王国において、金貨を100万枚、銀貨を1000万枚鋳造して国内で流通させたとしましょう。そして、話を単純化するために金貨や銀貨は無くなったり国外に流出したりしないものと仮定します。つまり金貨と銀貨の総量は固定されています。その上で金貨と銀貨の交換比率は1:10だよって王様が決めたとします。
どうです、これなら金貨と銀貨の交換比率は固定されるでしょ?
ところがこれでも貨幣の交換比率は固定されないのです。
何故なら貨幣は常にどこにでも平均的に行き渡るものではないからです。地域ごとに偏在してしまうものであり、その貨幣が行き渡っていない地域では希少価値が認められて高く評価されることもあれば、逆に受け付けてもらえないこともあります。現代社会ですら地域によって物価が違うでしょ?
たとえば日本でも江戸時代以前は西日本では銀が、東日本では金が主に取引で用いられていたように、国全体で見れば金貨100万枚、銀貨1000万枚を流通させたとしても、「金貨なんて首都などの都市部にしか無いよ」とか、辺境地域では「銀貨しか流通してない」なんてことも十分にあり得ます。外国から入って来る金貨・銀貨もありますしね。
「その剣は
「今、銀貨しかないんだ。これじゃ足らないかい?」
「銀貨だって?どれどれ…
なんだ、アルマンド銀貨かと思ったらベシャメル銀貨じゃないか。
アルマンド銀貨なら両替手数料込みで30枚は貰うところだが、これなら22枚でいいよ。」
「そんなに安くていいのかい!?」
「ああ、ベシャメル銀貨は良質だし北の商人から物を買うのに都合がいいんだが、ここらじゃ中々入ってこないんだ。
見たところコイツはまだ新しいみたいだしね。
アンタ、良かったら今持ってるベシャメル銀貨をアルマンド銀貨と交換してくれないか?」
同じ金貨・銀貨でも国や時代によって金・銀の含有量が違うものですから、交易都市などではこういう会話も割とあったことでしょう。
また、金貨や銀貨が素材の価値に依存する以上、同じ金貨・銀貨でも擦り減ったり腐食したり割れたりして小さくなると、必然的に価値を減じることにもなります。
「おい、なんで金貨2枚両替して銀貨たったの22枚なんだよ!?
金貨1枚で銀貨30枚にはなるはずだろ!」
「そいつぁオランデーズ金貨の話だ。
だがコイツを良く見ろ、ウスター金貨じゃないか!?
ウスター金貨ってだけでオランデーズ金貨の半分しか価値は無いんだ。
しっかもこんなに擦り減っちまって…刻印だって半分消えちまってるじゃねえか。
こんなに小さくなっちまったら銀貨10枚にだってなるもんか。
お前さんだから色を付けてやって金貨2枚で銀貨22枚にしてやってるんだぜ?
