17
「うわっ」
想像以上の冷たさに反射的に足を引き抜きそうになる。何だこれ、まるで氷の中に足を突っ込んでいるみたいだ。
それに、見た目の印象よりもずっと深い。
早く近付きたいけれど、あまりの冷たさと水が腰の高さまであるのでゆっくりしか進めない。気を抜くと水に足を取られそうだ。
それでもなんとか柱のところまで来ると、引っ掛かっていたものがよく見えた。
ボロい布切れかと思ったそれは、手に取って広げてみると子ども用の着物らしかった。
生地は色褪せ、裾も擦り切れている。
初めは古くなって川に捨てられたものが偶然引っ掛かっているのかと思ったけれど、着物は縄で何重にも巻かれ、しっかりと柱に縛り付けられている。
それに、着物の色と柄にはどこか見覚えがあった。
「……あ」
思い出した。夢の中の川で溺れた時、俺を助けてくれた女の子が着ていたものだ。
それが何故川の中の柱に巻き付けられていたのかなんて、考えるまでもなくわかってしまった。
ここは現実の世界ではないし、過去に起こった事も変えられない。
でもせめて着物だけでもこの冷たい水の中から出してあげたくて、きつく縛っている縄に手を伸ばした。次の瞬間。
指先が触れるか触れないかというタイミングで、向こうから黒い鞭のようなものがいくつも勢いよく伸びてきた。咄嗟に仰け反り躱すも、一本が足首に絡み付く。
鞭に思えたそれはよく見ると人の髪の毛で、誰のものかわからないうえにしっとりと濡れて重くなった感触がなんとも言えず気持ち悪い。
足を振ってみるも全く緩む気配がなく、逆に締め付けが強くなっていく。
しかもそれを辿るように別の髪の束が一本、また一本と伸びてくる。
身構えたと同時、目の前でそれらが一斉に炎に包まれた。
「え……っと、助かった?」
「流石の引きの強さです」
声のした方向に顔を向けると、川岸に白枇さんが立っていた。
さっきまで俺の事なんか見向きもしていなかったのに、妖魔はなんの気紛れか、いきなり俺に狙いを定めてきた。混乱する間にも、新たな触手、もとい髪の束をいくつも生み出し伸ばしてくる。
けれどそれら全て、こちらに届く前に白枇さんが容易くいなしていく。
「赤幡さんはどうやら一発で当たりを引いたようですね。素晴らしい」
「当たりって……?」
「依代ですよ。探してほしいと先程お伝えしたでしょう。ご覧の通り、今は黒緒も私も少々手が離せませんので、見付けたついでに壊していただけますか?」
そう言って俺に向かって何かを放り投げてきた。
反射的にキャッチしたそれは折りたたみナイフのようだった。
これで着物を引き裂けばいいんだよな。
頭ではわかっていても、ものがものだけにあまり気が進まない。
でも少し目を離した間にも妖魔の攻撃の激しさが増している。きっと、依代を壊されまいと必死になっているんだろう。
「赤幡さん、何を躊躇っているのか想像が付くので念の為言っておきますが、切るのは着物ではなく縄の方ですよ」
躊躇ったのは僅かな時間だというのに、勘のいい白枇さんには俺の迷いだってお見通しのようだった。
あまりの的確さに思わず笑ってしまいそうになる。
でもそういう事なら何の躊躇もない。
それなら遠慮なく!と一番外側の縄に刃先を当てると、見た目通りの切れ味で気持ちいいくらいにスパッと切れた。
すると途端に耳を
間違いない。効いている!
一本ずつ着実に切っていき、もう少しで全て切り終わるという時。
ゴゴゴゴゴゴ……と地響きのような音がして、川の上流から濁流がものすごい勢いで押し寄せてきた。
大量の水が流れてきたせいで、急激に水位が上がる。
ふわっと体が浮く感覚がして、一瞬で二メートルほど後ろに流されていた。
その場に留まろうとするも、思った以上に踏ん張れないだけじゃなく、顔にも水が掛かって前がよく見えない。やばい。これは死ぬかも……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます