第30話 『レギオン』

 『魔堰大全 新改訂版』を調べても『レギオン』という名称の魔堰は見つからなかった。


 『五大魔法基礎』にも載っていない。その他の書籍の索引を調べても出てこない。


「残るは『情報トピックス』だけか……」


 どうにも、一万年以上前の事柄と最新の時事ネタが合致しない気がするが、もう他に情報源がない。穂積がパラパラと『情報トピックス』の目次を流し読みしていくと、


「――あったよ」


 『情報トピックス』、一一七八七年発行の記事の中に見つかった。


『徹底取材 レギオン特集』


 今まで知らなかった事実が書かれているであろう題名を見て胃がキリっと竦む。


 これがクリスに関係あるとすると、ビクトリア号のみんなは穂積に情報を伏せていたということだ。


 そして、その特集記事が含まれた書籍を穂積に貸し出したビクトリア。結果として知るなら構わないが、敢えて知らずとも良い、ということだろうか。


 いずれにしろ、穂積が自ら辿り着かなければならなかった答えなのだろう。


 クリスが寝ているのを確認し、居住まいを正して読み始めた。



――――――――――


 『レギオン』という魔堰をご存知だろうか。


 知らずとも無理はない。これは魔堰大全に記載されている正式名称ではないからだ。


 十二年前に発見され、後に転写魔堰で確定された名称は、一風変わったものだった。


超極小ちょうごくしょう生体せいたい魔堰ませきぐん


(転写紙記載内容の詳細は、一一七七七年以降発行の魔堰大全を参照のこと)


 この名称の解読作業に当たり、帝国古代文字研究所 (以下、古文研)の総力を挙げても約二年の時間が必要だった。


 一方で転写紙の記載内容は他の現存する魔堰と比較して極端に少ない。


 故に、難解な名称に先んじて、使用方法があっさりと判明したのは帝国魔堰研究所 (以下、魔堰研)にとっては僥倖だったと言えよう。


――――――――――



 穂積は嫌な予感をひしひしと感じながら、『魔堰大全 新改訂版』で検索する。


 すぐに見つかった――。



――――――――――


『超極小生体魔堰群』


 血中投与のこと。


 戒)特一級禁忌魔堰に指定する。


――――――――――



 背筋が凍った。肌が粟立つ。


 視線を『情報トピックス』へ戻す。



――――――――――


 『超極小生体魔堰群』、以下『レギオン』と呼称する。


 正式名称の解読完了後も古文研はあらゆる古文書や遺跡碑文を調査した。皇帝陛下の勅令があったとの情報もあるが定かではない。この調査の結果、最近になって判明した別称が『レギオン』である。


 即ち、この別称は現代において創作されたものではなく、古代に実在した俗称なのだ。


 このような事例は『レギオン』以外に報告されていない。


 当初、魔堰研に持ち込まれた『レギオン』は三つ。


 外観は掌大の筒状であり、材質はガラスであった。破損の無い状態で発見されること自体が稀なガラス製で、しかも魔堰なのだ。当時の研究員の驚愕は想像に難くない。


 注射針が付属しており、使用方法も判明していたが、対応する魔法適性は不明。


 魔堰であるなら魔力を込めなければならないはずだが、チャージポートが無かった。


 検討の末、魔力を保有する動物を対象に投与実験を行ったが、第一実験体は投与直後に死亡。極度の魔力欠乏による衰弱死と判明する。


 続いて、魔力保有量の大きい海獣を対象に実験を行い、投与後の生存が確認された。第二実験体は徐々に衰弱し三日後に死亡。やはり魔力欠乏が原因であった。


 いずれの実験でも死亡時には全身の色素が抜けて、真っ白になっていたという。


 そんな折、魔堰研内部で痛ましい事件が発生した。


 二度の実験を経ても進展の無い状況に業を煮やした一人の研究員が、独断で三つ目の『レギオン』を自分自身に投与したのだ。


 研究員は狂ったように所内を暴れ回り、自傷行為を続けた末に死亡。死因はやはり魔力欠乏であった。


 だが皮肉な事に、この事件により『レギオン』の特性の一部が判明する。


 研究員の傷が瞬時に治癒した場面を多くの同僚が目撃していたのだ。


 後の検死解剖の結果、全身の色素が抜け落ちていること以外は、健康体そのものであることが判明。更に、生前の健診履歴から末期の癌患者であった事が明らかとなる。


 精製魔法を用いた血液検査により、血中からは投与された量の数百倍のレギオンが検出された。


『レギオン』は生きた魔堰である――。


 体内に侵入することで宿主の魔力を吸収し増殖する。特定の対応適性は無く、全魔法適性の魔力で稼働する。その小ささと数、増殖速度から、一旦侵入した『レギオン』の体外排出は不可能。


