第9話 ナイルの村とワイバーン

 腰まで伸びた透き通る銀の髪、空色の瞳、可愛らしいゴスロリ衣装(火の粉により損傷)を見に纏った可憐な少女⋯⋯ではないですね、可憐な男の娘のボクは今、酷く気分が落ち込んでいます。



 そしてベッドにだらしなく横たわっています。





「ノエルお姉さん、機嫌直してくださいよ~」



「いや、直しません。本当にワイバーン討伐なんてやりたくなかったのに」



「ドラゴンの脅威は戦ったノエルお姉さんが一番分かってるじゃないですか。あんなのが村にいたら皆食べられちゃいますよ、見殺しにするなんて忍びないですよ」




 ルアさんはそう言って、ベッドに横たわるボクの頭を撫でる。



 戦った事があるからこそ、もう二度とドラゴンとは戦いたくないというのに。


 それにこの村にいるドラゴンが人を食事にしているとは限らない。




 全く、そもそもこの発端は⋯⋯⋯⋯。


 今からおよそ数時間前、ルアさんがワイバーン退治に協力すると言ったせいで、ルアを一人で行かせる訳にも行かないボクは形だけでも協力する事になってしまった。




 現在は冒険者に案内されて辿り着いたナイルの村の宿屋に宿泊している。



 ふかふかのベッドに横たわっているのもそのせいだ。



 本当に着いてきたくなかったけれど。


 ルアさんを故郷に連れ帰ると約束してしまった手前、行動を別にする事なんて出来ないし、ましてや一人でワイバーン討伐に行かせて本当に死なれても困る。



 あの冒険者さん達、なんか薄情そうだしルアさんの事助けてくれなさそう。



 そのせいで、ボクもワイバーン討伐に協力せざるを得なくなるなんて。



 ちなみにナイルの村はそこそこに人口が多いらしく冒険者や旅人用の宿泊施設もあった。


 さっきも言ったがボク達もそこにお世話になってる。


 ワイバーン討伐に来たと村長に告げたら、宿泊費は無料になった。




「ノエルお姉さん、ずっと黙っていて考え事ですか? それとも私に怒ってるんですか?」



「もう怒ってはいないです。けど、考える事は山ほどあります」




 ルアさんは、ボクの機嫌を伺うような目で見つめてくる。


 何時までも誰かに気を遣わせるのはボクの趣味では無いので怒っていないことを伝える。



 村長からの話だと、ナイルの村は酒の製造をしていて、マニアにはそこそこ美酒だと定評がある様だ。


 まさにワイバーンにすら気に入られてしまう程の美酒らしい。



 無駄に知能が高いワイバーンは言語を話せるらしく、週に一度村中の酒を集めにやって来るらしい。


 ちな逆らったら即死らしい。今のところ前例はないがそう告げられているみたいだ。



 飲酒ガチ勢こわい。




「酒好きのワイバーンを倒す策。大好きな酒を利用して負かすなんて、最高に皮肉の聞いた策は無いでしょうか⋯⋯」



「ノエルお姉さん、対ワイバーン戦の作戦を考えてるんですか!? 乗り気ですね!」



「乗り気なわけないでしょう。仕方なしに考えてるんですよ。最悪、死ぬと思ったらホウキに乗って逃亡ですからね」




 命に関わるんだ、ヤバかったら敵前逃亡もやむ無しだろう。




 そしてふと、自分が勇者だったことを思い出した。


 そういえばボクの同期の、名前⋯⋯えっと、リュウオウ?は今頃どうしているんだろう。


 冒険に出ているんだろうけど、何処かで野垂れ死んでいないかな。


 まあボクの知った事ではないんですけどね。世界で一番どうでもいい事に頭を使いました。




「ふあぁ、ノエルお姉さん⋯⋯私そろそろ眠たくなってきました」



「もう夜ですもんね。そろそろ寝ましょうか」




 実は時刻は既に真夜中。


 カーテンと窓の隙間から、微妙に月明かりが差し込んで、ボク達を照らしている。


 ボクは付けていた蝋燭の火き息をそっと吹きかけて消す。



 少し焦げ臭い匂いが鼻の奥に通る。



 蝋燭を消すなんて誕生日以外でした事無かったけど、こちらの世界では蝋燭が割と主流みたいだ。




「ノエルお姉さん、おやすみなさい⋯⋯」



「はい、おやすみなさいです」



 ボクたちは部屋に一つしかないベッドと毛布を共有する。


 折角困っている所にわざわざワイバーン討伐に来ているわけだから、人数分のベットと毛布位用意して欲しい限りだ。




「うんん、ん⋯⋯ノエルお姉さん死んじゃいましたぁ⋯⋯」




 直ぐに夢の中へと落ちていったルアさんが寝言を呟く。



 ルアさんの夢の中の私は、どうやら亡き者にされているらしい、物騒が過ぎる。



 ていうか、これからワイバーン戦が控えているのに、縁起悪くないか。正夢はマジ勘弁。




「はぁ⋯⋯そういうの怖くなるからやめて下さいよ」




