人間の鎧の限界

 ロボットアニメ全盛期だった80年代に比べると、近年発表されるアニメに占めるロボットアニメの割合はだいぶ減少しましたね。特に強力なパワーで敵を圧倒し、強力な装甲で敵の攻撃をものともしないような、いわゆるスーパーロボットみたいなのは消滅してしまっています。

 それでも、幼少期にロボットアニメを見て育った人たちの中には、今でも無敵の人型ロボット兵器に愛着とかロマンとかいったものを抱く方は多いのではないのでしょうか?


 現実にあんなものが登場するわけはない…そうは思っていても、技術力が発達すればそれに近いモノは出来るんじゃないかという程度に期待している方は少なくないと思います。ホンダがASIMOを発表した時、人型ロボットの発展を夢見た方は多いことでしょう。

 海外でも四足歩行の貨物運搬用のロボットが研究されていたりしますし、人間の脚力を大幅に強化するパワードスーツにようなモノも実用化が近づいています。

 外部動力によって人間の筋力を大幅に強化できるなら、中世末期から近世にかけて登場したプレート・アーマーのような鎧が復活できるかもしれません。ですが、やはりアニメや漫画に登場したような、あらゆる攻撃を跳ね返す強力な装甲を持った人型兵器とかパワードスーツのようなものというのの実現は不可能なようです。


 最大のネックは重量です。装甲というのは大変重く、その重量はバカになりません。鎧が戦場から姿を消したのは、その重量があまりにも過大だったからに他ならないのです。

 昔は戦場の武人が鎧で身を守らなければならない攻撃は主に弓矢や剣などでした。それらは厚さ2㎜ほどの鉄板でも防ぐことができ、鎧は完璧ではないにしても十分な防御力を提供することができていました。より完璧な防御を求め、鎧はどんどん複雑化していきます。スケイル・メイルやブレストプレートみたいな比較的単純な物から、古代ローマ軍のロリカ・セグメンタタ、そしてやがては騎士と聞けばコレと誰もが想像するような全身を覆うプレート・メイルやプレート・アーマーへと発展していきます。形状が複雑な板金鎧はそれだけコストがかかり、物によっては一式そろえると城を建てられるほど高価なものとなっていきます。

 城一つ買えるほどの金を投じてでも鎧を造る…それは貴族特有のステータスでもありましたが、全身を隙間なく覆うプレート・アーマーはそれだけ強固な防御力を提供する存在でもあったわけです。RPGゲームみたいに一介の冒険者がホイホイと買えるようなモノじゃなかったんですね。まあ、ピンキリあったでしょうが・・・。


 しかし、そのような鎧も14~15世紀をピークに衰退の途をたどることになります。理由は鉄砲の普及でした。


 鉄砲の貫通力は弓矢の比ではありません。クロスボウや和弓が車のドアを貫通できるとか言う話から、クロスボウが鉄炮並みに貫通力があると勘違いしている人は多くいますが、クロスボウに鉄炮並みの威力なんかありません。和弓も同じです。

 クロスボウはカタログを見ると威力の基準としてドローウェイト(弦を引く力)やFPS(フィート毎秒…矢の射出速度)が用いられていますが、販売されているクロスボウで狩猟用の最も強力な物でもドローウェイト200ポンドでFPSは400~470ぐらいに納まりそうです。このFPSは同じクロスボウでも射出する矢の重量によって大きく増減し、重い矢ほど速度は低下します。が、射出された矢のエネルギーとしてはだいたい200ジュールくらいです。

 軍事用として第一線で用いられていたクロスボウの中にはもっと強力な物もあったでしょうが、弓で矢を射出するという構造上の限界から射出速度自体は500FPSを上回ることは考えにくいでしょう。弓矢は弦の動く速度以上に矢を加速させることなど絶対にできないからです。

 これに対して火縄銃やマスケット銃は威力の低いモノでも初速が300m/sを越えます。実戦で使われたものとなると450~500m/sを超えるモノもゴロゴロ出てきます。300m/sで既にクロスボウの2倍以上の速度、450~500m/sとなるとクロスボウの3~4倍に平気で達することになります。ちなみに軍用のライフル弾は特殊用途の低速弾を除きますが、普通に750m/sを上回ったりします。


 矢とほぼ同じくらいの重量の鉛玉がクロスボウの3~4倍の速度で飛んで来るのです。貫通力は運動エネルギーに比例し、運動エネルギーは質量に比例し、速度の二乗に比例しますから、3~4倍も速度が違うと言う事は運動エネルギーは9~16倍違うということになり、貫通力もそれと同じくらい違うということになります。

