Chapter17(Ver1.1)・家族みんなでお勉強だ

高一 9月 土曜日 夜


「ただいま」


「お! 英紀おかえり! ちょっとこっちに来なさい」


 帰宅すると待ってましたとばかりに父さんがリビングから声をかけてきた。


(さっき和歌をからかったことを怒られるのか? いやでも声色からして怒っては無さそうだし……)


 そう思いながらその声に従ってリビングに入ると、引っ越しでよく使われるようなサイズのAmasouロゴが描かれた段ボールがテーブルに置かれていた。


「それが教英先生が言っていた機材? いったいそんなでっかい箱で何買ったんだよ。 新しいグラボ積んだゲーミングPCなら嬉しいんだけどさ」


「ゲームならPlayerStastion買っただろ。これだよ」


「ポータブルDVD?※5 こんなん無くてもBlu-rayレコーダーあるじゃん」


「それだと学習の度にリビングに来ないといけないだろう? スキマ時間を有効に使える点こそ教英先生の学習方法の利点じゃないか。 個人がしたい時に手間なく自由に観られる、聞き流せる事を追求したらこうなるんだ」


「え? じゃあもしかして全員分買ったの?」


「ああ、買ったよ。あと治佳と英紀には2台目のPCディスプレイを買っておいたから、ゲームをする時なんかは片方の画面で再生しなさい」


「マジで! 二台ディスプレイデビューか! やった!」


「両方ともゲーム画面にするなよ! その為に買ったんじゃないんだからな!」


「分かってるって。それにしても一家揃ってみんなポータブルDVD使ってまでアニメ毎日観るなんて思いもしなかったな」


「それなんだけど、モンスターアニメは英紀用だ。父さん達はそれぞれ自分が観たいものを観るよ」


「あ、そうなんだ。何観るの?」


「父さんはこれだ」


そう言うと父さんは段ボールからDVDのボックスを取り出して見せる。


「ロボットアニメ? 父さん好きだったんだ」


「好きも何も父さんの世代の子供はみんな観ていたからな。必修科目みたいなもんだよ。実際父さんも子供の頃から何回も観て名言とか名シーンは大体覚えているから、教英先生が言っていた見聞きした時点で意味を理解しているという条件を整えるにはぴったりだ」


