▼手に残る、銃の薫り。(…~の大冒険的な

 母親たちが会話を広げる横で、ふたりの少女は、本を広げます。どうやら、ふたつのぬいぐるみに読み聞かせをしているようです。


「その本、よくわかんない」

「おねぇちゃんから借りた本、おもしろいよ」


 その会話に、母親がひとり、話し掛けます。


「漫画だねー。お姉ちゃんが貸してくれたんだ?」

「うん! お話に出てくる、サヤマとミサトがお姉ちゃんの好きな人なんだけど。茉夏も好きって言ったらね、ぬいぐるみにしてくれたー」

「そうなんだー、良かったねぇ」

「ママー、真冬もぬいぐるみ欲しい」


 真冬の小さな手のなかでは、手作りのぬいぐるみ、ミサトが笑っています。


「真冬はたくさんあるじゃない。ママ、お裁縫したら指ケガしちゃうし……あら? もうこんな時間! 真冬、お夕食どうしよっか」

「あらほんと、もうお開きね」


 サヤマとミサトの手は、ボタンで繋ぐことができます。ですが小さな手で、たどたどしい動き。ボタンは半分ほどしか掛かりませんでした。


「このぬいぐるみ、また持ってきてね」

「うん、約束ね」


 少女はサヤマの手を握ります。車までの移動中、みぎに、ひだりに、ミサトは揺れる。あと少しというところで、ボタンは外れ、ミサトは廊下に落ちてしまいました。


「茉夏ちゃん、またねー!」


 車が見えなくなるまで、真冬は手をせいいっぱい伸ばして、降り続けました。


「あれ? ママ、どうしよう」


 家に入り、廊下に落ちていたぬいぐるみに、真冬は気付きました。


「向こうが必要だったら連絡入るわよ。汚したらダメだよ?」

「はーい」


 真冬はぬいぐるみを抱えて部屋に入ります。いろんな大きさ、色で溢れた人形やぬいぐるみの山に、ミサトは置かれました。


「いい子にしててね」


 そうして部屋の電気は消されました。



 ぽっかり空いた片手に、ミサトは溜め息が出ます。


『今頃、サヤマさんは何を思ってるだろう』

『新人でありますか?』


 ミサトの肩に、ぽむっ、と手が置かれました。迷彩柄の服を身に纏った球体人形が隣にいました。


『君も戦う者かな?』


 相手はミサトの右手を尋ねました。ミサトの右手には銃があります。


『話のなかで、僕はそういう存在でしたよ』

『自分もです。サヤマと言っていたが、仲間ですか? 囚われたとか』

『サヤマさんの場所は分かります。貴方たちを大切にしてくださってる方のご友人ですので……サヤマさんと僕はボタンで繋ぐことが出来たんですが、外れてしまったみたいで』


『僕はミサトと言います』と会釈しました。球体人形の兵士は立ち上がります。


『では、サヤマ殿のところへ1日も速く戻れるよう、この部屋から脱出しましょう』

『外へ……出るつもりなんですか? また会う約束はしているはずですし、それまでの我慢なのでは』

『不思議と思わせるだけでいいんですよ。帰りたいと、訴えかけるのです』


 それを聞いたミサトの表情はほころびます。


『助かります。そうなってくると、第一関門は、この棚からどうやって下りるか……ですけど』


 足元を覗けば、着地地点は深い影。壊れない身体とはいえ、恐怖が押し寄せます。


『それなら問題ありません。あそこに緑の尻尾、見えますか?』

『大きいですね』


 兵士に案内され、緑の真上です。大きなワニのぬいぐるみが、そこには居ました。


『ここから飛び下りるわけですが、ワニの上なら痛い思いをせずに済みますよ!』

『え、怒ったりしませんかね?』

『ここに居る者は皆、優しいですから』


 その言葉を信じ、息を合わせ、ふたりは飛び下りました。ぼふんっ、勢いあまり跳ね返るミサト。兵士はミサトの左手に付いているボタンホールに自らの手を引っかけました。