 もしもクロスボウや弓矢で銃ほどの威力を持たせようと思ったら、矢を少なくとも10倍以上は重くしなければならないでしょう。もちろん、打ち出す速度はそのまま維持したうえでの話ですから、クロスボウや弓も相応に重たく強い物にしなければなりません。弓であればまず自力で引くことなど出来ませんし、クロスボウは補助器具の力を借りねば弦を引けません(実際、中世欧州の戦場で使われたクロスボウは弦を引くための補助器具が使われていました)。クロスボウ本体の重さも相当なものになるでしょうし、反動もかなり強い物になりそうです。


 そもそも、クロスボウが車のドアを貫通するといっても、約10mくらいの近距離での話なんですよ。狩猟用として現在販売されている最強クラスのクロスボウでも、その威力は現在日本の警察が使っている主力拳銃の.38スペシャル弾と同じか、その2/3くらいしかないんです。そして日本の警察が使っている.38スペシャル弾は威力が低いことで知られており、頭に直撃した人間が即死せずに数日間生きていたという事例(浅間山山荘立て籠もり事件)もあるほどなんです。

 クロスボウがほとんど規制も受けずに日本国内で流通している ※1のは、その殺傷力が高くないからにほかなりません。過去に誰かにクロスボウで撃たれ、矢が刺さったままになった鴨が話題になったこともあったでしょ?もちろん、だからといって人や動物に撃って良いわけではありません。銃より威力がないと言ってもエアソフトガンの数十~200倍もの威力がありますし、当たれば重傷を負います。急所に当たれば死ぬことだって十分あり得ます。


 そいうわけでクロスボウの威力は現在何故か過大評価されがちですが実際にはそんなに威力はありません。だから板金鎧でも防ぐことができていました。

 しかし、前述したように火縄銃やマスケット銃はクロスボウの9~16倍もの威力を持っています。しかもこの9~16倍の威力を持っている銃っていうのは、火縄銃でいうところの士筒さむらいづつと呼ばれる銃の話であって、中にはもっと大重量の弾を撃ちだす大鉄砲おおでっぽうや銃身が長く遠距離射撃を行う狭間筒はざまづつなどもあります。てか、海外だと大砲が普通にありますからね。

 それら大威力の鉄砲玉を防ぐためには鉄板の厚さをそれまでの数倍に増やさなければなりません。すると、当然ながら鎧はどんどん重くなっていきます。当然、厚さを増すには限度がありますから、15世紀までには鉄板の曲面を増やすことで命中した弾丸を受け止めるのではなく、なるべく受け流そうという工夫が施されるようになっていきます。避弾経始ひだんけいしという考え方ですね。ただ、それも人間の形をした鎧で行うのは限界があり、全身を覆う西洋甲冑として一つの頂点に君臨したマクシミリアン式甲冑などはそれだけで35㎏もの重量があったそうです。それを身につけたうえで他に武器なんか持たなきゃいけなかったんですよ。剣をぶら下げ、槍を持って盾も構えなければなりませんから、装備品は60㎏を優に超えることになります。


 当然ですが、もう身動きなんてできません。試しに人一人をおんぶしてみればいいでしょう。まともに身動きが取れるのは最初のうちだけで、あっという間に体力を消耗してバテてしまう事になります。

 この60~80㎏という装備重量は現在の空挺部隊とか特殊部隊の個人装備の総重量とほぼ同じくらいです。が、彼らはいざ戦闘となれば荷物を降ろして身軽になって戦いますし、出撃直前の装備を身につけた状態では可能な限り体力を温存するため、寝転がったような状態で待機することが義務付けられていたりします(この辺の様子はアニメ「GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」の第21話で描写があります…解説が無いので何故そうしているか分かりづらいですが…)。

 騎士はまあ若いころから重たい甲冑を身につけて立ち上がったり動いたりする練習はするので、現在を生きる我々が試しでやるよりはずっとマシだったでしょうが、それでもやはり限度はあります。

 現実には騎士のくせに一人で馬に乗り降りすることもできず、騎士見習いなどの従者たちに補助してもらってようやく乗り降りする有様だったわけです。そして馬に乗ったらあとは戦が終わって従者たちが待つ安全地帯に戻るまで馬から降りることはできません。何せ一人では乗れませんから…鎧が重いと言うのもありますし、馬だって誰かが抑えてないと逃げてしまうんですよ。当然、途中でもよおしてしまう生理現象も馬に跨ったまま処理することになります。鞍に跨ったままチ〇ポだけ出して横に向かってシャーっとやるか、はたまた下着の中にぶちまけることになるわけですね(なお、戦闘後の汚れた鎧を洗うのは騎士見習いの大切な仕事です)。