気に入らねぇんなら他所へ行きな、ウチが一番高いと思うけどね。」
・・・というような会話は、金貨や銀貨が流通している世界の商業都市では割と良く聞かれる会話だったりします。まあ、さすがに銀貨10枚の価値しかない金貨に一割も色を付けてやるなんてことは無いでしょうが・・・
金貨や銀貨は、あくまでも金、そして銀という素材の価値に依存するものです。同じ国で発行した貨幣であっても、現在の一万円札と千円札の関係にあるわけではありません。
たとえ一つの国で金貨100万枚、銀貨1000万枚を鋳造して法定交換比率を1:10だと定めたとしても、もしも国全体で金貨以外の金の保有量が50トン、銀の保有量が100トンだとしたら、実際の市場取引での金貨と銀貨の交換比率は法定交換比率よりも1:2に近いモノになっていくでしょう。
金貨や銀貨はあくまでも金、そして銀を取引に使いやすい形に加工した物であって、現在のように政府が価値を保証するような信用に基づく通貨ではないのです。金貨は「金貨一枚分の価値」で取引されるわけではなく、「その金貨一枚に含まれいている金の分の価値」で取引されるだけなのです。
だから逆に発行した国家が滅亡したとしても、金貨や銀貨は価値を失いません。現在の日本円や米ドルみたいな通貨は国家が滅亡し経済が破綻すれば、その通貨も価値を失って紙屑と化してしまいますが、金貨や銀貨の場合は国の信用度と貨幣の価値の間に何の関係もないので、その中に含まれる金・銀という素材分の価値が残り続ける限り金貨・銀貨の価値はそのまま変わらないのです。
むしろ、滅亡した国の金貨・銀貨は古銭コレクターたちによってプレミアが付けられて却って価値が上がって行くことすらあります。
そして現実には他国と貿易をしていれば外国から貨幣が流入してくることもありますし、逆に国外へ流出していくこともありますから、国内での貨幣の流通量はコントロールしきれません。
中世欧州のキリスト教会などは寄付等で集まった金貨や銀貨を鋳つぶして、銀の燭台や銀の食器に仕立てなおしたりして蓄財にいそしんでいました(だから教会には銀の食器や燭台や調度品があるんですよ)が、教会、貴族や富豪といった有力者たちがそういうことをやって金貨・銀貨の流通量は減って行くと、それもデフレを誘発する遠因になります。
外国から銀貨が大量に入って来れば銀貨が大暴落することもありますし、金は増えないのに銀だけが増えれば金銀比価は差が大きく開いてしまうこともあります。
実際、史実で16世紀の欧州において、スペインが新大陸から大量の銀を持ち込んだおかげで銀の価値が暴落し、「
このように金貨や銀貨という貨幣は実は価値が不安定な物であり、ましてや金貨と銀貨の交換比率を固定化することなど、原理的にまず不可能なのです。
そして、こうした問題は国の経済を安定的に発展させたい国家に対し、金貨や銀貨を流通させる金銀本位制を採用し続ける限り絶対に避けては通れない課題を突き付けることになります。
それは、経済発展に応じて通貨の流通量を増やすことができないという問題です。
国が平和的に発展すれば、人口は増えるし生産量も増えるし商品やサービスの流通量も増えます。そうすると、通貨の需要もどうしても増大するため、通貨の流通量も増やさなければなりません。でないと通貨が不足して物価が下がり、慢性的なデフレーションが起きてしまいます。
しかし、金貨や銀貨は簡単には増やせません。そもそも希少金属である金や銀は埋蔵量自体が限られ、大量生産できないからです。希少金属だからこそ、貨幣としての利用価値があるのに、希少金属ゆえに発行数を増やしたくても原料を入手できず発行量を増やせないということになるのです。
経済が発展した。通貨を増やさねばならない。だが金・銀の生産が間に合わず新規発行が出来ない・・・じゃあどうしますか?
その結果、歴史上各国で繰り返されたのが「
一度流通させた金貨や銀貨を回収し、鋳つぶして、銅などの別の金属を混ぜて金・銀の含有量を下げた貨幣を鋳造しなおし、発行枚数を水増しするのです。
金貨や銀貨の質を低下させる改鋳は一見すると悪いことととらえられがちですが、別に国家や王侯貴族が愚かだったり怠惰だったりするから行われるわけではなく、経済を発展させるために必要に迫られて行われるものなのです。
もちろん経済状況に関係なく、ただ財源不足を補うために実行された不純な動機に基づく改鋳事例が無いわけではありませんが、健全な経済発展のためには改鋳は避けては通れない…いわば金銀本位制経済にとっての宿命だったりするわけです。
江戸時代、この点を理解してない儒学者
話は脱線しますが貨幣経済が成立する前の時代の
ともあれ、ここまで読んできてくださった読者の皆様には金貨・銀貨という貨幣と、金貨・銀貨を通貨として使用する金銀本位制がどういう問題を抱えているかご理解いただけたかと思います。
長かったですね~…じつはここまでが前置きだったりするんですよ。申し訳ありません。
さあ、ではようやく本題に入ってファンタジー世界の経済を見てみましょう。
昨今の異世界ファンタジーといえばRPGゲーム風の世界が主流となっていますね。主人公は冒険者となって様々なクエストをこなしながら最終的に魔王などのラスボスを倒してハッピーエンドを目指します。
ではそういう作品世界の中で主人公がお金を得るために何をするでしょうか?
