第五章 絶対防衛兵器が存在できる理由

第35話 外燃機関併用型イージス・アショア

 イージス・アショアの設置に関しては、2016年12月に閣議決定され承認された。イージス艦の迎撃システムを、そのまま陸上へと設置するというものだ。設置費用はイージス艦建造費用の約6割で済み、また、艦のローテーションやメンテナンスも省くことができるし、人員の交代も容易だ。結果として、総コストがかなり削減できると期待された。設置場所は、山口県萩市のむつみ演習場と秋田県秋田市の新屋演習場が候補地となっていた。しかし、防衛省側の不手際もあり、秋田での住民説明会は紛糾したらしい。その困難な状況の中、ミサイルのブースターが演習場の外へ落下する可能性が否定できないとして、計画は白紙撤回された。2020年5月の事だ。

 それならばと綾瀬重工が提案したのが、外燃機関を利用したミサイル推進システム〝迅雷〟だった。

 イージスで使用する迎撃ミサイルは、一般にスタンダードミサイル3(SAM-3)と呼ばれているものだ。これは基本的に四段構成となっている。第一段から第三段までが固形燃料ロケットのブースター。四段目が最終段階で、キネティック運動エネルギー弾頭となる。問題視されたのが、第一段のロケットブースターが陸地に落下する可能性だ。第二段と第三段は、落下するとしても海上なので問題はなかった。

 そこで、綾瀬が提案したのが第二段と第三段に相当する部分を、外燃機関へと置き換える案だった。

 外燃機関とは、マイクロ波ビームを凹面鏡で反射させ、その焦点部分に発生する高熱で空気を爆発的に膨張させ推進力とする方式の事だ。従来は宇宙船の発着用に研究されていたものだが、それを迎撃ミサイルに応用したという話だった。

 何故、ブースターを全て外燃機関に置き換えないのかという疑問もあるが、一段目をロケットブースターとすることにより、従来の発射筒、即ちMk.41 垂直発射システム(Mk.41 Vertical Launching System)がそのまま使用できるというメリットがあったからだ。そして、二段目と三段目を外燃機関に置き換えることにより、一段目は小型化できたし、到達高度は1000メートル程度と低い設定でよかったため、一段目のブースターは基地敷地内へと確実に落下させることが可能だった。そして、外燃機関用のマイクロ波ビーム発生機は、ここむつみ基地以外に数カ所設置されていた。

 発射のプロセスは、まず、一段目の固形燃料ロケットで1000メートル上昇させ、そこからは外燃機関を使用する。むつみ基地のマイクロ波ビームで10000メートルまで上昇させ、他の地域に設置されているマイクロ波ビームにより、弾体を目標付近まで推進、誘導する。最終段階では外燃機関部分を切り離し、弾頭自身が軌道修正しながら目標へと到達する。外燃機関部分は、切り離された後は自壊するよう設計されているらしい。

 マイクロ波ビーム発生機はむつみ基地に二基、その他、山口県内に五カ所、計十二基が設置されている。元々、このマイクロ波ビーム発生機は宇宙開発用のもので、平時には宇宙船の発着用に使用する。外燃機関を主動力とする宇宙船は〝ライトクラフト〟と呼ばれており、現在、盛んに試験飛行が実施されている。近い将来に実用化されるとの事だ。

 その他の代替案もあったが、綾瀬重工の〝迅雷〟は宇宙開発が主目的であり、迎撃ミサイル専用ではない。つまり、将来性と実用性において優れていると判断されたわけだ。また、レーザービームではなくマイクロ波ビームを使用している理由は、大気中の水分や雲による減衰が少ないからだとされている。


 これらの知識は、俺が病院に詰め込まれていた際に新聞を読み漁って仕入れたものだ。ちょうど、イージス・アショア特集が組まれていたのはラッキーだったのかもしれない。俺自身、こんな軍事技術に詳しいわけではない。


 しばらく歩くと、第2のゲートが見えてきた。そこには人だかりができていた。

 第2のゲート手前には自衛隊関係者、地元の人、マスコミ関係者らしき人、そんな人たちが金網を握りガチャガチャと音を立てている。ゆったりとした動きで呻き声をあげている。まるでゾンビ映画を見ているようだ。

 その様子を見た牧野士長が、20式小銃を構えた。


「牧野撃つなよ。奴らは支配されているだけだ」


 ララの言葉に牧野士長は頷く。


「どうしますか? このままじゃ中へ入れません」

「全員ぶっ飛ばす!」


 夏美さんは拳を握り締め、フェンスに群がるゾンビもどきに殴りかかろうとする。しかし、俺は彼女を呼び止めた。


「夏美さんちょっと待って」

「なんだ。正蔵君」

「この人たち、中に入れないんですよね。だったら俺たちが中に入ればこの人たちは放置しても構いませんよね」

「そうだな。じゃあフェンスに穴開けるかぁ!」

「穴開けちゃ意味ないですよ」


 何と言うか、椿さんの姉妹モデルなのに、夏美さんは思慮が浅く暴力的だなと感じた。


「こうするんだろ」


 ララが牧野士長の襟首をひっつかまえ、軽く助走してジャンプする。5メートルはあろうかというフェンスを一気に飛び越えてしまった。


「うわぁ! ああああ!」


 牧野士長は絶叫をあげていた。椿さんが俺と五月を抱えてジャンプする。今度は俺と五月が絶叫を上げる。軍曹がゼリアを抱え、夏美さんが睦月と涼を抱え、翠さんはお弁当のバスケットを抱えて、それぞれジャンプした。少しの助走で、フェンスから7~8メートル離れた場所から、5メートル位のフェンスを越えてジャンプする皆の能力はどんだけすごいのだろうか。牧野士長は驚愕のあまり目を白黒させていた。


