第7話 side最強の矛《ゲイボルグ》3


 ロードたちが順調にC級ダンジョンを進んでいる頃。


 命からがら地上へと逃げ帰ってきたマザマージたちは、ようやく一息つけたところだった。


「いやぁ、ほんとにビックリしたな。まさか4層みたいな浅い階層に、亜種個体がいるとは思わなかったぜ」


「亜種……?」


 撤退は仕方なかったと言わんばかりのマザマージの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべたメルシー。


「ああ。気づかなかったか? あのスケルトンの中に、ブレーンスケルトンがいたんだ」


 ブレーンスケルトン――。

 本来は知能の低いスケルトンの中に稀に発生するという、非常に知能の高いスケルトンの亜種個体であり、集団の中にブレーンスケルトンが一体いると戦術的な動きを取るようになるため、脅威度が跳ね上がるとされている。


 マザマージが口にした名前を聞き、メルシーは表情を険しくした。


「……まずいわね。すぐにギルドに報告にいき、対策を練らないと」


「あぁ? 亜種くらい、珍しくはあるがS級ダンジョンならいてもおかしくないだろ?」


「普通の個体なら、ね。メンバーが一人欠けているとはいえ、『最強の矛ゲイボルグ』を撤退させるようなブレーンスケルトンなんて、いつ進化してもおかしくないわ。危険すぎる」


 メルシーの言葉に、ゴクリと生唾を飲み込むマザマージたち。


 魔物は様々な経験や戦闘を経て一定の領域に達すると、存在進化を引き起こして生物としての格が上がる。

 特に亜種個体が存在進化に至ると、生半可な冒険者では太刀打ちできないほど強力な魔物へ変貌を遂げてしまうことがあるというのは周知の事実である。


 メルシーとしては、大きな被害を出す前に叩かなければという思いから。


 マザマージたちとしては、このままだと依頼を達成できなくなり今まで積み上げてきた栄光が崩れ去るという思いから。


 全く別方向への思いからではあるが、全員がブレーンスケルトンの存在へと危機感を抱いた。


 実際にはあの場にブレーンスケルトンなど居らず、メルシーが予想していたように小規模な魔物の氾濫が起こっていたせいでスケルトンの数が多かっただけであり、無鉄砲に突っ込んだマザマージらが取り囲まれただけなのだが。


 本気であの場にブレーンスケルトンがいたと信じ込んでいるマザマージと、それならば自分たちの攻撃が全く当たらなかったことに合点がいくと納得したヒリテスとシルストナ。


 そしてまさか熟練の冒険者であるはずのマザマージがそんな勘違いをしているなどとは思いもしないメルシーは、急ぎブレルへ戻るとすぐさまギルドへ駆け込んだ。


「た、大量のスケルトンを従えたブレーンスケルトンですか?!」


「ああ。S級ダンジョンの4層で、侵入者を待ち構えているような感じだった。俺たちがその存在を確認できた時点で、すでに50体以上のスケルトンがいたからな。最悪、100体以上を従えてるかもしれん」


「ひゃ、100……。しょ、少々お待ちください!」


 ミーナはすぐさまギルドマスター室へと駆け込むと、大急ぎで事情を説明。

 

 すぐさまギルド総出で討伐部隊が組まれることとなり、主力兼案内役として、マザマージたちもすぐにS級ダンジョンへと引き返すことになった。


 『最強の矛ゲイボルグ』を筆頭に、街に残っていたすぐに出発できるソロ、パーティー問わずのB級以上の冒険者たちをかき集めて作られた討伐隊は、これからS級ダンジョンを完全攻略しに向かうと言われても頷けるほどの壮々たる面々で構成されることになり、ギルドの副マスターであるA級冒険者のカイエン自らが陣頭指揮を取る。


 ギルドとしても本気で警戒しているということの現れであり、同時にマザマージらに対する信用度合いの大きさに直結しているとも言えた。


「お前ら、4層だからって気を抜くんじゃねぇぞ?! これが失敗すれば、ブレルが火の海になると思え!!」


 入り口で改めて喝を入れたカイエンは、メルシーを先頭に立てて問題の4層へ最短ルートで進むよう指示。


 メルシーは緊急時にも関わらず遺憾無くその能力を発揮し、カイエンも思わず舌を巻くほどの索敵でほとんど足を止める事なく4層へと到着して見せた。


「私たちがスケルトンの集団とかち合ったのは、この先の開けた場所よ。今もかなりの数がいるわ」


「よし、十分だ。助かったぜ! ここからは総力戦だ! 一瞬たりとも気を抜くな、常に他のやつと背中を守り合いながら戦え!!」


 カイエンの突撃の合図を受けた冒険者たちがスケルトンの集団目掛けて雪崩れ込み、激しい戦闘音が周囲に鳴り響く。


 だが、その様子を見ていたカイエンは首を傾げた。


「おかしいな……。あれはどう見ても、ただ数が多いだけのスケルトンだ。ブレーンを探すぞ!!」


 スケルトンたちの全く統率のとれてない動きに、すぐさまこの場に今回の討伐対称であるブレーンスケルトンがいないことを看破したカイエン。

 

 パーティーで参加したものたちにはそのまま、ソロや少数で参加したものたちは斥候を1人以上含めた即席の臨時パーティーを作ると、見つけても絶対に討伐しようとせずにすぐに知らせることを念押ししてから、くまなく4層を探すよう指示。


 その表情には焦りの色が多分に浮かんでおり、今の状況がどれだけ問題なのかをありありと物語っていた。


 結局ブレーンスケルトンを発見することはできず、一度帰路へと着く事になった討伐隊。


 通常の魔物はダンジョンの呪縛により、自身が生まれ落ちた階層から移動することはできないとされていた。

  

 ただし、例外としてダンジョン規模での魔物の氾濫が起こるなどして呪縛が緩んだ時と、存在進化を遂げることでダンジョンの呪縛から解放されるだけの力を得た時だけ、その魔物の自由意志でダンジョン内を移動することも外へ出ることも可能になる。


 今回は前者の兆候は全く見られなかったため、消去法で後者――すでにブレーンスケルトンが存在進化を遂げており、かつ自由に動き回れるだけの強さを得るに至ったという事実を示していた。


 こうして予期せぬ形で『天翔』へのS級ダンジョン探索依頼は打ち切られることとなったものの、『最強の矛ゲイボルグ』はそれ以上の問題の種を孕むこととなった―――。

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