第9話 言いがかり
◇ ◆ ◇
どうしてこうなってしまったのか、神というやつがいるのだとしたら小一時間問い詰めたい。
端的にいうと、俺は今ものすごく
正直、リオンよりもめんどくさいやつが現れるとは──しかもそいつと組むことになるとは思っていなかった。
「聞いてますか? あなたに言っているんですよ? 外崎遥斗くん」
今、俺の目の前で腰に手を当てながらプンスカと怒っているのは
背格好は至って平凡。ゆるふわな茶髪のセミロングに清楚系のオーラを着込んでいる、いわゆる『優等生キャラ』というやつだ。
さて、なぜ俺が鞠亜に絡まれているかというと、時を少し遡らねばならない。
里見リオンと劇的な出会いをした翌日、俺たちのクラスでは昨日の壁内実習を踏まえた『トルペ分け』が行われていた。『トルペ』というのは魔法士が蝕と戦闘を行うにあたって、役割ごとに弱点を補いあいながら効率的に任務を遂行できるように構成する集団のこと。──平たく言えばチームだ。
で、その場で問題になったのが、昨日教官の目を盗んで単独行動をした俺とリオンの扱い。そんな問題児と同じトルペになりたい者などいるはずがなく、俺たちは図らずも
俺としては、多少扱いづらさがあるとはいえ腕は確かなリオンと組むこと自体に問題はなかったのだが、トルペの最小人数は三人と決められており、誰かこの問題児たちと組んでやってくれと教官が目をつけたのが学級委員長の鞠亜だったというわけだ。
仲良しの生徒と既にトルペを結成していた鞠亜は最初こそ嫌がる素振りを見せたものの、教官の「お前にしかできない」という言葉で謎のスイッチが入り、やる気満々といった様子で俺とリオンと組むことを承諾してくれた。
──とまあそこまではいいのだ。
問題はその後。鞠亜に昨日のことを根掘り葉掘り尋ねられたリオンは、俺の妨害をものともせずにかなり独自解釈を加えながら昨日の出来事をあることないこと洗いざらい話してしまった。──もちろんその後の俺の部屋での出来事も余すことなく……だ。
で、リオンの独自解釈満載の話を信じ込んでしまった鞠亜が「何やってるんですか外崎くんは!」と怒っているわけである。
「聞いてるぞ」
「わ、私はある程度男の子の気持ちも理解しようとしてるつもりですし、外崎くんがそういう年頃なのも理解してるつもりですが! いくらなんでも! いくらなんでも無抵抗な女の子を部屋に連れ込んで、は、裸にするなんて! ハレンチです! 変態!」
鞠亜はこともあろうに自分で口にした言葉によって真っ赤に赤面しながらまくし立てている。これは収まりがつきそうにない。
「だからどうしてそうなる!? 違うって言ってるだろ?」
「里見さんが嘘ついてるっていうんですか!?」
「そうだよ!」
「里見さん、そうなんですか?」
リオンはしれっと首を振る。
「私、嘘ついてないよ?」
「ほら、里見さんもこう言ってるじゃないですか!」
「もし嘘だったとして、本人にきいても嘘だって答えるか!?」
まったく、とんだ言いがかりだ。口からでまかせを言うリオンもそうだが、それを信じてしまう鞠亜も鞠亜だ。正直、ボケキャラ二人を相手できる自信はないぞ?
「とりあえず外崎くん、あなたは要注意人物としてマークしておきますので!」
「あぁ、勝手にしろよ……でも何度も言うが俺はこいつが言っているようなことはしてないからな!」
リオンを指さしながら主張すると、完全に蚊帳の外を気取っていたリオンがポロッと呟いた。
「それなら、実力で示してみればいいじゃない?」
「……ん?」
「昔から、『強い者が正義』って言うじゃない」
「いやちょっと待て、勝手に仕切らないでくれるか?」
やっとリオンの思惑が理解できた。こいつは口うるさそうな鞠亜の標的を自分に絞らせないために俺を囮として使っているわけだ。さすがスナイパー、やることがえげつない!