薬草を集めたりする採集クエストとか、誰かに手紙を届けたりする御使いクエストとか?…もちろんそれもするでしょうが、基本はやっぱり
お尋ね者を倒したりモンスターを狩ったりして報酬を得る・・・まさに冒険者って感じです。中には敵を倒すとお金をドロップするような作品もありますよね。
盗賊を倒してお金が出るってのは、まあ「お金持ってたんだな」って思えなくもないですが、モンスター倒してお金がドロップするのはどうなんだろう?
「ログ・ホライズン」なんかでは一応、“世界”がお金を循環させる仕組みがあって、その仕組みの中でモンスターもお金を持たされて
ただ、そうなると経済はどうなってしまうでしょうか?
思い出してください。貨幣は商品やサービスとのバランスによって価値が変動するんです。仮に凄腕の冒険者が暴れまくってモンスター退治しまくって貨幣がたくさんドロップされたらどうなりますか?
「親父、何でもいいから食える物寄こしてくれ」
「はいよ、サンドイッチ一皿金貨20枚だ」
「ブッ!?金貨だとぉ?銅貨2枚の間違いだろ!」
「いいや、金貨で20枚だよ。持ってないのかい?」
「あるかそんなもん!ふざけるな!!
王都だってサンドイッチで銅貨5枚もとりゃしねえぞ!?
サンドイッチに砂金でも入ってんのかよ!!」
「そんなもん食えるもんかい、アンタ余所者だねぇ?
ここらじゃこれが相場だよ。他行ったって値段は似たようなもんだよ?」
「ああ!?なんでこんな田舎の物価がそんなに高いんだよ!
普通、田舎なら都会より安いもんだろうが!!
俺ぁ去年もここに来たが、サンドイッチなんて銅貨2枚でたらふく食えたぜ!?」
「しょうがないじゃないか、ここ半年凄腕の冒険者が来てモンスター狩りまくってんだ。先週なんて立て続けにドラゴン何匹か狩っちまってね、金貨や銀貨が山のようにドロップしちまったのさ。
おかげでこの街じゃ金貨がダブついちまってね…ごらんよ、表で子供が遊んでるのが見えるかい?銀貨でオハジキしてんのさ。もうこの街じゃ金貨一枚じゃ飴玉一つ買えやしないよ。」
流通を徒歩・荷駄・馬車などに頼っているような未発達な世界ではお金と物の流動も限られるので、実際に凄いモンスターが倒されたりダンジョンが攻略されたりして何十万~何千万枚もの金貨や銀貨が突如ドロップし、しかもそれが下手に市中に流れてしまったとしたら、実際にこんな会話みたいなことが起ってしまうかもしれないわけです。
こうなると史実の価格革命のように地代収入に頼る領主貴族や貸金業者、金鉱山や銀鉱山の経営者たちは没落を余儀なくされるでしょうね。
領主貴族は税制システムがキチンとしていれば、そこから市中に溢れた金貨・銀貨を回収して命脈を保てる可能性が無くもありませんが、鉱山経営者はまず助からないでしょう。たとえ採掘作業に従事するのが給料の要らない奴隷や囚人だったとしても人件費が全くかからないわけではありません。彼らに与える食事の価格が暴騰し、それでいて採掘した鉱石から得られる収入は激減するのですから、採算は取れなくなります。
貸金業者も一時的には債権回収がはかどるでしょうが、その後に金を借りてくれる顧客を捕まえられないかもしれません。何せ、こちらから貸し付けるために蓄えていた資金はインフレで価値が暴落している上に、市中にはお金が氾濫しているのです。市中にお金が溢れている情況でわざわざ高利貸しからお金を借りようなんていう人はどうしたって減少します。知り合いに無心したほうが安く済みますから、それでも高利貸から借りようなんて言う人は、知り合いから価値の暴落したお金さえ貸してもらえないような甲斐性無しだけでしょう。
