第6話 共闘の決意

 血の気が引く、と同時に改めて敵と対峙しているということを再確認せざるを得なくなった。──そして、リオンがいなければ今頃俺は蝕にやられていたということも。


 「こっちよ。ぼさっとしてないで」

 「──あぁ」


 リオンは俺の手を引きながら走る。身を翻し、敵の追撃をかいくぐりながら階段を上り、狭い通路を何回も折り返して狭い物置のような部屋に入ると、入口の扉を閉めて鍵をかける。そして、そこら辺に置いてあった金属製の棚に体当たりするようにしながら扉の前に移動させていく。


 「はぁ……はぁ……ぼーっと見てないで手伝って。死にたいの?」


 その様子はとても微笑ましくずっと見ていても良かったのだが、リオンがこちらを睨んできたのと、まだ死にたくないということもあり、仕方なく手伝うことにする。2人で4つほどの棚を扉の前に移動させたところで、壁に耳を当てていたリオンがホッと息をついた。


 「ここまで追ってきてはいないみたい」

 「──説明してもらおうか。あれは蝕だな?」


 力なくパイプ椅子に座り込んだリオンの頭部にデバイスを突きつけながら、質した。これだけはどうしても尋ねておかなければ、ハッキリさせておかなければいけなかった。

 無論、あれが蝕だということは俺にも分かっている。問題は「何故リオンはあそこに蝕がいるのかが分かったのか」ということ。

 まるで──始めから蝕を追ってきていたかのように。


 「そう。危ないところだったね」

 「危ないところだったねじゃねぇよ……礼を言ってほしいのか?」

 「べつに」


 それ見たことか、だんだん受け答えが素っ気なくなってきた。なにかを隠そうとしているに違いない。



 「隠してることがあるなら今のうちに言った方がいいぞ? 俺とお前は『組んでいる』んだろ? だったら情報は共有すべきじゃないのか?」

 「……」


 リオンの瞳がふらふらと泳ぐ。やがて彼女は深いため息をついた。


 「──どうせ協力しないとこの建物から出られそうにないしね」


 逃げてくる最中に確認した範囲では非常口のようなものは無さそうで、窓から飛び降りるにしても高さがある。この建物から逃れるにはやはりあの蝕のいる階下を突破するしか無さそうだった。ここで救援を待つという手もあるが、連絡手段は持ち合わせていないし、そもそも助けを求めれば俺たちが単独行動をしたことが教官にバレてしまう。それは俺もリオンも御免なはずだ。


 「俺が知りたいのは三つ、『なんであんな所に蝕がいたか』と『どうしてお前はそれが分かったか』と『これからどうやって脱出するか』だ。Sランク魔法士さんなら全部答えられるよな?」

 「──買いかぶらないで、私が知っているのは二つ目の問だけよ。そしてそれも答えたくない」

 「どうしてだ?」

 「どうしても。──今のハルトに説明してもどうせ分かってもらえないもん。むしろ協力関係に支障をきたしかねないから絶対に嫌」


 リオンは頬を膨らませながら首を振った。それが駄々をこねている子供のようで少しだけ可愛いと思ってしまった。双子の妹も、たまにそうやって甘えてきたものだ。


 「仕方ねぇな。とりあえず今は聞かないでおいてやるけど、いつか必ず話してもらうからな」

 「気が向いたら……ね」


 「──で、どうやってここから脱出する? そろそろ戻らないと時間的にもやばいぞ?」

 「なんで私に委ねるの……?」

 「だってそりゃ──俺のデバイスじゃあんなに大きな蝕に有効打を与えられないからな。Sランク魔法士の作戦に従うよ」

 「ねぇ、その呼び方やめてくれる?」


 リオンは不機嫌そうになりながらも、ギターケースからアイスピックのようなものを取り出して壁をガリガリとやり始めた。一瞬気でも狂ったのかと思ったが、どうやら階下の見取り図を書いていたらしい。短い間によくもこれほど正確に覚えたなと感心する。


 「蝕には『コア』と呼ばれる弱点があって、それを十分な威力の攻撃で叩かないと倒せない──っていうのは座学で習ったはず」

 「──だけどなんでそれを座学受けてないリオンが知っているのか……っていうのは聞いちゃいけないんだよな?」

 「そう。よく分かってるじゃない。──続けるよ?」


 俺が口を挟むと露骨に彼女がムスッとした表情になったので慌てて取り消す。だんだんこいつの扱い方が分かってきたかもしれない。地雷を踏むとすぐに表情に出るので分かりやすい。


