第19話 罪人・ロード〈前〉


 ギルドからの聞き取りなどを終えた俺たちはその後休養すべくすぐに帰路につき、翌日に改めてギルドに呼び出されていた。


 というのも、俺の身に起きた異変について話し合うべきだということになったからだ。


 俺自身あの時のことはうろ覚えであり、アリスが何かを知っているらしいので詳しく聞きたいと思っていたのだが、思った以上に疲労がたまっていたらしく、宿に戻ってすぐに眠ってしまったため聞きそびれていたんだよな。


 かくして再び応接室へと集まったのは良いんだが――。


「どうして俺は、まるで裁判を受ける罪人のように扱われているんだ?」


 そう。

 

 俺一人だけ床に正座させられ、それを見下ろす形で三人がソファに腰かけている。


 ここまでならまだ、百歩譲って俺に異変が起きたときに何かやらかしたせいだろうと頷けるのだ。


 だが、三人から俺に向けられる非難の視線。


 俺の両手両足を縛る縄。


 なにより、首からかけられた『私はとんでもないことをしでかしました。』という看板が非常に気になる。


 結局あの時リュミナスに何をしたのか、まったく記憶にないので嫌な予感しかしないんだが……?


「そうですね……。ひとまずロードさんのあの時の状況は置いておくとして、まずは私のエクストラスキルからお話ししたいと思います」


「は、はぁ……」


そう切り出したアリスの目は、有無を言わさない迫力を秘めていた。


「私にはロードさんもご存じの『神聖魔法』のスキルとは別に、『神眼』というエクストラスキルがあります。今はまだ他者の状態を可視化できるだけで、特に強大な能力がある訳ではありませんが……。そのエクストラスキルが、ロードさんの身に起きた異常を教えてくれたんです」


「な、なるほど……? それで? あのとき、俺には何が起きていたんだ?」


「私の推測ですが、スキルに呑まれていたのではないかと……。あの時のロードさんには、『吸血<暴走>』という反応が出ていましたから」


「そうだったのか……」


 アリスの説明を聞いて、どこか腑に落ちた。


 確かにあの時の俺は、普段は感じることがないほど喉が渇き――血に飢えていた気がする。


 今まで一度としてあんな状態になったことはないが、ミスリルタートルの一件でいつも以上に血から力を奪えたことで味を覚え、あの状況で力を求めすぎた結果、本能が強者の血を強く欲したのだろう。


 昔から大人が子供に対して戒めるときの言葉として、力に溺れて我を見失うと、何かに身体を支配されて帰ってこれなくなっちゃうよ!


 なんて教えているもんだが、俺もそうなりかけてしまうとは情けない話だ。


「……すみません。私にもっと力があれば、ロードさんをあそこまで追い込まずに済んだのに……」


「アリスが気にすることじゃないさ。俺が自制を忘れ、身の丈に合わない力を求め過ぎたことが原因なんだからな」


「ま、結果としてそのお陰でオレたちはこうして生きていられた訳だし、あんまり攻めることもしたくねぇんだけどよ……。だ、だけど、そのあとのことは、ぜってぇ許さねぇからな?!」


 顔を真っ赤にしながら、潤んだ瞳で俺を睨むリュミナス。


 なんていうか、普段からは想像もつかないくらいしおらしいというか、乙女っぽいというか……。


 そういえば今日は、どことなく身だしなみに気を付けているような……?


「そうですね。そのことについては、私も絶対に許しませんよ? ねぇ、ロードさん??」


 一方、アリスは再び背筋に冷たい何かが流れるほどの冷気を身に纏い、虫けらでも見るかのような冷たい視線で俺を突き刺してくる。


「ようやく何があったのか聞けるわけね。昨日から気になって気になって、昨夜なんて30分くらい寝付けなかったほどなのよ?」


 メルシーよ。

 それ、別にそこまで気になってねぇよな?!


 正直今すぐにこの場から逃げだしたい気分ではあるが、そんなことをすれば殺されかねない雰囲気だけは理解できた。


「そ、それで……? わたくし目はいったい、何をしでかしてしまったんでしょうか……?」


 意を決して、思い浮かぶ限りの下手な態度で尋ねてみる。


「お、お前はなぁ! 嫌がるオレをむ、無理やり抱き寄せて……。そ、そのまま……ッ!!」


 勢いよく立ち上がり、俺を指さして叫ぶリュミナス。


 だが、その時のことを思い出してしまったのか、ボッとさらに顔を真っ赤にしたあと、ぷしゅーと音を立てながらソファに崩れ落ちた。


 おいおい、まてまてまてまて。


 まさか、まさか……?


 俺はリュミナスと、キ、キスを……?!


「ロードさんはリュミナスさんの首に牙を突き立てて、吸血したんですよ。それはもう遠慮なく、身もだえてビクビクと震えるリュミナスさんのことなどお構いなしに」


「なんだ、そんなこ……はぁ?! お、俺がリュミナスから吸血?! 魔物じゃなく、人間からか?!?!」


 唇を奪った訳ではないとほっとしたのもつかの間、耳を疑いたくなるような現実に眩暈がしてきた。


「ああ、そうだよっ!! 離せって、やめろって言ったのにお前は……!!」


 自分の身体を両手で抱きしめながら、涙目で睨むリュミナス。


 おい、やめろ。そんな女の子みたいな仕草するんじゃねぇ。


 罪悪感に押しつぶされそうになるだろうが。


「私が……私が一番最初に吸血してもらいたいと思っていたのに!! 私というものがありながら、ロードさんの浮気者っ! 浮気者っ!!」


 バンッと強く机に手をつき、これまた涙目でよくわからない訴えを突き付けるアリス。


 いや、別に俺とお前は特別な関係でもなんでもねぇだろ。


 そもそも、吸血してもらいたいってなんだよ。


「あら~、そういうことだったのね……。フフッ、これはきちんと責任を取らないとねぇ?」


 ああ、メルシーを引っぱたきたい。


 確かに悪いのは俺だが、その面白そうなおもちゃを見つけた子供みたいな、キラキラとした目をやめろ。


 くそっ!

 俺は……。俺は……!!

 

「……この度は大変なことをしでかしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。もう二度とこのようなことをしないと誓いますので、どうか許してください」


 額を床にこすりつけ、謝罪した―――。


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