「ああ、なるほどね」


「分かったか? 父さんも今更アニメなんか観直すか? なんて思っていたけどなんだかんだ言って英語でハイギガビーム砲ってどう言うのか今から楽しみだよ」


「ははっ、それ覚えても絶対に使えない英語じゃん」


「まあいいだろ? それだけ覚えるんじゃないんだから。父さん今から英紀を殴りたくて仕方がないよ」


「なんでそうなんだよ!」


「いやな、このアニメで軍の上官に殴られた主人公が、『親からも殴られたことが無いのに!』って反発する名シーンがあるんだよ。それを再現するんだ」


「いや違えだろ! あんたが殴ったら親パンチ履歴一カウント残っちまうぞ!」


「おお、そうだな。じゃあ治佳にやってもらうか」


「俺には殴られる未来しかないの? それに殴られたことある気がするんだけど。いつだったかな」


「なあにお父さん?」


 そこで風呂から上がったらしい治姉がリビングに入ってきた。

 体の線が出ないポンチョ型のワンピースを羽織って長い髪はバスタオルで巻いてある。片手にドライヤーを持っているのでリビングで乾かすつもりなのだろう。


「いやな、英紀が治佳に殴って欲しいらしいんだ」


「いやそれ一言も言ってないから! それに殴られてもそのセリフ英語で俺知らないから! 父さんが覚えてから殴られろよ!」


「あ! そうか! 確かに殴られる側が覚えないといけないな! はっはっはっ、ごめんよ英紀! じゃあ治佳、今度殴ってくれよ」


「何よそれ、気持ち悪い。話が全然見えないんだけど。あ、でも明日の洋服の買い物と写真撮影を無しにしてくれれば殴ってあげてもいいわよ」


「それは困る! 生きる希望が無くなる!」


 お預けを食らっている餌を取り上げられた子犬のような表情になる父さん。


「分かってるわよ。で、二人は何を騒いでいるの……? ああ、そういう事ね」


 リビングのテーブルに広げられている俺用のポータブルDVDやアニメのDVDを見て治姉は状況を察したようだ。


「父さんさっきもロボットアニメの話をしていたけど私もお母さんも全然分からなかったのよ。あんたが付き合ってあげなさいな」


「でも俺観たことないからな。すげぇシリーズたくさんあるし、日本語で観るだけで何日かかるのか分かんねえよ。ところで、治姉もやるんだろ? 何観るの?」


「私? 私はこれよ!」


 そう言うと治姉はドライヤーをテーブルに置くと、Amasouの箱からやたら大きいDVDボックスを取り出して誇らしげに見せつける。


「何これ? エロ? 治姉、エロビデオで勉強すんの? オゥイェーイ、アイムゴーイング!」


「違うわよ! このエロガキ! ERO! エマージェンシールームオペレーションよ! アメリカの医療ドラマ!」


「止めなさい。二人とも。全くいつになったら姉弟喧嘩止めるのかしら」


 リビングのソファーでTVを観ていた母さんが見かねて注意してきた。


「そうだぞ、英紀、治佳、お前たちももうすぐ大人なんだから。あとな、英紀、英語ではゴーじゃないぞ。カムだ」


「え? イクじゃないの? 来るなの? しゅごいぃぃ! 何かしゅごいの来ちゃうぅ! ってあれ?」


「英紀……? 父さんはお前が何を言っているのか分からないが、とにかく英語であの瞬間はイクのゴーじゃなくて、来るのカムだ」


「へぇ、流石だな父さん」


 だてにイィヨォーンで勉強してないぜってことか。


「なんで注意したお父さんが下ネタで話題を広げているの! まったく最低ね、この父親あってこの息子ありだわ。なんか本当に明日の買い物が嫌になって来たわ。こんな視線で写真撮られたら妊娠しそう」


 そう言うと治姉は俺達がいるテーブルから離れて母さんがいるソファーに座り、ドライヤーで艶のあるセミロングヘアーを乾かし始めた。

 その傍ら母さんは俺と父さんをジト目で見つめて疑問を口にする。


「そうねぇ、私は英語が苦手なお父さんがなんでそんな英語を知っているのか疑問だわ」


「ああ、ごめんよ治佳、法子。まあとにかくだ、父さんは昔の思い出、治佳は将来の夢を基準に学習用のDVDを選んだって事だ」


「なるほどね。で? 母さんは? やらないの?」


「私? 私はそれよ。まだ段ボールに入っているわ。見ていいわよ」


「ん? これ俺と同じじゃん? もう一個同じの買ったの?」


「違うわよ。よく見てみなさい。私が買ったのはイタリア語版よ。お母さんはイタリア語を勉強するの。イタリアのイケメン少年をホームステイで受け入れるのよ!」


「なんだよ。自分は下ネタを注意しておきながらイケメンが目的かよ。それにしてもみんな自分でDVD選んでんのズルくね? 俺も何か選びたいよ」


 そう俺が言うとドライヤーをかけていた治姉がニヤニヤしながら割って入る。


「あんたはどうせエミリー・ワシントンが出てる魔法使い映画でしょ?」


「えっ? なんで?」


「分かるわよ。DVDレンタルするたびに同じの借りるんだもの。しかもエミリーが出るシーンで一時停止したりするんだから。バレバレよ」


「うっ、うっせーな。違ぇよ。確かにエミリーは好きだったけど、初期のロリボタに出たいた頃のエミリーって小学生くらいだろ? 流石に今好きだったらヤバいだろ」


「じゃあ何にすんの?」


「まあ、あればアイドルスマホゲーのアニメ版かな」


「好きねぇ。ああいうアイドルゲームやってるとモテないんじゃないの?」


「いいだろ別に。治姉だって未だにネズミー映画好きじゃねえかよ。あれ、男から見ると結構痛いぞ」


「はあ、やっぱりあんたは思考が童貞ね。チュウチュウランドデートって言えば付き合い始めた関東民カップルの定番でしょう? それなのにネズミーを舐めているあんたみたいのが女の子の夢を砕いて恋愛を幕張で幕引きにするのよ」