 ぼそりと呟いた独り言は、直ぐに静寂に掻き消される。


 なんだか眠れそうもないし、今日は寝付けるまで作戦でも練ろうかな。




 翌朝、気が付けば眠りついていたボクは、ルアさんに「起きて下さい!! 朝日が眩しいですよ!」と身体を揺さぶられて強制的に起こされた。



「おはようございます。⋯⋯もうちょっと優しい起こし方をして欲しかったです」



「おはようございます! 無理です! あ、ノエルお姉さん目にくまができてますよ。眠れなかったんですか?」



「まあ⋯⋯夜な夜な対ワイバーンの策を練っていたので」




 寝落ちするまで考え込んでいたせいか、どうやらくまが出来てしまったらしい。


 夜更かしをして目に出来たくまの代償という訳では無いが、お陰で幾つかの策を思い付いた。




「さて、では村長さんの所に行きましょうか」



「⋯⋯! はい!」



 ボク達は宿泊施設を出て、無駄にデカい村長さんのお家へ向かう。


 村長さんの家の前まで来ると、ここまでボク達を案内してきた冒険者二人が立っていた。



 後から聞いた話だが、二人はどうやら兄弟らしい。




「おはよう、お嬢ちゃん達。銀髪の方のお嬢ちゃん、眠れなかったのか?」、今話しかけてきた剣を装備している方が兄のコーザ。



「まあ慣れない環境だから無理もないよ! ただ冒険者たる者、何時でもどこでも眠れるようにしないとな!」、こちらの斧を装備して、兄よりも若干テンションの高い方が、弟とのズーク。



 二人とも栗色の髪と翠色の瞳をしている。


 あと顔立ちがそっくり。




「おはようございます。ワイバーン戦の作戦を練っていたので、眠れなかったわけではないです」



「おお流石お嬢ちゃん! 頼りにしてるぜ!!」、弟、ズークの方がテンション高々熱量高々にボクを宛にしてくる。



「お嬢ちゃんじゃなくてノエルです。というか、お二人も作戦の一つや二つ当然考えていますよね? 聞かせてくれませんか?」



「うぐっ!!」




 冒険者兄弟はまた都合が悪そうに押し黙った。


 コイツら、本当に全てをボク達に丸投げする気だったのか。


 ちらりと横を見るとルアさんも疑念の目で二人を見ていた。




「ノエルお姉さん⋯⋯この人達本当にやる気あるんでしょうか。ちょっと不安になってきました」



「無いでしょうね。やる気を微塵も感じとれませんし、報酬だけかっさらう典型的な丸投げ害悪タイプです」




 こっそりと耳打ちするルアさんに、ボクはあえて御二方にも聞こえるような声量で返す。


 無理に協力しているのだから、その位はしても問題は無いでしょう。




「ノエルちゃんは手厳しいなぁ⋯⋯」



「さて、そろそろ村長の家に入ろうか。何時までも村長の家のまで話しても村長も落ち着かないだろうし」



 長男の方、コーザが村長の家の扉をノックする。


 直ぐにしゃがれていて年老いた声の男性が、「只今」と返事をする。


 村長の声だ。




「おお、冒険者様方⋯⋯我が家まで御足労頂き誠に感謝でございます」



「いえいえ、感謝するくらいならせめてコーヒーのいっぱいでも頂きたいですね」



「ノエルお姉さん! 乗り気じゃないからってそれは流石に駄目ですよ!」




 ボクの発言にルアさんがきつく窘める。


 反論しようにもルアさんは既に顔を赤くして怒っているし、ボクも何時までもいじけすぎていた。


 素直に反省して、「すみませんでした」と頭を下げる。




「ああ、わざわざ来て頂いているのはこっちなんですから気にしないで下さい。直ぐにコーヒーを入れるので上がってください」



 村長さんはボク達に家の中に入るように促す。


 優しい⋯⋯人として完敗した気がする。



 この世界では好き勝手すると決めたが、人としての最低限の接し方くらいは守った方がいいと一人、粛々と心の内で反省する。



 村長は、ボク達を客間の椅子に座らせると人数分のコーヒーカップを運びながらやってきた。




「どうぞ」



「本当にコーヒー入れてもらっちゃってすみません」



「そうだよお嬢ちゃん! お年寄りには優しくしないと!」、弟のズークが窘めるように話しかけて来た。



「い、以後気をつけます⋯⋯」




 ズークさんに注意されるのは癪だったが、反論出来もしないので素直に受け入れる。


 まあ、やってしまった分はここからの作戦会議で活躍して挽回すればいい。



「それで早速ですが、対ワイバーン用の策で幾つか提案があります⋯⋯!」



 ボクは昨日夜な夜な考えた素晴らしい作戦を披露してみんなの舌を巻かせるべく、したり顔で口を開いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る