 その効果は宿主の体組織の現状維持。但し、投与時点で傷があれば治癒し、病を患っていれば完治させ、身体的障害は消える。


 宿主の魔力が続く限り半永久的に活動し、あらゆる魔法による制御を受け付けず、肉体の損傷度合いに応じて活性化する。活性化に伴い膨大な魔力を消費し、常駐するだけでも相当量の魔力を消費するため、余程の魔力容量がなければ魔力欠乏により生命活動に支障をきたす。

 

 これらの詳細はくだんの研究員一人から得られたものではない。とある事情 (後述)により、後に多くの研究対象が見つかったからである。


 その危険性から、女神教会は『レギオン』を特一級禁忌魔堰に指定し、その使用と所有を厳禁。


 帝国法にもその旨が明記された。


――――――――――



 そんなおぞましいモノがクリスの身体に寄生しているというのか。


 それがあの子の障害の原因ならば、何故そんなものに感染したのか。


 穂積は顔面を蒼白にしながら続きを読む。



――――――――――


 三年前、ラクナウ列島近海で三百本もの『レギオン』アンプルの入ったケースが発見された。


 発見した船舶はラクナウ探索者組合を通じて教会へ通報し、ケースを輸送するべく帝国へ針路を取ったが、大陸近海で海賊の襲撃を受け、積み荷とともに『レギオン』を奪われてしまう。


 事態を重く見た帝国は艦隊を派遣し海賊船を拿捕するが、積み荷はすでに闇市場に流れた後だった。帝国情報部と教会異端審問官により、大多数の『レギオン』は確保されたものの、七二本のアンプルが行方不明となってしまった。


 本誌がこの特集を組むに至った理由を述べよう。


 読者諸兄姉しょけいしはご存知だろうか。


 昨年から奴隷市場に奇妙な奴隷が売りに出されるようになったことを。


 真紅の瞳に、異常に白い肌を持ち、髪には多くの白髪が混じっている若い女性奴隷たち。


 彼女たちは一様に非常に高い魔力容量を誇り、本来なら奴隷に堕ちるような存在ではない。


 しかし、彼女たちはほとんど魔法を行使できない。魔力保有量が常に低いのだ。


 まるで何かに魔力を吸われ続けているかのように。


 賢明な読者諸兄姉には既にわかっているだろうが、彼女たちは『レギオン』を投与され、魔力を奪われて奴隷となった者たちである。前述のように『レギオン』の詳細な特性が判明しているのは彼女たちの協力によるものだ。


 本誌では奴隷商人と彼女たちの数人へ取材を行い、話を聞くことができた。


 彼女たちのほとんどは性奴隷として売られる。


 奴隷商人によれば、元々、高い魔力容量を持ち『レギオン』の魔力吸収にも耐える彼女たちは『痛めつけても傷まない性玩具』として高値で取引きされると言う。


 特に、処女奴隷は破格の値が付くらしい。『レギオン』の効果は宿主の体組織の現状維持である。その特性により、いつまでも清らかなのだそうだ。


 彼女たちが奴隷となった経緯は様々だが、すべて違法な手段である。


 盗賊にかどわかされて『レギオン』を打たれ、慰み者にされた挙げ句、最後にはボロボロになって売られたという者を多い。その過程で魔力欠乏に陥り死亡した女性もいたとのことだ。


 現行の法制下では彼女たちを救うことはできない。


 帝国法で禁じられているのは『レギオン』の使用と所持である。


 彼女たちは正規の手続きを踏んで奴隷商人の元に来たそうだ。そこに至るまでには、複雑極まる闇ルートが存在するらしく、奴隷商人ですら出処を探ることは不可能であるとのことだった。


 邪悪な外道は闇に潜み、法の隙間を掻い潜って違法な手段で得た奴隷を売り捌いているのだ。


 彼女たちの病名は『後天性魔力不全症候群』と名付けられた。


 彼女たちはあるべき人生を無残にも踏みにじられた。


 真の病巣は世界の暗部にあり、斯様な状況を見過ごす帝国にある。


 声を大にして、早急な法改正と公費を投じての彼女たちの保護を具申したい。



(ヘンリー・ファフナー)


――――――――――



 『情報トピックス』の特集記事を読み終えた穂積は静かに居住区を出ると、舷側の手摺りを握りしめて、暗い海面をじっと見つめる。


 視界がぐるぐる回り、気持ち悪くなって、思わず海に向かって吐いた。


 弱々しく丸まった背中には、イソラにも劣らぬ圧倒的な、しかし、静かに凪いだ怒りがあった。



「クソが」



 大きな声ではない。波の音で掻き消えるほどに小さい。


 その低く平坦な声は波間を抜けてどこまでも伝わり、大海に浸み込んでいくかのようだ。


 腹から吐き出した重たい声が、決意となって空になった胃の腑に落ちた。


 その顔は、能面も、般若も超えて、阿修羅。



 その一言は、穂積なりの、世界への宣戦布告である――。

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