 そんな状態ですから戦うのもほぼ馬の突進力に頼りっきりです。武器をブンブン振り回したりなんてまず出来ないんですよ。下手に長物を振り回すと自分が乗ってる馬を傷つけてしまう危険性もありますしね。そして万が一にも戦場で落馬したら最後、着ている鎧が重すぎて満足に起き上がることもできずに討ち取られてしまう事になります。武器の側でも西洋ではバトル・フックとかルツェルン・ハンマーとかバトル・ハンマーとか、徒歩の兵が馬上の騎士を引っかけて落馬させることを目的としたような形状の物も結構ありますね。戦闘力を馬に頼っている以上、馬から降ろしてしまえば…ということでしょう。


 というわけで、14~15世紀には甲冑は限界を迎えます。これ以上は重くできないと言うところまで来てしまったわけですが、銃の方は更なる発展を遂げていきます。仕方がないので、手や足といった、撃たれても致命傷にはなりにくい部分は諦めようという動きが出てきます。

 撃たれたら致命傷になる胴や頭だけを守って、他は諦めよう…そう割り切ってハーフ・アーマー、キュライッサー・アーマー、カラビニエール・アーマー、アークェバス・アーマーなどが発明されるわけですが、守る部分を減らしたとしても厚さは倍以上に増しているんで結局重たいことには変わりありません。それらも胴体のプレートだけで6㎏を超えてたりしたようです。


 第一次世界大戦の頃までは鉄製の鎧で何とか銃弾を防げないか頑張り続けていましたが、銃の発達に鎧の方がついて行くのは至難の業でした。銃の発射薬に黒色火薬が用いられていた頃までは何とか頑張れていたのですが、無煙火薬が用いられるようになり、ライフルの威力が高くなるともうついて行けません。第一次世界大戦の頃に用いられていた鉄製の胸甲は胴体の前側だけしか覆ってなかったにも拘わらず、その重量は30㎏にも達しており、そのくせライフル弾を防ぐことが出来なくなっていました最終的にそれらは不発弾などの爆発物処理の作業の際に使われるだけになってます。

 一応、第一次世界大戦の前にニッケル鋼が発明されていて、装甲板の性能はそれ以前に比べて飛躍的に向上していたのですけどね。


 現代では特殊素材の発明によって軽量なボディーアーマーが普及してきており、正規軍はもちろん、テロ集団ですらボディーアーマーを普通に着込んでいたりします。そのせいで米軍を中心に自動小銃の弾をもっと威力の高い物へ変更しようという動きもあります。

 しかし、これは「ライフルの威力は強すぎるから、もっと威力を落としてたくさん弾を持てるようにした方がいい。」という考えにより、第二次世界大戦後に世界中の軍隊が銃の威力を下げたからでもあります。要するにその際に威力を下げ過ぎたということですね。おかげで現在主流の5.56㎜NATO弾や5.45㎜×39弾なんかだと、遠距離での銃撃戦ではボディーアーマーを着込んだ敵兵を倒しきれない事例が頻発するようになってしまいました。しかし、その現在の最新のボディーアーマーでも、第一次世界大戦や第二次世界大戦の頃に用いられていた軍用ライフル銃の弾を防げるわけではありません。


 さて、長々と寄り道をしてしまいましたが…じゃあ重量がネックならパワードスーツみたいな外部動力による補助があれば、あるいは人型のロボットに装甲を施すのならば、十分な防御力を得ることができるんじゃないだろうか?

 しかしその疑問に答えるためには一つ決めなければならないことがあります。


 「十分な防御力」ってどの程度?


 まさか戦車砲に耐えるなんて言うのは無理でしょう。そんなのは無理です。というかナンセンスです。


 装甲というものは銃弾の貫通を防ぎはしますが、銃弾が持っていた運動エネルギーを消滅させてくれるわけではありません。斜めに当たって逸れるように弾いたのならともかく、正面から命中して受け止めた(あるいは弾き返した)場合、その運動エネルギーは装甲へ伝達されることになります。つまり、装甲自体が押されてしまうわけです。押された装甲は…それが人が着た鎧であれば、鎧を着ている人のカラダにぶつかり、衝撃として人体に伝わることになります。

 つまり弾の貫通は防げても、着弾の衝撃までは防ぎようがないんです。もちろん、鉄砲玉ごときに人体を丸ごと吹っ飛ばすようなエネルギーはありません。映画やアニメ、TVドラマなどで銃弾を受けた人が吹っ飛ぶシーンがたまにありますが、あんなことは現実にはあり得ません。

