第16話 王女殿下の沈黙

「分かりましたから、離して下さい」

 そう言ったにもかかわらず、私の手をしっかり握っている。いや、本当に離して。

「まず、ナタリー様という呼び方をやめて下さい。おかしいでしょ? 平民の子どもに、王族である師団長様が様付で敬語を使うなど」

「分かりました。ただ、一部の親しい人以外、丁寧な言葉は誰にでも使っていますので」

 なるほど、そういう人種か。


「手を……放して頂けますか?」

 私は静かに言う。

 師団長も、私の言いなりに手を離した。

「私が知っている事は、あなたと双子である王女殿下も知っております。昔は普通の人間でも知っていた知識です。だから、母君も魔女であるならば言い伝わっているはずです」

「私は知らなくとも、彼女は母から聞いているという事ですか。でも……」

 師団長は少し考える素振りをしている。

 それならば、なぜ言わないのだろうと思っているのだろうか。

「この惨状を知っていても王女殿下が何も言わないのであれば、それこそ、私から言える事は何もありません」

 そう言うと、師団長は何か一瞬言いかけて、私を引き留めようと腕を伸ばしかけてやめた。


「冒険者ギルドまで、送る馬車を出しましょう」

 冷静な声で師団長が提案してくれる。

 一緒に来たガウルさんは、ケガ人の手当てで帰れないだろうから。

「いえ。歩いて帰れます」

 私は師団長の提案を断り歩き出した。


 今は人間の気配が、ただ、鬱陶しいだけだった。



 王城を出て貴族街を抜けると、冒険者ギルドがある町に出る。

「ナタリーちゃん。今日はまた立派な格好をしてどうした?」

 治療をしたことがあるおじさんだ。

「騎士団の治療所に呼ばれたけど、重傷者が多すぎてクビになっちゃいました」

 私は平然とウソを吐く。

「また、ケガしたらよろしくなぁ」

 他のおじさんからも、そんな風に声がかかった。

 

 ギルドが近くなるとやたら知り合いから声がかかるなぁ。

 いつの間にか、お肉だの魚だの持たされていた。いや、何で?

 厨房に持って行くしかないし。


 同じ人間の気配……とういうか何というか、ここのはそんなに鬱陶しいとは思わない。


 平和だよね。うん。魔女の結界がある限り、ここは平和だ。

 いつも通りの平和さに、ホッとさせられる。


 この国の魔女は、自国民が嫌い…………なのだろうね、きっと。

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