第6話 外の世界への第1歩

月明かりだけが街を照らす夜。


 なんとかボク達は安宿の一室を取ることができた。



 そしてそろそろ就寝しようかなと思う。



「さて外ももう真っ暗ですしそろそろ寝ません? 一応ボクも男の娘なので、別々に寝ましょう。ボクはベッドでルアさんは床です」



「ノエルお姉さんのお金で寝泊まりしているから⋯⋯それで構いません⋯⋯」



「え、ちょ、そういう時だけしおらしい感じ出すのやめてくださいよ。いいよ、ベッド使え下さいよ!」ルアさんの態度に罪悪感を覚えて、ボクは新しい敬語を生み出しながらベッドを譲る。



「いやいやそれはそれで私も気が引けるし。一緒にベッド使いましょうよ」



 ボクはそれでいいのならと了承し、一つのベッドに横になる。


 歳下とはいえ女の子と同じベッドで眠るなんて初めてだ。



 悲しい事にトキメキも糞もないんですけどね。




「ちょ、毛布取りすぎです。ボクにもかけてください」



「ええーノエルお姉さんこそ、枕独り占めしないでくださいよ」




 ね? トキメキも糞もないやり取りでしょう?


 ていうかマジで毛布持ってかれるんですけど。この宿安かったから隙間風入ってきて寒いんですよ!



