第11話 不純な動機

 ◇ ◆ ◇



『──何事だ? お前の方から連絡してくるなんて珍しいな』


 「ご報告があります」


『失敗の報告なら聞き飽きたぞ? またわしを失望させる気か?』


 「いいえ、今回は違います。──例の少年の件です」


『ほう、例の標的ターゲットの件か。報告しろ』


 「はい。被検体13号が標的と接触。いくつかの戦闘データを得たようです。──それによると……」


『それによるとなんなんだ? やはり標的はアレで間違いないのか?』


 「はい。データを解析したところ、例の少年が『保有者』である可能性は98%──」


『なるほど。──引き続き監視を続けろ。あとあまり貴重な検体を傷つけるなよ』


 「心得ました。必ずや目標を達成いたします」



 ◇ ◆ ◇



 やっとの思いで自室にたどり着いた俺は、優佑の熱烈な歓迎を受けていた。


 「ジブン、並の人間ちゃう思ってたけど、ほんま凄いやっちゃなぁ!」

 「何の話をしている?」

 「とぼけたかて無駄やで! ワイもしっかり体育館で見させてもろたさかい!」


 完全にテンションの上がりきった優佑は、俺の背中をバシバシと叩きながら大声で喚いている。リオンや鞠亜の相手で疲れきっていた俺は心底鬱陶しく感じた。


 「見てたのか……悪いがその話ならまた今度にしてくれ」

 「そんなことできるかいな! ええか、ワイの『雷電ちゃん』がライバル社『トゥアハ・デ・ダナーン』の『ドラッケン』より性能が上いうことが証明されたんやからな!」

 「すまん、専門用語並べられても分からん」


 理解することを拒んだ俺はそそくさと寝台に潜り込み、話す気は無いという態度を示してみる。が、関西人の優佑には効果がなかったようで、彼は俺の寝台のすぐ側まで寄ってきてまくし立てている。


 「トゥアハ・デ・ダナーンのドラッケンいうのはカネマリのデバイスに決まってるやろ? ベストセラーやで?」

 「カネマリって兼平鞠亜のことか?」

 「せや、よう分かったな! ──ってそこはどうでもええねん!」


 こういう風にナチュラルにノリツッコミができるのは少し尊敬してしまう。だが今はひたすら話を切り上げたい。


 「カネマリはな、親父さんやお袋、兄貴も優秀な魔法士で……要はサラブレッドなんよな。せやのに本人のマナが凡人魔法士やからその分、身体鍛えて戦い方模索していたいう話や。──まあそれもどうでもええねん。問題はそんなサラブレッドのデバイスはバケモンいうことや」

 「そんなにすごいデバイスなのか……」


 「すごいなんてもんやない! 普及しているアサルトライフル型のデバイスいうたら9割方が『トゥアハ・デ・ダナーン社』製の『ドラッケン』や。しかもカネマリのはかなりカスタマイズされた改造デバイスやで。──試合中に違和感感じひんかったか?」


 そこでやっと少し興味が湧いた俺は身体を起こして優佑と顔を合わせる。彼はまるで小さな子供のように目を輝かせていた。


 「──そういえば、なんか撃ち方がおかしかったような」


 アサルトライフルといえば何十発と連射するものだが、鞠亜のデバイスは数発ずつ小出しにするような撃ち方だった。


 「3点バーストや」

 「……なんだそれは?」


 優佑は人差し指を立てながら説明を始めた。長くなりそうだ。


 「引き金を引き続けても3発ずつしかマナが発射されへん。つまりは連射するよりもマナの消費を抑えられるいうわけや。──マナ総量の少ないカネマリが威力を維持しながらアサルトライフル運用するには3点バーストに改造するしかなかったわけやな」

