13

……そう思っていたのに。

結論から言うと、スイートルームはほとんど満喫出来なかった。


あの後、依頼人であるオーナーさんに白枇さんがメールで報告を送ったところ、すぐに向こうから電話が掛かってきた。

俺も少し話をさせてもらったけれど、夜遅い時間だというのにパワフルな人で、スピーカー越しの声だけでもなんだか圧倒されてしまった。


電話が終わると白枇さんはどこからか取り出した日本酒で晩酌の準備を、黒緒さんはバスルームへと消えたので、俺は改めて部屋を一通り見て回る事にした。

滅多にない機会にはしゃいでしまった感は否めない。無駄にいろんな場所の引き出しを開けたり、ベランダに出てみたりもした。

寝室も好きなところを選んでいいと白枇さんが言っていたから、複数あるものを全部見て、最後に見た部屋のベッドに思い切りダイブ。


……それ以降の記憶がない。

綺麗に切り取られたように消えている。

考えるまでもなく、朝からの緊張の連続で自覚していた以上に疲れていたのだろう。途中で一切起きる事なく朝まで爆睡してしまった。


繰り返し呼ばれる名前に目を開けると、目の前には白枇さんと黒緒さんが揃っていて、昨日着ていた服のまま寝てしまった俺とは対照的に、二人は既に身支度まで整っている状態だった。


「あれ、もう朝!?ご飯はっ」

「とっくに頂きましたよ。さすがは美味しいと評判なだけあって、見た目も味もとても満足の行くものでした」

「どうして起こしてくれなかったんですか!」

「もちろん起こしましたよ、何度も」

「何回呼んでも揺すっても、全然起きなかったんだよ」

「朝食は、赤幡さんの分も私たちで頂きましたのでご心配なく」

「えぇっ、そんなぁ……」

「落ち込んでる暇はないぞ」

「え?」

「あと三十分でチェックアウトの時間だ」


黒緒さんの言葉で時計を見ると、時刻は九時半を少し過ぎたところ。


「あれ、でもスイートルームは特にそういう時間は決まってないはずじゃ」

「どうやら本日こちらのお部屋の予約が入っているそうで。私たちは特例で泊まっているので、チェックアウトは通常通りとなります」

「それを最初に言ってください!」


慌てて飛び起き、急いでシャワーを浴びる。

広ーい浴槽でジャグジーも使ってゆっくり温まろうと思っていたのに、そんな余裕は一切ない。

身支度を整え、荷物を纏め終わる頃には時間ギリギリで、余韻に浸る間もなくホテルを後にした。




そして現在。

俺は全国チェーンのファストフード店で、遅めの朝食にありついていた。


せっかくあんなすごいところに泊まれたというのに、ほとんどその恩恵にあずかる事なく、評判の朝食は食べ損ね、その代わりが普段から利用しているファストフードのハンバーガーなんて……。

いや、ハンバーガー美味しいけれども。


「そういえば、朝早くに件のオーナーから連絡がありました」


対面で珈琲に砂糖を入れながら白枇さんが言う。

その隣では、しっかりと朝食を食べたはずの黒緒さんが俺と同じくハンバーガーを食べていた。


「あのお屋敷ですが、耐震などの補強工事をして、出来る限りそのまま形を残す方向で進める事にしたそうですよ」

「そうなんですか」

「古いとはいえ、あれだけ立派なお屋敷ですから。もしかしたら赤幡さんの話もきっかけになったのかもしれませんね」


昨夜電話でオーナーさんと話した時、ぎこちないながらも屋敷で起こった事と、人形のマリアちゃんとおばあさんの事などを伝えた。

あの屋敷をただ壊すのではなく、どんな形でもいいから、例え一部分だけでもいいから何か残せないかなんて素人の無茶なお願いをちゃんと聞いてくれたんだと思うとなんだか嬉しい。


「どんな風に生まれ変わるんでしょうね」

「あぁ、それはもう決まっているそうで、ホーンテッドハウスにすると仰っていましたよ」

「それって……、お化け屋敷って事ですか?」

「はい。赤幡さんの体験談を聞いて閃いたんだとか」

「俺の話がきっかけになったのかもって、そっちの事だったんですか!?」

「まぁまぁ落ち着いてください。完成したらまた招待券を送ってくださるそうですから。本物と作り物を比べてみるのもまた一興かもしれませんね」

「……俺は遠慮しようかなー、なんて」


つい昨夜体験したばかりの恐怖が脳裡に蘇る。

例え作り物だとしても、怖い思いをするために、わざわざまたあの場所には行きたくない。


「お化け屋敷はともかく!今度は仕事とか関係なく遊びに来ましょう」

「ではその時はまた運転をお願いしますね」

「だったらまたナビをお願いしますよ」

「その前にまずは帰りの運転頼むぞ」

「そうでした……!行きよりはスムーズに運転出来ると思いますよ、たぶん」

「あぁそうだ。赤幡さん、帰りは道を変えて、寄りたいお店があるんです」

「どこですか?」

「なんでも小麦から拘って自分たちの手で育てているケーキ屋があるそうで、以前から興味があったんです」

「白枇さんって意外と甘いもの好きですよね」

「赤幡さんが先日作ってくださった茶碗蒸しも美味しかったですよ」

「言ってくれたらまた作ります」


初の旅行のつもりでいたのが普通に仕事の一環だった遊園地でのあれこれも、この先振り返った時にはきっといい思い出になっているんだろう。

本当に、この二人といると何が起こるかわからない。わからないから面白い。

そう思えるのは、俺もちょっとずつこの退治屋に馴染んできたって事なんだろう。

でもまた暫くは、掃除とご飯係でいいかな。















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