「不満があるなら実力で示しなさいよハルト。──少なくとも私は今までそうしてきたわ」
「Sランク魔法士様の価値観に一般人の俺を当てはめないでもらえるか!?」
「──その呼び方やめてって言ってるでしょ?」
ムスッと膨れたリオンはそのまま口を閉ざしてしまった。が、嫌な予感がして鞠亜の方を
「いいですね! 模擬戦しましょうか!」
「何故そこでこんなふざけた提案に乗る!?」
「えっ、だって私Sランクの里見さんには逆立ちしても勝てませんから、外崎くんに勝ってせめてトルペの中の立場を確立させようと──」
「──本音が漏れてるぞ学級委員長……」
鞠亜はハッとして口元を押えたがもう後の祭りだ。こいつがその真っ黒な腹の中で何を考えているのかわかった気がする。
「はい、決まりー! ちょうど『盾』の強度を確かめておきたかったところだし、マリアも私と組みたいならどこまでやれるか見せてよ」
リオンこいつ……どさくさに紛れて俺の事を『盾』って表現したな……! まあ事実なんですけどね。マナの出力が足りない俺にできることといったらせいぜい時間稼ぎと陽動くらいだ。鞠亜の実力がどれほどかは分からないが、少なくとも俺よりはランク上だろう。
つまり俺は鞠亜には勝てない! 以上!
こうして半ば強制的に俺と兼平鞠亜の模擬戦が行われることになった。
よくもまあ俺の周りにはこうも訳の分からないやつが集まるものだと辟易したものだが、これはまだ序の口だったということに、この時はまだ気づくはずもなかった。
◇ ◆ ◇
学級委員長の鞠亜と『問題児』の俺が模擬戦を行うということは、瞬く間にクラス中──そればかりか学院中に知れ渡り、放課後の体育館に集合した時には野次馬の数が半端ないことになっていた。皆、2階のギャラリー席で、アリーナに立つ俺と鞠亜を注視している。
「おい見ろよ、こりゃあ見ものだぜ? あの問題児、この間の実習の時に単独行動したバカだろ? 今度は学級委員長に喧嘩売ってるのか?」
「なんでもあのSランク魔法士の里見を部屋に連れ込んで色々したから学級委員長がお灸を据えるらしい……」
「マジか、とんでもないやつだな。でも流石に学級委員長には勝てないだろうな」
「どうかな? あの里見と行動してたってことは、それなりに腕が立つんじゃないの?」
──みたいなことをどうせ野次馬たちは話しているんだろうな!
俺がここで負ければそんな誤解は解けないままだ。
「ルールは『アリアリ』でいいですね?」
2メートルほどの間を空けて俺と対峙している鞠亜が声をかけてくる。ちなみに『アリアリ』とは、デバイスの攻撃の他に殴る蹴るの体術からあらゆる攻撃まで『なんでもアリ』ということだ。
マナの出力が弱い俺にとっては願ってもない条件だが、鞠亜がわざわざこのルールを指定してくるということは何か考えがあっての事かもしれない。
はたまたハンデのつもりだろうか。だとしたらナメられたものだ。
「──いいぞ」
「私が勝ったら、外崎くんは里見さんが言ったことを全て認めて私と里見さんに謝罪すること、外崎くんが勝ったら私はあなたの主張を信用して謝罪します。──これでいいですね?」
「あぁ、十分だ」
俺はデバイス『雷電』を構える。ちなみに出力は最低限まで絞ってある。いくら俺でも人間相手に最高火力を出す必要はない。それよりも重要なのは手数だ。──向こうも恐らくそれを考えているだろう。
鞠亜は頭の上に乗せていたゴーグルのようなものを目元に装着すると、アサルトライフル型のデバイスを構える。
「あー、えっと。今回の審判は私がやるから。お互い先に膝をついたほうが負けってことで」
高みの見物を決め込んでいるリオンは審判に名乗り出た。もし俺が勝ったら一番抗議したいのはこいつだ。こいつがいなければこんなややこしいことにはならなかったはずなのに。
まあ、リオンがいなかったら恐らく今頃俺の命は無かったのだが。──その事実が余計に腹が立つ。
「あ、そういえば外崎くんのランクを聞いてませんでしたね? 私はDです」
「──Fだ」
俺の答えを聞いた鞠亜は「ふっ」とバカにしたような笑い方をした。こいつ、やはりランク至上主義者か? 完全に勝利を確信したような態度になったぞ。
リオンじゃないが、ランクだけで実力を判断するような奴はあまり好かない。
(これは負けられなくなったな……)
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