 「なるほど、つまりは鞠亜のデバイスは優佑のライバル会社が製作したオーダーメイドのバケモンデバイスというわけだな」


 俺が尋ねると、優佑は大きく頷いた。


 「ベストセラーのデバイスをオーダーメイドに改造したランク格上の相手。ジブンはそんな奴に勝ったんや。これはすごいことやで!」

 「……なんとなくお前の言いたいことはわかった」


 優佑の話を聞く限りでは、俺が鞠亜に勝てたのは奇跡だろう。魔法士ランクでも格闘術でもデバイスの性能でも彼女に数段劣っているのだから。

 数回上手い感じにミラクルが起こって、不意打ち気味に掴んだ勝利だが、もう一度やってみろと言われてもまず無理だろう。


 「つまりワイが何を言いたいかっちゅうとな……」


 パチンと顔の前で両手を合わせ手のひらを擦り合わせる優佑。


 「──ワイをジブンのトルペの整備士メカニックとして参加させてくれんか……?」

 「えっ、それはつまり……」

 「やからー、ワイがジブンらのデバイスを整備してやるっていうてるんや!」


 せっかちっぽい優佑は、自分が頼み込んでいる立場だということを忘れて苛立ちはじめた。俺としてもトルペのメンバーが増えるということは悪い気はしなかったが、優佑のことだから整備するだけで法外な料金を請求されかねない。


 ……そういう奴なのだこいつは。


 「雷電ちゃんに、あのカネマリのドラッケン、それにSランク魔法士の里見リオンの『ブリューナク』。……あー、早う弄りとうてしゃあないわ!」


 両手の指をワキワキと気持ち悪く動かし始める優佑に、俺は思わずツッコんだ。


 「動機が不純だな!」

 「何言うてんねん、整備士としては十分すぎる動機やないか! それとも、どうせなら可愛い女の子のいるトルペの整備士になりたいって本音言った方がええか!?」

 「ほら、不純じゃねぇか!」

 「男としては当たり前の理由や! ジブンは違うんか? 可愛い女の子に囲まれてラッキー! とか思ってるんちゃうんか?」

 「なわけねぇだろ……」


 俺は肩を竦める。確かに最初は少しだけ、リオンと組むことについて優佑の言うような不純な動機があったことは否定しない。だがリオンと鞠亜ははっきり言っておかしな奴らで、付き合っているとほんとに疲れるのだ。それは彼女達の見た目でチャラなってお釣りが来るような問題ではない。

 もっとも、疲れるという意味で言えば目の前の優佑も似たようなものかもしれないが。


 「なぁ、ええやろ? なにが問題やねん?」

 「でもなぁ……すぐには決められねぇよ。奴らの意見も聞かないと」

 「そんなら明日ワイが直々に挨拶に行ったるわ!」

 「マジか……」


 鞠亜といい優佑こいつといい、何故こんなにも活動的なのだろう? 俺とは正反対で少しだけ尊敬すらしてしまう。



 「なーに悩んでんねん。心配せんでも整備費は全部出世払いでツケとくさかい」

 「まずはそれが不安なんだが!」


 先程の不安は的中していた。やっぱり、しっかりお金を取る気満々じゃないですか……。


 「せやけど、ワイら工廠こうしょう科は調査科なり防衛科なり、どこかしらのトルペの整備士として所属せなあかんって言われてるんや。──まあ今すぐでのうてもええんやけど、考えておいてな」

 「──あぁ」


 工廠科にそんなルールがあるなんて知らなかった。工廠科のうちの誰かがトルペの整備士として所属するなら、よく分からないやつよりも顔見知りの優佑に所属してもらった方がいいのか……? いや、そもそもこいつが口からでまかせを言っている可能性は……?


 ダメだ、頭が回らない。どうやら今日は鞠亜のせいで予想外に気力と体力を消耗してしまったらしい。


 「どれどれ、そんじゃあワイは雷電ちゃんの面倒をみたりますかねー」

 「頼む。最近少し酷使してしまったからな」

 「かまへんかまへん! デバイスは使うためにあるんやから、使ってやらんと雷電ちゃんも悲しむわ」


 上機嫌な優佑は慣れた手つきでジェラルミンケースから俺のデバイスを取り出して整備を始める。

 集中して無口になってしまった優佑を眺めながら、俺はついウトウトとしてしまったのだった。



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