第19話 対話
イギリスで有名な食べ物といえばフィッシュ&チップスやローストビーフが挙げられる。産業革命を迎えたイギリスでは食文化の衰退が良く考えられている。
そんな中カレーはインドとの交流によりイギリスに伝わってきた物である。
「ここのカレーは素晴らしい」
テーブルの前に座ったメイザースのメニューを見る顔は勿体ないと言いたげだ。
「だが豆がない。……そこが惜しい」
豆というのはインゲン豆の事だろう。
「もしもだ、豆のカレーがあったら最高だったろうな」
メイザースが注文した物は野菜のみのカレー。肉は一切入っていない。これは彼の食の好みなのだ。
「ドクター」
「何かね、ミスター・メイザース」
正面に座っているドクターにメイザースは何の気はなしに話しかける。
「君はベイクドビーンズを食べたことがあるか?」
「……アメリカからの舶来品か」
「そう。フォートナム&メイソンで売っているな。ハインツの物だ」
口振りから考えてもメイザースはベイクドビーンズを口にしたことがあるのだろう。
「あれは中々に美味かった」
笑うメイザースの顔を見てドクターの隣に座っていたシェリーが尋ねる。
「舶来品という事は高いわよね? メイザース様はお金に余裕があるの?」
シェリーの問いにメイザースは笑い声を上げた。何を当たり前の事をと言うように、自信ありげな笑い声。
不敵な笑みを浮かべてメイザースは言う。
「ないな」
予想とは違った答えだ。
「ないのかね……?」
では先程の態度は何だったのかと、ドクターの目は不審なものを見るような目になる。掴みどころがない様な人間だ。
「でなければウェストコットの家に転がり込んでないしな」
彼は恥ずかしげもなく語る。
「居候かね、大の大人が」
本当に言っているのか、とドクターの目は語っている。
「居候も悪くない、ドクター」
メイザースは目を伏せ、失笑しながらに腕を組む。
「もしかして、貴方……」
では高値のベイクドビーンズをどう購入したのか。シェリーは察しがついた様で、ドクターも呆れた様な顔をして見せる。
「その通りだ」
二人の想像していることはメイザースにも手にとる様に分かった。そして、それは正解だった。
「ミス・シェリー。俺はウェストコットから少し金を頂戴した」
その金で舶来品であるハインツのベイクドビーンズを買ったと言う事なのだろう。大人とは思えない。
「恐らくバレていない筈だ。俺は何も言われていない。それに仕事も忙しい様だしな」
組んでいた腕を解き、メイザースは肩を竦める。実際には余り、良心の呵責という物もある様には見えない。どこか態とらしさを感じる所作もこの印象を助長している。
「そんな目で見ないでくれドクター、ミス・シェリー」
二人の突き刺す様な視線に居心地の悪さを感じたのだろう、困惑顔を浮かべて希う。
「……まあ、私には君の人間関係などどうでもいい」
このまま行けば交友が何処かで拗れる可能性があるが、ドクターからしてみれば関係のない他人事だ。
「それよりだ」
先程、イシス=ウラニア・テンプルで話すことのできなかった協力に関する話をする方が建設的、合理的であるとドクターは考えた。
「事件の捜査についての話がしたい」
ミスター・メイザース。
念を押す様にドクターは目の前の男の名前を呼ぶ。次の瞬間にタイミングよく三人の注文したカレーがテーブルに運ばれた。
「そうだな。なら、食べながらにしよう」
彼はフォークの先をカレーの皿の中に沈ませた。
「──ドクター」
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