第11話 鉄と銃弾

アイアンレスト―入口から三十分ほど歩いた場所


ミゼル:「はあ、はあ、はあ、結構走ってるけど全然エルダント帝国の兵士に会わないわね。もうだいぶアインレストの奥深くまで来たはずなんだけど」


アッシュ:「そう、ですね」


ミゼル:(てっきり、大部隊を連れて森の中をしらみつぶしに探し回ってるって思ってたんだけど)


ミゼル:「運がよかったってことでいいのかしら」


アッシュ:「…………おかしい」


ミゼル:「やっぱり、でもどういうことなのかしら」


アッシュ:「なんでアイアンドッグが一匹もいないんだ」


ミゼル:「えっ」


ミゼル:(そっち)


ミゼル:「それはたぶんあのトルント族が部下の兵士たちに森の中を探させてるからじゃない。警戒して森の奥に隠れてるのよ」


アッシュ:「そうかもしれませんが、アイアンドッグは基本ほかの生き物を恐れません。この森で一番大きいダーティアにも恐れず立ち向かっていきますから」


ミゼル:「だ、ダーティア、それって」


獣の声:「ガウゥ」


アッシュ:「あ、アイアンドッグ」


ミゼル:「アッシュ君、危ない逃げて」


アイアンドッグ:「ガ……ゥ」


ドサッ


ミゼル:「えっ、どうして」


アッシュ:「このアイアンドッグ背中に大きな傷を負ってます」


ミゼル:「背中に傷って、うそでしょ。だってアイアンドッグに皮膚って銃の弾を弾き飛ばすくらい硬いのよ。そんなアイアンドッグに深い傷を負わせられる生き物なんて」


アッシュ:「この森にはいるんです」


ミゼル:「それって、もしかして」


謎の声:「シュシュシュシュ」


ミゼル:「な、なにこの変な音」


アッシュ:「気を付けてください、あいつは獲物の背中を攻撃するのが特徴なんです」


ミゼル:「え、え」


ミゼル:(甲高い鳴き声みたいなのは聞こえるけど、他には何も)


アッシュ:「危ない」


ミゼル:「うえ」


耳長の二足歩行獣:「シャー」


アッシュ:「おおおおおおりゃ」


バスッ


耳長の二足歩行獣:「シャー」


ミゼル:(パット見毛並みがふさふさしてかわいく見えないこともないけど、あの凶悪そうな爪に黒光りしてる牙)


ゴクリ


ミゼル:「アッシュ君があの不思議な力で守ってくれなかったら危なかった。これが」


アッシュ:「ミゼルさん、下がっていてください」


耳長の二足歩行獣:「シャャアア」


アッシュ:「ダーティア、これがアイアンドッグと並んでこのアインレストの食物連鎖の頂点に座る肉食獣です」


ダーティア:「シャァァ」


ミゼル:(はやい)


アッシュ:「ぐ、うううう、おりゃあ」


ガタッ


ダーティア:「シャア」


アッシュ:「ぐ、おりゃああああああああ」


ミゼル:「………………」


ミゼル:(最初は不意打ちでびっくりしちゃったけど、こいつ)


ダーティア:「シャアアア」


アッシュ:「ふん」


ガシャン


ミゼル:(大したことない)


ダーティア:「シャー」


アッシュ:「はあ」


ミゼル:(スピードは確かにかなり速いし、体格も私の二倍くらいはある、けど)


ドシャン


ミゼル:(アイアンドッグと違って守りが弱すぎる)


ダーティア:「シャー」


ミゼル:(どんなに早く動けてもアッシュ君の力の前じゃ脅威にならない。爪に襲われる前に吹き飛ばしてたたきつけられる。それの繰り返し)


アッシュ:「ふう」


ミゼル:(連続で力を使ってるからアッシュ君もだいぶ疲れてきてるけど、明らかにダーティアのほうがダメージが大きい。このままなら、いける。押し切れる)


ダーティア:「シャア、シャ」


ミゼル:「え、消えた」


ミゼル:(ど、どこに)


アッシュ:「違います、上です」


ミゼル:「うえ」


ダーティア:「シャシャシャシャシャシャシャ」


ミゼル:「うそでしょ、木の上をあんなに早く」


アッシュ:「ダーティアは元々木の上で生活する生き物なんです。地面に降りてくるのはほとんど水を飲むときか、狩った獲物を木の上に運ぶときぐらいです」


ミゼル:「ってことは木の上があいつの本当のテリトリーってことね」


ダーティア:「シャシャシャシャシャ」


ミゼル:(速い。木のしなりを使ってどんどん加速してる。普通の木と違って鉄みたいに硬いアルケミスツリーは並大抵の力じゃ、びくともしないのに。アルケミスツリーが鉄の代わりになっていた時も加工するときは大掛かりな機械を使っていた。そんなアルケミスツリーをしならせるなんて、あの巨体であのスピードを出せるあの脚力があっての芸当ってことね……でも)


ダーティア:「シャ」


ミゼル:(どんなにスピードを上げても、アッシュ君の力があれば何の意味もない。木のしなりを利用してるってことは、あいつは真っすぐ私たちに突っ込んでくるしかない、だから最後に木が大きくしなった場所がわかれば)


ミゼル:「アッシュ君、右」


アッシュ:「わかりました」


ミゼル:(ダーティアの体はすでにぼろぼろ。ここでもう一回アッシュ君がダーティアをアルケミスツリーにたたきつければ)


アッシュ:「グハッ」


ミゼル:「アッシュ君」


ミゼル:(腕、じゃない、耳。背中に折りたたんで隠してた一メートルぐらいの耳をアッシュ君の不思議な力に捕まる前に伸ばしてアッシュ君のお腹を殴った)


アッシュ:「ぐっ」


ミゼル:「大丈夫……っ」


ミゼル:(骨が折れてる)


ダーティア:「シャシャシャシャ」


ミゼル:(耳が爪や牙みたいに鋼鉄じゃなかったのは幸いだけど、これじゃ)


ダーティア:「シャシャシャシャ」


アッシュ:「に、逃げて、ください」


ミゼル:「……そうね、そういう約束だったもんね……わかったわ」


ダーティア:「シャ――」


バン


ミゼル:「いつまで偉そうに見下ろしながら笑ってるのよ」


アッシュ:「み、ミゼルさん」


ミゼル:「心配しなくてもちゃんと覚えているわよ。どちらかがやばくなったら、迷わず逃げる。それが私とアッシュ君の約束」


アッシュ:「だ、だったら」


ミゼル:「だから私はアッシュ君をおいてこの場から立ち去るわ……ただし」


バン


ダーティア:「シャッ」


ミゼル:「あいつも一緒にね」


ダーティア:「シャアァ」


アッシュ:「ミゼルさんっ」


ミゼル:(私たちはこんなところで死ぬわけにはいかないの。どんなことがあっても。だから)


ダーティア:「シャシャシャ」


ミゼル:「悪いけど、私に倒されてもらうわよ」


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