現実にはモンスターを倒した事に対してギルドとか役所とかが報酬を払っているのだけど、ゲーム内容やシステムを簡素化するためにモンスターから直接ドロップしたように表現してしまっているというのが本当なのでしょう。
でもそうだとしても経済はかなり歪な物にならざるをえないでしょうね。
なぜなら金貨や銀貨っていうのはとっても重い物だからです。
旅をするとして物々交換を前提に必要な食料などを自前で用意して持ち歩くよりは、金貨や銀貨を持ち歩いて旅先で必要な物を
大きさにもよりますが金貨にしろ銀貨にしろ実際に流通した実用貨幣は一枚だいたい3グラムくらいですから300枚も集めれば1㎏くらいにはなってしまいます。現代社会で普通自動車を買うくらいのつもりでちょっと大きな買い物に出かけようとすると、1~3㎏くらいの貨幣を持ち歩かねばならない計算になるでしょう。個人事業の商人が扱うお金としてもそれぐらいになります。
では大規模な中堅の商家はとなると、その十倍とかぐらいの貨幣を持ち歩く計算になるでしょうか?もう、一人で持ち歩くのは難しくなってきますね。ちょっと同じ町内の取引先まで…ということなら持ち運べなくもないですが、数日がかりで隣の町や村までとなると一人ではもう運べません。用心棒が必要になるのはもちろんですが、馬の背に乗せるか運び手数人で担ぐ必要がでてきます。
さらに大規模な商会となるとその更に十倍くらい動かさねばなりませんが、そうなると数百㎏とか数トンという重量になってきます。
ファンタジー作品世界では割と簡単に数千枚とか数万枚という単位のお金での取引が頻繁に出てきますが、それってもう人一人で運べるような重量じゃないんですよ。金貨でも銀貨でも数十万枚となると重量はトン単位になりますから陸上なら馬車でなければ運べません。2頭立ての馬車で運べるのがだいたい1トン半、8頭立ての馬車でも一台で5トン~5トン半が限度です。容器の重量を無視したとして2頭立ての馬車で運べるのは50万枚まで、8頭立ての馬車で180万枚が限度といったところでしょうか。実際は金貨や銀貨を運ぶための箱の重量が加わるのでもっと少なくなるはずです。
それくらいの金貨・銀貨を運ぶとなると当然、運賃も相当かかります。
ファンタジー作品世界では収納魔法とか重量や容積を無効化する手段があったりしますし、現実世界でもさすがにそんな大量の貨幣を頻繁に運ぶのは手間もかかるし治安上も良くないので信用取引での決済が行われるようになります。書類上だけでお金を取引して、年に一度決算の時に過不足分の貨幣をやり取りするというようなやり方ですね。
ですがそれらを駆使したところで一つの地方にあるダンジョンで凄腕冒険者が金を稼ぎまくった場合の影響は決して解消できるものではありません。
凄腕冒険者がモンスターを狩った(あるいはダンジョンを攻略した)として、それこそ金貨数千枚、数万枚、数十万枚の報酬を獲得したとしましょう。
それだけの大量の金貨をモンスターがドロップしたり、あるいはダンジョンから発掘したりすれば…そしてその金を当の冒険者が使って市中に放出してしまったとなれば、間違いなくその地方では局地的なバブル化が起り、一時的とはいえ前述したようなハイパーインフレーションが起ってしまいます。
ですが、これがモンスターが金貨をドロップしたり、ダンジョンから発掘されたりしたのではなく、ギルドや国が報酬を支払うという形だともっと凄いことが起るかもしれません。
本部から、あるいは国庫からそれ相当の貨幣をかき集めてその地方へ運び込まなければならないからです。その規模によっては、冒険者がいる地方以外の地域の貨幣流通量が減少してデフレを引き起こし、冒険者がいる地方ではインフレを引き起こすという結果を招くでしょう。
