■KAC お題 第六感

 廃校になった学校を再利用して、人材育成の施設にしようという取り組みがある。指導をする側が問題を起こして捕まる、それを未然に防げたら。試行錯誤が繰り返され、今では、教師を志す人の半分がここで授業をして資格取得に励んでいるという。



 誰もが見たことのある教室に、教師が一人と、生徒が一人。それ以外は至って普通の授業が行われていた。


「クラスに生徒は30人程、そう見えるように特注で造ってあります。廊下から見る分には、人数が極端に少ないだけで、どこにでもある普通の授業ですね」


 後ろで纏められた髪。清潔感のあるカッターシャツ。眼鏡のズレが気になったのか、クイッと直す。上品さ、というより近寄りがたい、その空気が醸し出されている。


 一年生の教室から順々に見ていき、異変を覚えたのは、三年生の教室に着いたときだった。

 空気が震え、廊下にまで溢れた怒号。感情のコントロールが機能していない、興奮して手は震え、口走る教師。知らん振り、興味無しといった表情で、生徒はノートにシャーペンを走らせていた。


「これは一体──?」

「この問題が解る人、と生徒を指名したけど、わかりませんと返ってきた。それに対し、教師は罵倒しているんだと思います」

「その生徒は、仮想ですよね?」

「はい、そうですよ」


 前方から制服を来た男の子が歩いてくる。ここの階までを案内してくれている木広さんへ、何やら報告しているようだ。

 木広さんはスーツの内側、胸ポケットから内線を取り出す。「もしもし、木広です。三年F組の生徒が泣いてしまったそうなんです。休憩に入るようフォローをお願いします」


 木広さんは男の子に「ありがとう」と言った。すれ違いざま、男の子は軽く会釈をした。僕も同じように返す。姿が遠くなったのを見計らい、木広さんに訊ねた。


「あの男子生徒は?」

「観察力、洞察力。感覚の優れている、第六感を持つ生徒なんです。教師を志す大人が、問題を起こしてしまわないよう、わずかなことも見逃さないように。優秀な人材です」


 半分は罪を犯した者の更正。もう半分は資格取得。試験官が子どもとは。裏表、好きか嫌いか、単純明快なのがいいのかもしれないな。

 昼休み。急用があるからと、簡単に学食を案内してもらってからは、一人となった。あの生徒に聞きたいことがあったし、好都合ではある。

 教室に生徒は数人ずつ。学食も混むことは無い。生徒同士は友達という関係はあるんだろうか。歳相応に趣味は。聞きたいことは山程に出てくる。けれど、ここはシンプルに。

 学校の中庭。春間近の柔らかい風が吹き抜ける。一本の大きい樹の幹に、第六感を持つ少年は腰を下ろしていた。


「隣、いいですか?」


 僕は学食で購入した物を胸の前に掲げ、笑顔で訊ねる。


「どうぞ」


 こういった施設に居れば、どういった来客が来るか、検討がつくのかもしれない。不思議がる様子が見当たらない。


「お昼はいつもここ?」

「そうですね、風が気持ちいいので」

「友達と食べたりとかは?」


 サンドイッチを食べようとして、彼の手は止まる。「お兄さんの中で、答えがあるのに聞いてませんか?」

「いや? 居ると思って聞いてるよ。君はまだ学生だし、多感な時期だからね」早口になってはいけない。でもサラッと応えないと、変に映る。第六感を持つ生徒、おそらく彼にも僕と同じ選択肢があって、既に潰してあるはずだ。


「大人たちから誉められて来ましたけど、仕事なので。同年代とはしゃいでいいのか、迷います」


 シンプルで、一番聞きたいこと。


「ここは楽しい?」


 何か言おうとして口が動きかける。だが、その歳にしては不釣り合いな、大人な対応が本音を心の奥へとしまう。


「役に立ててる。達成感。やりがい、なんですかね。自分ていう存在を感じられて嬉しいですよ」


 そう言って表情を弛めたが、何処となく滑稽さが出ていた。



  ───…つづく


(完成する頃には時間切れだったので、開き直ってお題で遊んでます)

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