第171話 エットの人々の依頼(その2)


 森での弁当お届けや木材採取のチュートリアル、陽光草採取を済ませたら迂回して、領主の館の正面へ。距離的に領主の館は近いけど、直接敷地内へ侵入することは当然できない。今のところ入る必要も無いんだけど。


 ここで領主の館の門番に井戸で拾ったハンカチを見せると、御礼とともに引き取ってもらえる。報酬は現金だ。どうやら領主の娘のユーノさんの落とし物だった模様。道理で香水か何か分からないけど少しだけ良い匂い…香りがしたわけだ。落としてから間もないハンカチだったのか、香りが長持ちするタイプの香水なのか。


 エリエルから変態などと罵られながら移動。いや、人の持ち物の匂いを嗅ぐのはマナー違反だろうけどさ。何か匂うな?って思ったら嗅ぐだろう。反射的に。


 気怠そうな女の人に依頼されたパン屋へと戻り、指定されたパンを真面目そうな青年の店員から購入。するとここで、ペットのエサにするためのウグイを釣ってきてほしいと頼まれる。ウグイならさっき釣ったばかりのがインベントリに入ってるので、渡して即時依頼達成。


 続けて、彼が作ったエサの余りをお裾分けで届けて欲しいと頼まれて、近所の見習い錬金術師の元へ。エサを渡すと、ちょうど足りなくなっていたところだったんだよと喜んでくれた。


 お裾分け依頼の報酬と共に、ちょっと遠慮がちに陽光草を求められたので領主の館の側の森でむしったものを渡す。すると、簡易錬金のやり方を教えてくれた。教えてくれるのは良いんだけど、既に俺の錬金レベルは熟練に達していたりする。


 目の前でさくっと高品質な初級ポーションを完成させてしまったため、見習い錬金術師が随分ヘコんでいた。彼は気を取り直して、さらに追加の依頼を発注。彼が作った失敗作の劣化ポーション?を、匂いがキツいからどこか遠くへ捨ててきてほしいとのこと。自分で捨ててこいと言いたい気持ちをグッと抑えて、引き受ける。


 カバンに入れるのが何となく躊躇ためらわれたので手に持って移動。チャプチャプ揺らしながら次の目的地、防具屋の爺さんの店へ。


 店に入ってすぐのところにゴミ箱があったので、失敗作のポーションを投入。するとカウンターの中から店内に響き渡る大きな声で、"街の中で他にもゴミを見かけたら拾ってこい!" と言われた。小柄で痩せた爺さんとは思えない声量だ。


 店内には「街をきれいに」「一日一善」「美化活動推進員」などの張り紙が。よく見ると隅の方に小さく「ポイ捨てしたやつに天誅を」「ゴミの恨み、晴らします」と書かれたお札もある…。


 怖い方の張り紙は見なかったことにして、広場で拾ったゴミと川で釣りあげた麻の袋も投入。すると、爺さんがカウンターから出てきた。何か怒られるようなことしたかな、と思っていたらニコニコしながら干し肉を一切れくれた。


 あとからエリエルに聞いたのだが、このゴミ箱にゴミを3つ捨てたら依頼達成となり、報酬を貰えるそうだ。今回は干し肉だったがアメ、チョコ、小銭など貰える報酬はランダムらしい。冒険者の個人依頼というよりは良いことをして褒められた子どものようだ…。


 この防具屋、実は気だるげなお姉さんの魔道具屋の近くだったりする。依頼をこなしながら街をぐるっと一周周って、戻ってきた感じ。随分時間がかかってしまったけど、お姉さんにお使いのパンを渡して本日の個人依頼は終了だ。


 ・・・


「まぁ楽しいっちゃ楽しいから良いんだけど、あちこち移動して色んなことしてると、流石に疲れるな」

「これでも少ない方なんだよ?今日のはレナちんの最短最速最善ルート、初回バージョンなんだから」


 マイリ-商店に戻る前にお茶して帰ろうという話になり、喫茶店へ。エットの飲食店はテラス席が用意されるなど、フェムほどではないがオシャレな店が多い。心惹かれる気持ちはあるけど今日は我慢だ。横目に見ながら通り過ぎて、住宅街の一角へ向かう。