「はははは。飛び越えちゃったよ。マジかよ」


 腰の抜けた牧野士長がヘラヘラ笑っていた。


 俺たちはデッキハウス正面入り口の前に立っていた。透明なガラス製の扉がある。横には警備員が常駐しているであろう小部屋が見えるのだが、今は誰もいない。


「さて牧野君入ろうか。中にはさっきみたいなのがゴロゴロいるんだろ?」


 夏美さんが両手を握り締めゴキゴキと骨を鳴らす。アンドロイドにそういう機能は不要かと思うのだが、夏美さんはお気に入りなようでしょっちゅう鳴らしている。


「俺、このデッキに入る権限が無いんですよ。自分じゃ入れません」


 首を振りながら牧野士長が返事をした。


「そうだと思って良いモノを借りてきました。ゲスト用の解除キーです。政府高官や幹部自衛官しか使えないお宝グッズです。うふふ」


 翠さんがカードを取り出し、電子ロックのついた透明な扉の前に行く。

 器機にカードを差し込んで暗証番号を打ち込むのだが、ロック解除はしなかった。


「あーれーぇ。セキュリティコード変わってるじゃないですか。困ったちゃんですね」

「うぉりゃあ!」


 腕組みをして困り顔の翠さんの傍で、気合を入れた夏美さんが、ガラス製のドアにサイドキックをかました。ガラス全面にヒビが入るものの砕けない。


「防弾ガラスかよ。じゃあこれだ。うりゃあ!」


 今度は正拳突きでガラスに穴をあけ、そしてドアを枠ごと引きはがした。


「ふん。手間かけさせんなよな」

「夏美姉さま。器物損壊罪で逮捕されますよ。60秒待っていただければ解除しましたのに。せっかちなんですから。全く」

「おおっと。スマンな。あはははは!」


 翠さんの突っ込みにも全く動じず、ケラケラ笑っている夏美さんである。AIはどうなっているのだろうか。椿さんと同じく、彼女も意識体を持っているのだろうか。


 ウォーンウォーンと警報が鳴り始める。続けて音声案内が始まった。


『正面入り口より侵入者です。警備員は現場へ急行してください。繰り返します。正面入り口より侵入者です。警備員は現場へ急行してください』


「悪りい。ハチの巣つついちゃったみたいだな。あははは」

「夏美姉さま。気を付けてくださいよ、もう。警報解除しますから。10秒下さい」


 翠さんがお弁当の入ったバスケットを夏美さんに持たせ、携帯端末を取り出す。壁のコントロールパネルとケーブルで接続し何やら操作すると、本当に10秒で静かになった。


「さあ警備室へ行きましょうか」


 内側にあった扉も翠さんが解放する。屋内に入り廊下を右に曲がって警備室らしき部屋の前へ行く。翠さんがコントロールパネルを操作しロックを解除した。中から自衛官が出てきて翠さんに抱きついた。目はうつろで口はだらしなく開いており涎を流していた。「うーうー」と言葉にならない呻き声をあげている。


「やだ、キモイ」


 その自衛官は翠さんに突き飛ばされ数メートル吹っ飛ばされる。もう一人いた自衛官も同様にゾンビもどきになっていた。こちらにノロノロと向かって来たところを夏美さんに蹴り飛ばされる。彼も数メートル飛ばされた後、動かなくなった。


「大丈夫かな? 死んでない?」

「心拍は正常、肉体の損傷もありません。絶妙の力加減ですね。夏美さんに翠さん」


 俺の質問に椿さんが返事をしてくれた。翠さんは自分の携帯端末をPCに接続して何やら操作をしている。


「これで良し。ゴーストクリーナー発進! えいっ!」


 壁やデスクのモニターに例の白い球形のキャラが登場し、掃除機の吸い込み口を前に出し、動き始めた。デスクのモニターはPCだが、壁のモニターは監視カメラの映像ではないだろうか。


「PCのモニターはともかく、何で監視カメラのモニターにもゴーストクリーナーがいるの?」

「ご愛敬です。ゴーストクリーナーが元気なら問題ない証拠です」


 理屈がよく分からない。まあ、IT音痴でPCの操作も良く分かってない俺には無理な話かもしれない。


「さて、これで施設のセキュリティは掌握しましたね。CIC(戦闘指揮所)の方へ行きましょうか。ああ牧野さん。ここに残って監視をお願いします」

「了解しました」


 敬礼して返事をする牧野士長である。


「ところで俺は何をしたらいいんでしょうか?」

「この部屋には誰も入れない。立てこもっていて下されば結構です。何かあればその携帯をいじって下さい。私につながります」

「どういじるんですか? 何かアプリを起動するんですか?」

「スリープから復帰していただければ結構です。その携帯は私に常時接続されています」

「了解」


 敬礼した牧野士長を残し警備室から出る。一旦、入り口まで戻りそこから奥へと入っていく。誰にも会わず一階のCICまでたどり着くことができた。

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