『た、たすかった~』とミサトは安堵の息──…と思いきや、ずりずりと滑り落ちていきました。痛くはありませんでしたが、心は慌てました。


『もうっ、びっくりした。兵士ちゃんか。ん? そっちは?』


 ワニが振り返ります。


『驚かせてすみません。真冬殿のご友人と離れてしまった者ですよ、気付いて貰おうと扉へ行くところなんです』

『ミサトと言います。すみません、痛かったですよね?』


 ワニはニッコリとしました。


『理由があるならだいじょうぶよ。扉まで乗っけようか? 初めての場所で疲れない?』


 兵士はミサトのほうを見て、頷きます。


『では、お言葉に甘えますね』


 のっし、のっし。安心する足取りで、目的の大きい扉へと向かいます。


『ここに居る人たちは、お互いに長いんですか?』


 ミサトはワニと兵士に質問しました。


『兵士ちゃんは、一番最初だもんね。真冬が来るよりも前なんだよ』


 ワニは答えます。


『自分は真冬殿の物となる前に、母殿の物でしたからね。よくこの部屋から脱出することも考えました』

『え! そうなんですか……』


 ミサトは息を飲みました。


『母殿は度々、この部屋を訪れます。そして、自分が部屋の真ん中にあるのを見ると、真冬殿を呼び出しては怖い顔をしました。部屋の物が定位置にないと、母殿は気に入らないようでした。自分が動いたのに……そのような理由、誰にも伝わりませんし、証拠もありませんからね』

『脱出するの、やめたんですか?』

『誰かに乱暴されることもありませんからね。定位置さえ守っておけば、この場所は安全で平和ですよ』


 兵士の話を聞いていたら、扉はもう目の前です。全体を見ようと思ったら、ひっくり返ってしまいそうなほど大きな扉。


『ワニさん、ありがとうございました』

『真冬の友達と繋がりがあるなら、また会えるよね?』

『近いうちにでも来るかもしれませんね』


 ワニは薄暗い部屋の奥へと帰っていきました。


『最大の難関ですよね? この扉、開けるんですか?』

『近くに木の馬がいるはずなんですけど』


 子ども用の椅子、影から何か出てくるようです。ミサトは身構えました。


『おいおい、ここで物騒なことは止してくれ。あんた、部屋から出たいんだろ?』

『出来るんですか?』


 木で作られた馬は答えました。


『助走をつけて、扉を蹴る! これだけだ』

『はい?』

『こんなでっかい扉、開けるんじゃなくて、開けてもらうんだよ! 真冬の母親は何回か部屋の前を通るんだ。タイミングが合えば、気付いてもらえる』

『なるほど──』

『物はぶつかれば、音が出ますから。より出やすい、木の馬がこの状況では適任ですよ』


 ミサトは木の馬に頭を下げました。


『では、お願いいたします』


 何度も助走をつけては、後ろ足で扉を蹴ります。息も絶え絶えになる頃、兵士はボソッと言いました。


『人間は朝、昼、夜と食事を口にします。今が夜の食事だとしたら……』

『その情報、もう少し早く出すべきでは』


 突然、電子音が響き渡ります。


『こ、この音は?』

『落ち着いて下さい、ミサト殿。外部からの通信で電話という物です』


 廊下にスリッパの慌ただしい音が流れます。「茉夏ちゃんがぬいぐるみ無くて困ってるって、真冬、どこに置いた?」

「お部屋の棚~」


 ミサト達はこてん、とその場で動きを止めました。大きな扉が開きます。


「真冬、部屋散らかってるわよ。茉夏ちゃんのぬいぐるみは?」

「おめめがボタンで、可愛いやつ、これ!」

「近くまで来てるらしいから、届けてくるわね。少しの間、お留守番」

「はーい」


 ミサトと兵士は、目と目で合図しました。また会えるのを夢見て。



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