 ですが、着弾による衝撃を受けた人体がノーダメージでいられるわけでもありません。受けた衝撃の大きさによって打ち身や打撲といったダメージを負うかもしれませんし、骨折などもあり得るでしょう。強い衝撃を受けた心臓が痙攣けいれんを起こして心臓が停止してしまう心室細動しんしつさいどうと呼ばれる現象を引き起こしてしまう危険性もあります。また、身体に断続的に衝撃を受け続けることでPTSDなどの神経症を発症する可能性もあります。脳震盪のうしんとう脳挫傷のうざしょうは生命に危険を伴うこともありますし、後遺症を併発することもあります。

 例えばファンタジー世界でモンスターと戦う兵士が腕か脚を噛みつかれたとします。鎧を着ていなければ噛みつかれた腕や脚を噛み切られてしまうでしょう。鎧を着ていれば噛み切られないかもしれません…ですが、鎧のせいで噛み切れなかったがゆえに、モンスターは噛みついた腕や脚を放さずにそのまま兵士をブンブン振り回し、周囲に叩きつけるような事をするでしょう。実際、小動物を捕まえた肉食獣はこれをやります。叩きつけて殺すなり抵抗力を奪うなりするわけです。そんなことになるくらいなら、いっそ噛みつかれた腕や脚をそのまま噛み切られてしまった方が助かる確率は上がりますよね。トカゲの尻尾切りと同じです。

 あるいは銃や大砲で撃たれ、それが腕に当たった場合…鎧を着てなければ腕を貫通するなどして腕を喪うかもしれません。でも強力過ぎる鎧を着ていた場合、鎧は耐えたけど砲弾から受け取った運動エネルギーで身体を丸ごと持っていかれてしまうかもしれません。腕を弾かれ、その勢いに身体が引っ張られてしまい、本来なら腕だけで済むはずのダメージが全身に及んでしまう。

 もっとあり得る話としてはヘルメットがあります。頭は大事ですよね。でも頭に衝撃を受ければ脳はただでは済みませんし、脳は無事だったとしても頭を支える頸椎が衝撃でやられてしまう場合もあります。


 このように鎧というのはむやみに頑丈にしても、中の人間を守れるわけではないのです。ある程度以上の防御力は意味がありません。極端な話、卵を優しく手に持って激しく振ってみてください。卵の殻は無傷なのに中は黄身と白身がシェイクされてドロドロに混ざってしまいます。外の鎧が耐えても中の人間が耐えられない運動エネルギーに対応する防御力は無駄以外の何物でもありません。


 そう考えると、銃ならフルサイズのライフル(7.62㎜NATO弾とか7.62㎜×54R弾とか7.92㎜マウザー弾とか)といった銃弾に耐え、12.7㎜クラスの重機関砲弾にはギリギリ耐えるか耐えられないかくらいの防御力にちょうどいいバランスがありそうな気がします。装甲板で言えば厚さ15~20㎜くらいでしょうか?多分、それ以上は意味がないです。装甲が耐えたとしても中の人間は衝撃に耐えられないでしょうから。

 仮にそれでマクシミリアン式甲冑みたいなフル・プレート・アーマーを造ったら、装甲板だけで175~350㎏ぐらいにはなるでしょうね。それにパワーユニットとか外部動力とかを追加すれば総重量で500㎏ぐらいにはなりそうです。それに更に武器を手にするんですよ。


 想像してみてください。見た目はちょっと大柄な人くらいだけど体重は500㎏ある人が飛んだり跳ねたり走ったりするんです。武器を手に持って・・・。


 足、地面に埋まっちゃいませんか?

 床、踏み抜いちゃいませんか?

 乗り物…ほとんど乗れなくないですか?少なくとも馬は乗れないですよ、絶対に。


 下手に転んだりして、もしも転んだ先に誰かいたら殺しちゃいますね。

 脚立きゃたつとか梯子はしごとかの耐荷重を確実に上回りますから、壁をよじ登ったりとかできないでしょうね。まあ、市街戦とか屋内戦とかは難しいでしょう。そういう接近戦が発生する環境でこそ必要とされるでしょうにね。

 乗り物はまあ、専用の車両とかを開発することになるんでしょうけど、たった一人で軽自動車の積載量を軽く上回るわけですからね。色々と大変なことになるでしょうね。水陸両用車なんて10人乗り込んだら沈んじゃいますね。ヘリだって4人くらいしか乗せられないかもしれません。



追記 ※1.2021年、銃砲刀剣類所持等取締法てっぽうとうけんるいしょじとうとりしまりほう(通称「銃刀法じゅうとうほう」)の一部が改正され、2022年3月15日以降はクロスボウも取り締まりの対象となりました。

 クロスボウを不法に所持した者は、罪に問われることとなります(3年以下の懲役または50万円以下の罰金)。

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