「それ、上手い事言ったつもりか? アイドルゲーだって同じで、こんな女の子に頼られたいって男の夢が詰まってるんだよ」


「それであのヤンデレのキャラが好きなの? 束縛されて刺されたいなんてあんたも大概歪んでるわね」


「その口で言うか? 普段切断とか解剖とか言って弟を脅しておいて! あの娘はプロデューサーへの愛があるからこそたまらないんだよ。って、あれ? なんでヤンデレ設定をそこまで知ってんの?」


「忘れたの? あんた去年学校でスマホを一週間没収された時に『治姉ぇぇ! お願いだぁ! スマホ貸してくれぇ! どうしてもイベント走りたいんだぁ!』って泣きついて来たじゃない。こっちは受験勉強中だったってのに」


「いや、そりゃ覚えてるよ。あの時貸してくれなかったらプラチナプロデューサーの称号取れなかったからさ。感謝もしてるよ。でもさ、リズムゲームパートのプレイだけだとそこまで深く知りようがないんだ。拘束とか刺突もストーリーの中で嫉妬心が極まって闇落ちした時だけだから、ストーリーを読まずに設定を知っているはずないんだよ」


「え! あ……!」


 ここで治姉の勢いが失速する。

 姉弟の会話を聞いている両親は全くスマホゲームをしないので、なんのこっちゃ分からないと言った様子で傍観している。


「なんだ、アニメゲームやってるとモテなそうとか言っておきながら治姉もやってんじゃん!」


「ええ……そうね……」


「なんで言ってくれなかったんだよ! フレンド申請したのに!」


「え? ああ、ごめんなさい」


 俺の反応が意外だったのか治姉はあっけに取られた表情をする。


「なんで謝んだよ。で? なんで治姉もやってんの? どのキャラのプロデューサーなの?」


「ちょ、ちょっと、別に誰でもいいじゃない。受験が終わって、緊張が解けて、時間もあって、それでゲームのデータが残っていたから、ふと『なんで英紀はこのゲームがあんなに好きなんだろう?』って思って見てみたのよ……」


 いつもに比べて明らかに話の歯切れが悪い。なんだろうこの既視感は……?

 そうだ、小学生の頃は俺をいじめ過ぎて母さんに叱られた時によくこんな感じで言い訳していた気がする。頭の片隅で既視感の正体に気付きつつも、今の俺には家族に趣味の理解者がいた喜びの方が大きかったので、その既視感はすぐに頭の片隅に追いやられる。

 その代わりに推しキャラは誰? SSR何人持ってる? 好きなゲーム内楽曲どれ? 好奇心から次々と質問が沸き起こる。


「それで? 見てみてどうして自分もやってみようと思ったの?」


「ええ? 言うの? 大学生にもなってこんなゲームやってるなんて恥ずかしい……」


「恥ずかしいもんか! 三十路のおっさんだってやってるゲームだぞ! 俺はむしろ治姉みたいな美人のハイスぺ女子がやってることを誇りに思うぞ! いいんだよ! 自分に自信を持って前を向いて生きていけば!」


「ちょっと興奮しないでよ! なんかウザい感じになって来てるから、その励ますの止めて! 話すから!」


 俺を制止した時、治姉の顔には今さっき風呂から上がったばかりだというのにまた汗が滲んでいた。そして一呼吸置いて話し出す。


「ああ、もう。それで、最初はちょっと見てみるだけのつもりだったんだけど……その……キャラの衣装が想像以上にお洒落で……気になっちゃって……。ああ! 違うな! やり直し! ほら! だって、だいたいああいうゲームの衣装ってアイドルのステージ衣装みたいな非日常的なデザインじゃない? でもたまたまその時にガシャをやっていたキャラの衣装に想像以上に現実味があってお洒落で気に入っちゃったのよ! それで無料って書いてあったからガシャを引いてみたらその衣装の女の子が当たっちゃったの! そしたらもうなんか嬉しくなっちゃって気付いたら自分もやってたわ」