 辿り着いたのは一目見ただけでは店内の様子が想像できないタイプの、ただの民家のようなお店。転生者があまり来なさそうな地元民向けのお店を事前にチョイスしておいてくれたレナエルに感謝だ。


 ミルクティーをすすりながらエリエルの話を聞くと、今日のコースには非効率な部分もあったらしい。


 初回は採取の基本や簡易錬金の基本など、チュートリアル的な内容を含む。これらは1人1回だけ発生する依頼だが、それらを済ませておかないと他の依頼が出てこないため、優先的に巡ったのだとか。充分効率的だったと思うのだが…。明日以降のルートは達成できる依頼の数が倍になると聞いて、変な笑い声が出た。


「それにね、たぶん依頼が溜まってるんだと思う」

「溜まってる?」


「そう。たくさんの転生者がエットを訪れ始めた初期のころは、依頼する人の数に対して依頼を受ける人の方が多かったと思うんだよね。でも今は転生者の人たちも先のエリアに進んじゃってるし、他にやる事たくさんあるから、わざわざエットの個人依頼を受けないでしょ?エットの人たちが依頼したくても、引き受けてくれる人が居なかったら…。」

「依頼は溜まる一方ってわけか」


 道理で、依頼してくる人たちやお届けものをした先の人たちが喜んでくれるわけだ。ニコニコしてたり感謝してくれたり、好意的なリアクションがちょっと多かった気がする。


「依頼できなかったら自分で何とかしたり、地元民同士で知り合いに頼んだりして世の中が回っていくだけだから、冒険者がいないー大問題だー大変だーってわけじゃないんだけどね。けど引き受けてくれる冒険者がいるならお願いしちゃおっかなーってわけで…。まぁ、つまり、よりどりみどり受け放題だよ!やったね!ルイ!」

「有難い話なんだけど微妙に嬉しくないなー」


 冒険者が多ければ依頼の取り合いになったんだろうし、競争相手が居ないという意味では、俺の周回遅れが良い方向に作用したとも言えるだろう。ただ、個人依頼は弁当を届けたりゴミを拾ってきたりと雑用のような依頼が多いのも事実だ。


「他のみんなはギルドで依頼を受けて、魔物を討伐したり素材を採取したりして冒険者らしく街に貢献できてる感じがするけど。俺の方はお使いとか落とし物届けたりとか…こんな感じで本当にちゃんと貢献できてんのか?」

「大・丈・夫!レナちんの攻略本だよ?書いたのはあたしだけど!」


「…そうだな。レナエルのアドバイスなんだから心配ないか。どの道、今は信じてやるしかないんだし」

「監視…じゃなくて監修はレナちんだけど、書いたのはあたしだからね?右腕がね、こう、プルプルプルってなってね?でもレナちんが、大丈夫です。まだ書けます。あなたの右腕が喜んでいるだけですって…ふ、ぅふふふふふ」

「おーい?エリエル?茶が冷めるから、さっさと帰ってこい」


 何を思い出したのかエリエルがうつろな笑顔でブルブル震え始めた。イメージ通りだけど、レナエルの指導はトラウマレベルでスパルタらしい。


「え?あ、うん。大丈夫大丈夫。右腕がダメになったら右足で書けばいいんだよね?」

「ね?じゃないよ。せめて左手で書けよ。それより、レナエルってやっぱ厳しいのか?」

「そだねー。最善の努力って、限界を超えた先にあるからねー」


 だめだ。微妙に話が嚙み合わない。ふった話題が良くなかったのか、その後はエリエルの意識がどこかへ行ったまま帰ってこなくなってしまった。レナエルは冒険者ギルドに行く皆のサポートをすると言い残して、向こうのメンバーに付いていったけど…みんな、大丈夫かな?

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