君よ動けるならば

古賀貴大

#01

 明日、絶対に晴れますように。

 九月も中頃になってプールの授業もラストだ。今年は大雨などでプールが何度も中止になった。最後はいい天気で泳ぎたいから神社へお願いしに行った。終わってしまうプールの代わりにいいことがありますようにとも頼んだ。一度に二つもお願いするのは欲張りかな。

 当日はカラッと晴れた。クタクタになるまでみんなと思いっきり泳いだ。早く来年にならないかなって話しながら友達と帰ってたけど、途中でプールバッグを持ってないことに気づいて学校へ取りに戻った。朝はランドセルより先にプールバッグを手に取ったくらいなのに。

 そのまま家に帰ったらお母さんに叱られる。汚れた服をその日のうちに洗面所にあるカゴに入れず次の日に出して怒鳴られた兄たちを見てきた。うちは人が多くて洗濯物も多い。一日に何回も洗濯機を回す。バレないと思ったんだろうけどお母さんの目はごまかせない。


 来た道を戻ってる間、誰ともすれ違わなかった。下校している生徒もいない。走ってる僕以外に道に人はいなかった。

 裏門から入ってすぐの第二校舎に入る。誰とも会わない。教室にも人はいなかった。図書室になら誰か残ってるかなと考えながら自分の机の横にかけてあったプールバッグを取る。

 不思議な空間だった。数十分前までたくさん人がいたのに。誰もいないから廊下を走っても怒られない。ちょっと楽しかった。

 いつもは裏門から決まった通学路で帰るけど今回は正門から出てみることにした。遠回りして帰る。


 正門口には裏門と違って門らしい門がある。裏門は小さな公園の入口みたいになってる。バッティングセンターみたいなネットに囲まれてる。あんまり門っぽくない。正門の方が厳格だけど僕はごちゃっとした裏門も好き。毎日通ってるから愛着がある。

 正門を出ようとするとすごく大きな音が聞こえた。何かが落ちてきたような、爆発したようなドーンって怖い音だった。あまりに大きいから音がどこから聞こえたのか判断できなかった。第一校舎の裏から煙みたいのが見えてそっちへ行こうと決めた。

 走って向かうと土煙が舞っていて何が起きたのかわからない。反射的に目を閉じて口も手で押さえた。

 しばらくすると視界がはっきりして様子が見えた。何も身につけていない女の子がしゃがみこんでいた。年齢は僕より少し下の二年生くらい。

「どうしたの!?なんで裸なの!?」

 女の子は僕に気がついてこっちを見た。何も言わない。女の子の後ろには大きな土管みたいなものが地面にめり込んでいた。大きいドラム缶にも見える。ボロボロだ。

「もしかしてこれでお風呂に入ろうとしてた?」

 女の子は何も言わない。

「小学生は一人で火を使っちゃ駄目なんだよ。危ないから大人と一緒じゃないと」

 この子もドラム缶くらいボロボロだった。汚れたからお風呂に入ろうとしたのか、お風呂に入ろうとして爆発してボロボロになったのか。何も話してくれない。

「お名前は?痛いところはある?」

「ない」

 やっと声を出してくれた。かすれた小さい声だった。僕はプールバッグからプール用のタオルを出して女の子にかぶせた。

「僕の家のお風呂に入れてあげる。来て」

 女の子は何も言わず僕についてきた。


 今日はお母さんも仕事に行っていて家には誰もいなかった。

「お風呂入ってて。お風呂の入り方わかるかな?」

 念の為に確かめた。女の子はうなずく。

「僕は百均行ってくる。すぐ戻るよ。十五分くらい。もし家族が帰ってきたらよりの友達ですって言って。公園で泥水浴びちゃったからお風呂借りました、お邪魔してますって言ってね。わかる?」

「うん」

 服は僕のを貸してあげてもいいし、お姉ちゃんが古着屋に売るからって山にしてる服から拝借してもいい。

 下着だけ必要だったけど少し恥ずかしくなってお菓子と歯ブラシも買った。


 僕が家に戻っても家族は誰も帰ってなかったから安心した。風呂でじっとしていた女の子に着替えを渡す。まだ髪がびしょ濡れだ。

「風邪引くよ。こっちのお姉ちゃんのよくわからないすごいやつ使っちゃえ」

 ドライヤーを渡しても使い方がわからないみたいだったから僕が乾かしてあげた。

「ねぇ、名前はなんていうの?」

「ケイ」

「ケイちゃん?おうちは近い?」

「ない」

「遠いの?どこから…」

 ずっと顔を下げていたケイちゃんは真下を向いてしまった。もしかしたら泣いてしまったのかもしれない。グズっと鼻をすすっている。

「ケイちゃん、大丈夫だよ。お腹空かない?もんじゃでも食べに行こっか。おやつだよ。それからおうちに帰ろう。僕が一緒についてってあげる」


 家族でよく行く近所のもんじゃ屋にケイちゃんを連れていった。

「頼くん、いらっしゃい!」

「こんにちは。いつものください」

「はーい!」

 たまに友達とも来る。一番安いキャベツしか入ってないもんじゃを分けて食べる。値段も人数分で割るから安い。今日はお小遣いをいっぱい使うことになるけどたまにならいいだろう。

 ケイちゃんはもんじゃを食べるのが初めてだったようだからこうやって食べるんだよと教えながら食べた。ヘラを持つのもたどたどしかった。

「おいしい?」

「うん」

 少し笑ってくれたからここに来て良かったと思った。

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