「ねえノエルお姉さん。聞きたいことがあるんですけど」不意にルアさんがボクの顔をまじまじと見つめて問う。



「なんですか? ボクの顔になにか付いていますか?」



「いえ、可愛い顔だなって。えと、本当にその⋯⋯男の娘なんですか?」



「まあ一応男の娘ですね⋯⋯。まあ顔は我ながら可愛い顔だと思います」



「本当に可愛いから文句は言いませんけど⋯⋯


 結構キツイですよ?」




 性別を確認されて、ありのままに答えたら何故かまた辛辣な意見が飛んできた。


 心外な意見にわざとらしく咳払いをする。




「まあ男の娘ですけどルアさんに興味は無いので安心して眠って下さい」



「いやまあ⋯⋯不信感は抱いてないですけど。じゃあそろそろ眠ります」



「はい、おやすみなさい」



「おやすみなさい。今日は色々ありがとうございました⋯⋯。久しぶりに気を楽にして、誰かと会話が出来ました⋯⋯」




 ルアさんは言い終えたあと、事切れたかのように眠りに着いた。


 今日一日で色々な事をしたから、きっと疲れたんだろうな。



 そしてボクも疲れた。


 何時まで続くんだろうこの夢は。


 というか、幾ら夢でも長すぎるしここまでリアリティのある夢は初めてだ。




「まさか異世界転生⋯⋯しちゃいましたかね」




 前の世界にさほど楽しみが無かったせいか、結論の割に自分でも思った以上に他人事のように呟いてしまった。


 創作物特有の物思っていたけれど本当に異世界転生ってあるんですねぇ⋯⋯。



 なんて、そんな感覚だ。



 本当に転生していてもこの見た目の方がボクはボクらしくいられるし、万事オーケーだ。



 惜しむような家族も友人も、ボクには一人だっていない。だったらこの世界で魔王をざっくり倒しちゃって念願のお姫様になった方が良い。




「ま、難しい事は今度にして寝ますか⋯⋯」




 ボクは闇によって暗く染まった空色の瞳を閉じて、深い眠りについた。





「ノエルお姉さーん! 朝ですよー!」



「うっ、うるさいっ⋯⋯何事⋯⋯」



 翌朝、ボクは何故かテンションの高いルアさんに揺さぶり起こされた。



 スロウスターターなボクは朝はゆっくり派だ。


 いきなり高いテンションで来られると正直しんどい。



「うぅ⋯⋯耳がキンキンします。朝なんだから静かにしましょうよ」



「何言ってるんですか! 逆に朝なんだから陽の光を浴びてシャキッとしましょうよ!」



 ルアさんは獣耳をぴょこぴょこと動かしながらカーテンを開ける。


 陽の光ばいっぺんに入ってきて目が眩む。




「うっっ⋯⋯ボク日光は⋯⋯」



「何吸血鬼みたいな事言ってるんですか! 起きますよ!」



「まあ宿も長居できませんし、そろそろ起きて着替えますか」



「⋯⋯⋯⋯はい」




 起こしてきた癖に何故か最後のルアさんは悲しそうな表情をしていた。


 ボクに慣れたのか、せっかく明るく話し掛けてくれるようになったのに。



 釈然としないまま、ボクは可愛いゴスロリ服に袖を通して宿を出る。


 あ、やっぱり似合う。



 そうしてそのまま宿屋を出る。


 いざ、今日から大冒険の始まりだ。




「それじゃノエルお姉さん、お別れですね」



「は?」




 お別れ? 突然の申し出にボクは素っ頓狂な返事をする。




「ノエルお姉さん、勇者なんですよね? 私は行き場のない獣人。そろそろお別れですよ」



「お別れって⋯⋯この先の宛はあるんですか? こんな街で、生きていけるんですか?」



「宛はないです。ただいつかは、故郷に戻りたいと思ってます」




 ルアさんは淡々と語る。口ぶりから、きっと昨日の時点でお別れを考えていたみたいだ。



 正直一日だけの仲なら、放っておいてもいい。


 ただこれがボクから手を差し伸べたのなら話は別だ。


 中途半端にして放っておく事は出来ない。




「あの、故郷に戻りたいんですよね?」



「まあ⋯⋯」



「ボクは勇者として魔王を倒すために世界中を旅します。なので、その途中にルアさんを故郷に送り届けてもいいですよ」



「えっっ」




 ボクの提案に、ルアさんは驚いて固まる。


 都合のいい提案すぎただろうか、なんだかまた断られそうな気がする。


 申し訳ないとか言われそう




「でも申し訳ないですよ⋯⋯。対等な立場なら尚更、私は何もお返しを出来ないんですから」



「うわ、それ言われると思いました。出ましたよお得意の申し訳ないです」



「え?」



「ゴホン。なら今からルアさんはボクの下です。下僕です。這いつくばって下さい。」




 対等が嫌なら、極端な話ボクより下の立場にしてしまえばいいと思ったけれど。


 けど今のは普通に言い過ぎてルアさんが傷付きそうな気がする。


 なんか気まずくてしばらくの間沈黙が続いた。




「優しいんですね。ノエルお姉さん」、先にルアさんが口を開いた。



「そうですか? この世界の人間が冷たすぎるだけだと思いますよ」



「本当について行ってもいいんですか? 私、遠慮していたけど本当は結構うるさいし、朝からテンション高いし、すぐ迷子になるし、故郷まで連れていくの大変ですよ? 」



「ボクはルアさんが思う程優しくないので。そういう時は普通にキレますし、縄で縛って無理やり連れていきます」




 ルアさんの問い掛けに、顔に似合わない毒を吐く。


 助けられたからと、変に理想をボクに求められても困る。


 そしてルアさんは口を開く。




「じゃあ、しばらくお世話になります」



「お世話になってください。というか、悩んだ割に意外とあっさりしてますね」



「んんっ⋯⋯やったーーー!!!」



「え!? いきなり何っ⋯⋯うるさっ!」




 ルアさんは人目をはばからずに、いきなり大声で叫び出す。


 あまりの声量にボクは思わず耳を塞ぐ。


 周囲の人達も驚いた様にルアさんを見る。



 誰もが喧騒に驚いたり耳を塞ぐ中、ルアさんだけは清々しい表情をしていた。




「ありがとうございます。何だか言いたいことを言えて、本来の私でいられそうです!」



「殻にこもる事ほど辛いことは無いですからね。でも声量は程々にお願いしますね?」



「まあ、そこは愛嬌ということで見逃して下さい!」




 何がきっかけになったのは分からないけど、ルアさんは自分自身の殻を破って、ありのままの姿をボクという人間に晒してくれた。



 ボクは「本来の自分」を自分の世界で出来なかったから、本当に凄いことだ。



 ルアさんの輝く桃色の瞳を見て少し羨ましくも思ってしまう。


 きっとルアさんの心はボクよりもずっと強い。




「ねえノエルお姉さん! 早く冒険に行きましょうよ!」



「え、なんでそんな乗り気なんですか?」



「早くこんな糞みたいな街とおさらばしたいからですよ! あ、言っちゃった⋯⋯」



「フフっならとっととこんな街出ないと行けませんね」




 以前だったら絶対言わないような事をルアさんは口走る。


 当の本人は「いけないいけない·····」と両手で口を塞いで焦る。


 その様子が何だか面白くて、ついボクも笑を零してしまった。



 そしてボクもルアさんに同感だったので、ボク達はこの日、外の世界へと旅立って行った。



 ボク達の世界を救う迄の冒険の始まりだ。




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