仮に冒険者が得た資金を蓄えて市中に流出させないままでいると、インフレは発生しませんが国全体で貨幣流通量が減少してデフレが発生してしまうことになります。
金貨数万枚っていうのは、本来そういうレベルの予算なんです。
現代社会において最も多く純金を資産として蓄えているのはアメリカ合衆国ですが、その備蓄量は8133.5トンだそうです。二位がドイツで3369.7トン、三位がイタリアで2451.8トン…日本は八位で765.2トン。一国で300トン以上の金を備蓄しているのは全196カ国中上位1割の先進国だけで、全体の8割の国家は金の備蓄量が100トンに達していません(2017年のデータによる)。近現代世界ですらそのレベルですから、異世界ファンタジー作品に登場する未発達な国では数百トン規模の金の備蓄を期待するのは無理というものでしょう。
そもそも、数千トンも備蓄できるほどの経済規模があるなら金銀本位制を卒業してる筈ですし、元々金の産出量が豊富だという設定なら、その国で金貨の価値はかなり低いものになるはずです。でも大抵のファンタジー世界の経済感覚だと人の年収が金貨で数枚から、多くてもせいぜい数百枚とかですよね。つまり、現実世界とそれほど大きくは変わりません。
話が逸れましたが仮に金100トン保有している国家が1割を金貨鋳造にまわしたとして、333万枚しか鋳造できません。そのうちの数%~数十%が一人の冒険者の下に集中してしまう…。
ギルドにしろ地方領主にしろ国にしろ、主人公の活躍によって金庫が空っぽになって破産させられてしまう可能性がでてくるでしょうね。国家やギルドが生き残りをかけて、その主人公を始末しようと画策しはじめるには十分な理由になりそうです。
仮にモンスター退治によって報酬が与えられるわけではなく、モンスターから採取できる素材が高値で取引されるのだとしても、短期間に金貨数万枚相当という単位を一人ないし数人で獲ったとなれば、その素材は確実に値崩れを起こすでしょう。値崩れを起こしたうえで金貨数万枚相当が動くとなれば、やっぱり一地方でインフレや国全体(あるいは世界全体?)でのデフレも引き起こしかねません。
同業者たちは間違いなく主人公を恨むでしょうね。自分たちの獲物を独占的に狩りまくった上に素材の値崩れを引き起こされたとあれば、生活基盤を破壊されたようなものです。妬みとかそういう安いっぽい意味では決してなく、切実な生活破壊者として憎しみを買う事になるでしょう。
ダンジョン・スタンピードとかいう現象でダンジョンからモンスターがあふれかえり、主人公の活躍によって他の同業者たちも命を救われた…とかいう都合の良さそうな状況をお膳立てしたとしても、素材が値崩れしてしまうのは防げません。
報酬制度があるなら主人公は報酬を受け取らないわけにもいきません(じゃないと他の同業者が報酬を値切られる理由を作ってしまう)し、莫大すぎる報酬を受け取ればインフレかデフレを引き起こしてしまうし、報酬を支払う側の財務状況を悪化させれば暗殺の標的にされかねない。
いずれにせよ、主人公が冒険者として大活躍して大金を獲得するという物語は、異世界ファンタジー作品には描かれていない部分で、実は物凄い弊害を生んでいる可能性が非常に高いんじゃないでしょうか?
それを解消するためにはせめて冒険者から過剰な収益を取り上げて市中に再分配するような高度な税制度や経済システムが必要になるでしょう。
でも、考えてみれば異世界ファンタジーの主人公が関税や通行税以外の税金払ってるの見たことないなぁ・・・。
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