週刊言責は追求せり!

壱ノ瀬和実

プロローグ

 ――灰色の青春に鮮やかなる色を落とし給え!

 私の高校生生活に於ける魂は本日も快調を極め、静寂の中、胸の鼓動となってけたたましく響いていた。

 この高揚感たるや何にも代えがたい。スリルに満ちたこの瞬間をこそ求め、私はここでデジタルカメラを構えているのだと再認識したところだ。

 ところは地方都市の端の端。退屈を極めたように静かな夜の住宅街。

 そんなところで何をやっているのだこの不審者め! という皆の感想はご尤もであろう。であれば、私はこの怪しげな行動の説明をする必要がありそうだと察し、まずは肩書きで以て己が標榜するものを白状しようと思う。

 ――市立大岐斐おおきび高校、週刊言責編集部編集長。

 私こと久瀬涼人くぜすずひとは一介の高校生であるが、何より退屈を、何より灰色の青春を唾棄すべきと叫ぶ少年であった。様々あり、高校入学からほどなくして週刊言責編集部を立ち上げた私は、創部の責任を負う形で編集長という肩書きを得たのである。

 週刊言責とは、言わば校内週刊誌だ。色恋に始まり学校運営の闇に至るまで、幅広く秘匿を暴くものであり、週刊言責編集部は無論それらを制作、刊行すべく活動する非公式な部活動であった。

 私は灰色の青春を憎む。灰色のなんと無駄なことか! 我々の日々は有限なのだ! 故に私は退屈を嫌悪する! 灰色の日々なんぞは破り捨てよ! 週刊言責は終始そう訴えているのだ。

 いずれ訪れる青春の終焉に向けて華々しく生きねばならない思春期真っ只中に、やれ学校はなんて退屈なんだと鼻をほじる彼らに、また、華々しく生きる彼らを横目に机に突っ伏す彼女らに、私は一滴の色彩を落としたいと願ったのである。

 一滴の色彩とは何ぞや。私はそれを、秘匿の開示に見た。すなわち、秘匿の底へ沈殿し、なかったことにされる「面白いこと」こそ、灰色の青春にはほどよく刺激なのではないかと考えたのが、ぴっかぴかの新入生であった不肖久瀬涼人だったのである。

 秘匿のなんと魅力的なことか。秘密は何時いかなる時でも神秘的であり、また我々はそこを覗くことに心躍らせる「薄汚さ」に支配された生き物であることをどこかで自覚していることだろう。隠されているものにこそ、我々が求める色彩の一滴が眠っているのは古今東西、芸能スキャンダルも政治と金を見ても明らかであることは言うまでもない。

 であれば、灰色の日々を色彩豊かにすべく我々はそれを暴き、週刊言責に掲載しようではないか。そして、皆の青春に色を差すのだ!

 私はその想いを胸に秘めるどころか、悪声をこれでもかと響かせるように叫び、今日も変わらずスクープを求めてデジカメを構えていた。

 本日のターゲットは当校の三年生、東杉原ひがしすぎはら祐也。校内でも指折りのイケメン生徒である。

 まさしく薔薇色! 羨ましいことこの上ない。であるならば、私が彼に期待しているものは一つである。

 彼の自宅前に張り込む我々はその時を待った。

 東杉原の色恋沙汰は嘸かし美しい色を携えていることだろう。私の胸の鼓動はひたすらに加速するような感覚で、この高揚感は私にしてみれば既に恐ろしいまでの色彩を有していた。

 そして、東杉原宅の玄関が開かれた。

 時は来たれり! ここぞとばかりに飛び出した我々はシャッターを切り、夜の静かな住宅街に幾度もフラッシュを瞬かせ、女生徒の悲鳴を短く響かせたのであった。

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