柳生三厳 怪異改め方がための最終検分に挑む 2

 柳生三厳。

 今年で数えで二十となる青年で、背丈は六尺(約180cm)に届くほど。服の上からでもわかるほどの鍛えられた肉体を持ち、そこから来る自信のある佇まいはまさに人生の盛りを体現しているかのような若人であった。

 父は大和柳生荘領主にして知行三千石の旗本・柳生宗矩。この宗矩であるが、彼は旗本うんぬんよりも柳生新陰流伝承者としてのの顔の方が有名であった。


 柳生新陰流。

 柳生家に伝わる剣術で、技巧もさることながら思想の根幹にある独自の哲学は家康の頃より高く評価されていた。宗矩はこの新陰流の当主であり、その息子である三厳もまた当然この新陰流を修めていた。

 恵まれた肉体と天賦の才、そして何より指導者に恵まれた三厳の剣豪としての評価は齢二十にして市井に噂されるほどとなっていた。


 そんな三厳にあやかしを見る才があるということが発覚したのが数年前のことだ。今は詳細は省くがこの才の発覚と怪異改め方の話とが折よく重なり三厳がこれの候補に選ばれた。役目の打診を受けた三厳はそれを受け修練に励み、そしてとうとう最終検分のところまで来た。最後の試験は実際のあやかしを切ってみせること。これを突破すれば三厳は晴れて怪異改め方に就任することとなる。だがしかし……。

(まったく……どうしてこのような場所で……)

 忠勝はもう何度目かもわからぬ愚痴を胸中でこぼした。そう、問題はその試験がここ江戸城本丸の一角で行われているという点だ。正確には江戸城本丸大広間横の庭にて行われている。言うまでもないがここ大広間はそのようなことを行う場所ではないし改め方の試験もこんな場所では行わない。当初の予定では万が一を考え江戸から離れ周囲に人家のない場所で深夜にこっそりと行うつもりだった。それがこうなってしまった原因は……。

 忠勝は上座の方を見た。視線はふすまによって遮られるがその先に今回の原因である人物、現将軍・徳川家光が控えていた。


 今回怪異改め方候補に挙がった柳生三厳はこのころ既に別の役職についていた。それが現将軍徳川家光の小姓であった。小姓とは主君の身の回りの世話をする役職でありその職務の特性上下手な旗本よりもはるかに将軍と近い関係にあると言える。特に三厳は家光の剣術訓練時によく召されていたため顔も覚えられていた方だった。

 そんなところから引き抜くのだ。必然話は家光の耳にも入り、そしてそこで家光の無類の武芸好きという性癖が出た。家光はぜひ三厳があやかしと仕合うところを見てみたいと申されたのだ。

 当然初め周囲は止めた。三厳と仕合うあやかしは制御されているものとはいえあやかしには変わりない。何が起こるかわからない以上その近くに将軍を連れていくことなどできはしない。しかし家光は引かず、そしてこれ以上強く意見できる者もいなかった。

 これは時期も悪かった。この頃の家光は将軍職に就いたばかりの頃でその大役の重責で精神が安定しない時期でもあった。家光はかねてより感情で賞罰を決める傾向があったため機嫌を損ねることを言えばこちらがどうなるかわからない。特に近年の幕府は松平忠直や本田正純といった御一門やかつての重鎮一族ですら不要と思えば躊躇うことなく処罰していた頃だ。下手なことを言えば自分たちにも火の粉がかかりかねない。こうして誰もが手をこまねき右往左往した結果、何故かこうして大広間横の白洲にて大一番を行う運びとなったのだ。


(あぁ、本当にどうしてこうなったのだ……)

 様々な思惑が交差した結果とはいえ、この決定は忠勝にとっても予想外だった。しかしここまでまとまった話を今更ひっくりかえせるわけもなく、仕方なく忠勝は万全の態勢を敷くことに努めた。入側縁・白洲には数間ごとに陰陽術や法力の専門家を配置し、警備の詰め所である遠侍には特に指折りの者を集めている。大広間内にも三厳の父・柳生宗矩を始め腕に覚えのある旗本を並べている。また大広間周辺だけでなく江戸のいたるところにも適切な人員を配置した。万事に万全というわけではないができる限りのことはした。あとはもう三厳が下手を打たないことを期待するのみだ。


 そのようなことを考えているとふと白洲の陰陽師の呪詛が止んだ。おそらく術をかけ終えたのだろう。見れば陰陽師の前に広げられていた巻物は何やら黒い靄のようなものを纏って宙に浮いていた。その異様な光景に忠勝は少し怯んだがすぐに気持ちを立て直した。

 忠勝は前方の陰陽師頭と宗矩を見た。二人は黙って頭を下げた。準備はできているという合図だ。こうなればもはや三厳その他専門家たちに任すほかない。忠勝は立ち上がる。

「これより怪異改め方がための最終見分を行う!」

 三厳はスッと床几から立ち上がりその手を軽く刀の柄にかけた。陰陽師も素早く巻物から離れる。それらを確認した忠勝は大きく息を吸い込みそして宣言した。

「それでは、始めっ!!」

 その合図に重なるように三厳が砂利を蹴る音が深夜の江戸城に響いた。

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