「なぁ――――! 治姉! お前だったんか! オタ友と一緒に回そうとして放課後まで取っておいた無料ガシャがあったのに引き終わっていた事があったんだよ! まあSSRが増えてたから結果オーライだったけどさ。でもさ、同IDに別端末で同時ログインするのは規約違反だよ。アカウントBANされたら恨むぞ」


「そんなことしないわよ! 私も英紀のアカウントだって気付いたからインストールし直したわ。それからアンインストールとガシャを繰り返して同じ娘を手に入れたのよ。勝手にガシャを回したのはごめんなさい」


「リセマラまでやったの? もう完全に出来上がったガチ勢じゃん」


「うっさい! もうこの話は終わり!」


「オッケー! 俺やっぱり勉強のDVDはアイドルアニメに決めるわ。治姉も観られるしな」


「終わりって言ってるでしょ! もう寝る!」


 そう言うと顔を赤くした治姉はリビングを出て行った。


「父さん、良かったな」


「ん? なんでだ?」


 自分に振られると思っていなかったのか、それまで姉弟の会話を傍観していた父さんはぽかんとした表情で俺の方を向く。


「明日治姉が欲しがるスタイルの服分かるぞ」


「何! 英紀! 本当か?」


 俺はスマホを取り出して件のアイドルゲームを起動し、衣装ビュアー画面を開く。

 そして治姉が俺の代わりに無料ガシャで引き当てた特殊衣装のキャラを表示して父さんに見せると、興味津々な様子で俺のスマホに目を向ける。


 スマホ画面に表示したキャラの衣装はノースリーブの白いレースカットソーにハイウエストの青いプリーツスカートを合わせたスタイルだ。肩が覗く袖口と胸元には緩やかにフリルがあしらわれ、膝丈ほどのインパーテッドプリーツスカートは可愛らしい造形でありながら寒色で落ち着きも感じさせるデザインとなっている。そのキャラが設定上女子大生であることもあってか、中高生のキャラほどブリブリした格好をしていない。だからこそアイドルゲームなど無縁だった治姉の琴線に触れたのだろう。


「ほぉぉぉ! 今のゲームはよく出来ているな! それにこれは良い! 絶対に治佳に似合いそうだ! でかしたぞ英紀!」


 歓喜して俺を褒めたたえる父さんとゲームの画面を見て盛り上がっている傍ら、鳴り響いた家電に母さんが応対した。電話の主は教英先生で、先程の真鶴家での一悶着を聞いた両親からお呼びがかかってお説教の始まりとなった。


 帰宅したら自分から和歌と喧嘩したって父さんに言っておけば良かったな。




※5 著作権法に抵触しない最善策としてポータブルDVDプレイヤーを例として作中では挙げております。ポータブルDVDプレイヤーである必然性はありません。手元で動画視聴ができれば手段は何でも大丈夫です。最近はNetflixでも言語切り替えができるアニメ作品があるそうです。

 そもそも映画がお好きな方でいらっしゃればアニメよりも映画の方が断然良いです。映画ならばネイティブの役者さんの生の演技でリスニングができるからです。


 またポータブルDVDを購入される場合は必ずリージョンフリーの製品をご購入下さい。リージョンフリーでないと海外版が視聴できません。


 リージョンフリーポータブルDVD以外にも海外ディスクが視聴できる機器を一部紹介します。

Blu-ray 日本と北米が同リージョンのためPS3とPS4で視聴可

DVD  日本とヨーロッパが同リージョンのためXBOX360で視聴可

 ただやはりメインディスプレイを占拠してしまう機器よりも手元で視聴できる環境を揃えた方が良いでしょう。仕事や遊びでディスプレイを使うと、ながら作業で外国語が聞けなくなるからです。


Ver1.1 パロディ削除

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る