#10
熱で花ちゃんが学校を休んだ。季節の変わり目とかによく体調を崩す。
僕は昔から無遅刻無欠席だけど平日に熱が出たことがないだけで風邪を引いたことならある。休みの日には必ず誰かが家にいてくれて面倒を見てくれる。
花ちゃんはいつも一人でいるからきっと心細いはずだ。学校が終わったらすぐお見舞いに行こう。
給食を食べ終えると隣のクラスの同じ部活の友達に呼び出された。
「今度の部活のこと?」
「違う。放課後、俺の友達が図書室に来てほしいって。伝言」
「なんで?僕も知ってる人?」
「お前は知らないやつだと思うけど…」
名前を聞いたけど知らない人だった。同じ学年の女子らしい。
「柴はこういうこと慣れてると思うけどOK出すにしろ振るにしろ優しくしてあげてよな…いいやつだから…」
「慣れてなんかないよ」
こういう時はあまりあれこれ考えないようにしている。そもそも用だってわからない。それでも放課後までどうしても落ち着かなかった。
終礼が終わって図書室へ行った。図書室のどこにいればいいのかわからなくてうろうろしていた。
小説の背表紙を見ながら次は何を読もうかぼんやり考えた。適当に手に取りパラパラとページをめくる。
「あ〜柴又君…?」
後ろから声をかけられる。
「はじめまして…来てくれてありがとう」
僕と同じくらい背のある女子だった。すらっとしている。見かけたことのある人だ。友達の友達だからどこかで会っているのかもしれない。
あまり人の来ない郷土資料の棚に移動した。棚と棚の間の壁に図書室での私語は慎むよう注意喚起しているポスターが貼られている。その前で僕たちは小声で話した。
「柴又君、お兄さんいるよね?」
そこで緊張の糸は完全に切れて僕は冷静だった。
「二人いるよ。大学生と高校生」
「高校生の方。うちのお兄ちゃんと柴又君のお兄さんが友達なの。よくうちに遊びに来る」
「そうなんだ。兄がお世話になってます」
「いいえ!こちらこそ、いつもお菓子とか持ってきてくれて…私にも…」
恥ずかしそうに声をひそめる。
「あの…ええと、その…」
「はい」
「お兄さん、彼女とか、そういう人いるのかな…?」
気にしたことがなかった。恋人いるのかな。あの兄に。
「家に女の子の友達を連れてきたりはないと思うけど、どうだろう…いなそうだけどね…」
「そっか…そっか…!」
彼女の聞きたかっただろう答えをはっきり言えずに申し訳なくなった。
「ありがとうね、柴又君。本人に質問できたら一番いいんだけどできなくて。お兄ちゃんに言ったら絶対にバカにされるしバラされるし」
「それとなく僕が兄に訊いてみようか?」
「いいの!大丈夫!お兄さんとお付き合いしたいとかそういうのではないの。ファンというか。ただ、ちょっと知りたかっただけ」
その気持ちはよくわかる。直接訊けたら手っ取り早いんだけどね。それに兄を恋人にしないのは賢明だ。
「柴又君とお兄さん、タイプは違うけど兄弟揃ってかっこいいなんてすごいね」
「かっこいい?」
「かっこいいよ!私の友達なんて柴又君の──」
ハッとして彼女は自分の口を叩きつけるように押さえつけた。
「今日の話は秘密にしてほしいです」
「…うん。誰にも言わない」
「…柴又君は話に聞いた通りいい人だね」
お礼を言って彼女は図書室を出た。
僕もすぐに職員室へ向かう。担任の先生はまだ残っていた。
「花茶屋さんのプリント?あぁ、高砂君が行ってくれたよ」
「そうですか」
「今日は保健だよりだけだから急ぐことないんだけどね。おうちが近いからって任せちゃった」
気持ちがまたソワソワしだしてそのまま学校を出た。
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