 「さっきの私の一撃は、『コア』を狙った攻撃だったけど、蝕のサイズが大きかったから蝕の体内を貫く過程で威力が削がれて有効打を与えられなかった。──コアを破壊するには背後からの攻撃が必要よ」

 「ちょっと待て、リオンお前蝕を倒そうとしてないか? 逃げるという選択肢もあるんだぞ?」

 「──は?」


 正気? と言わんばかりの口調だった。目の前に蝕がいるのに倒さないという選択肢はないし、自分にはその能力がある。そう彼女は言いたいのだろうか。

 蝕を倒したいのは俺も同じだった。自分だけの力では逆立ちしても無理だ。でもリオンがいけるというのなら。



 ──賭けてみるか。



 正直彼女が信用に足るかというと五分五分な所はあったが、実際他に頼れるものはない。なにより彼女は俺を助けてくれた。俺を囮にして逃げるという選択肢もあったはずなのに、わざわざ危険を冒して俺の命を救ってくれたのだ。それだけでも賭けてみる価値は十分にあると思った。


 「悪い。言ってみただけだ。続けてくれ」


 リオンはこくりと頷くと見取り図の一点をトントンと叩いた。


 「協力してくれる前提だけど……ハルトがここに蝕を誘導してくれれば、私の一撃狙撃で確実に仕留められる」

 「俺を囮に使うんだな」

 「悪く思わないで欲しいんだけど、他に手はないの」


 別に悪くは思ってないさ。ただ一つだけ確認させて欲しい。意地悪かもしれないが、彼女の反応が見たかった。


 「俺を囮にしてリオンが逃げるという可能性は?」

 「──怖いの?」

 「正直……な。当たり前だろ? お前と違ってこっちは初めての実戦なんだ」


 するとリオンはクスリと意味深な笑みを浮かべた。


 「奇遇ね。私もよ?」

 「なっ……」


 こいつ、あの自信の持ちようはてっきり既に実戦をこなしているのかと思った。──否、それとも俺を安心させようと不器用な嘘をついているか──どちらだ?


 「でも安心して? ハルトのさっきの質問には答えてあげられないけど、これだけは教えてあげる。──私がハルトに声をかけたのは、一人で不安だったからとか、ただ暇だったからとかそういう理由じゃないの」

 「というと?」


 リオンは俺の目を真っ直ぐに見つめながら一言一言噛み締めるように続ける。あるいは彼女もまた緊張しているのかもしれない。


 「私は『後衛バックス』。蝕と正面からやり合うには『前衛フォワード』が必要ってこと。──どんなに強い魔法士でもそれは同じ」

 「つまり、最初から俺を盾にするつもりで?」

 「そうだよ?」


 彼女は一切悪びれもしないで断言する。だがそれがかえって清々しくもあった。


 「でも勘違いしないでほしい。私は『後衛』として『前衛』を使い潰すつもりは全くないから。共に戦い共に生き残る。──それが『組む』ってことでしょう?」

 「……」


 なんだろう。上手く言いくるめられているような気もするが、俺はリオンに対して先程までとは違って明確な信頼感のようなものを感じつつあった。これが俗に言う『吊り橋効果』というやつなのだろうか? ちっぽけな彼女の佇まいが無性に威風堂々としたものに感じる。


 「それに、私の予想が正しければハルトは──」

 「ん?」

 「──なんでもない」

 「なんだよ?」

 「なんでもないの。今のは忘れて?」


 全く、事ここに及んでもリオンのやつは謎な言動が多い。だがそれが先程感じた信頼感を損ねるかと言われると、そうでもない。

 リオンは地面に置いていたスナイパーライフルを大事そうに抱き上げると再び俺を見つめてきた。「あとはあなた次第」とでも言いたげな雰囲気だった。



 ──だとしたら。



 もう答えは9割方決まっていた。いや、10割か。どのみちこれしか無事に切り抜ける方法が無さそうなのだから。


 「──分かった。お前に命を預ける」


 俺はその時、初めて彼女が心底嬉しそうな表情をしたのを見た。──ほんとに一瞬だけだったが。


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