第156話 仕方ないから


 ベルンハルトによると、冒険者ギルドのクエストをある程度達成した転生者は、領主の館に招かれる。そこで、領主から王都の騎士団への紹介状を渡されるそうだ。


 といっても、国の騎士として叙任されるというわけではなく、騎士の訓練に参加させてもらったり、騎獣を取得する方法を教えてもらえたりするらしい。騎獣という単語にかなり心が魅かれるが、今は我慢。


「5年前の女神さまのお告げを受けて、そうするようになったらしいぞ。”やっぱ転生で冒険といえば騎士とかお姫様よね!王都だってほら、観光したら楽しいだろうし?” とかいう一文だったそうだけどな」


(エリエル…)

(エリ…)

(ちょっとルイ!レナちん!何でそんな目で私を見るの!?女神さま、大体そんな感じで言ってたし!ソヨッペもナコナコも、特に何にも言わなかったよ!)


「当時は領主様も解釈に迷ったみたいだが、取りあえず王都に向かわせて、騎士に会わせようということになったんだそうだ。ただ全員は無理だから条件付きで、な」


 うちのポンコツ天使のせいで申し訳ないことになってたようだ。何を言ってるのかちょっと分からない感じのお告げに、領主様もさぞかし戸惑ったことだろう。お仕置きはあとでレナエルに任せるとして。


「条件っていうのが、ギルドのクエストってわけか」

「あぁ。領主様もお忙しい方だ。転生者全員と会うわけにもいかんから、人数を絞る必要がある。もちろん冒険者は近隣の魔物を退治してくれるから、支援することは領民のためにもなるわけだが、ある程度クエストをこなせるレベルじゃなきゃならん。そんなあれこれを検討した結果、今の領主様との謁見という制度ができあがったわけだ」


 ちなみに、あとでレナエル先生が教えてくれたのだが、領主に会わないルートもちゃんと用意されている。


 それらのシナリオでは真っすぐ西の王都に向かわずに個人依頼を受けて南東へ向かったり、教会からの依頼で南に向けて旅立ったり、各地へ向かうルートに分岐しているようだ。ただ、どの方角へ旅立っても、最終的には一旦王都方面で合流することになるそうだが。


「へっ!そこの小僧がクエストをこなして、領主に謁見して、ウルガーを助けるだと?そんなの無理に決まってるぜ。いくら時間があっても足りねぇよ」

「ん。狼さんの言う通りだ。クエストの難易度もそうだが、ある程度数をこなす必要があるだろう。だが、領主様に認められるのは個人ではなくパーティ単位だ。メンバーが力を合わせりゃ何とかなるんじゃないか?ルイのパーティは…クヌは入ってないよな」


「あぁ。それに今は、ヌルを離れることができない。すまない、ルイ」

「問題ないさクヌ。ベルンハルト、今は俺とレヴィとシャロレの3人だよ」

「3人か…5人とは言わんが、あと1人くらい欲しいところだが…」


 ベルンハルトが言葉を切って、アーティに目を向ける。つられて、その場の視線が狼獣人へと集まった。


「な…何だよ。何見てやがる。俺はお断りだぞ!転生者のパーティに入るなんざ死んでもごめんだぜ」

「アーティさん…」

「…ック!?しゃ、シャロレさん…いや、だめだ!そいつのせいで俺がどんな目に遭ったか!」


 シャロレの呼びかけに一瞬だけ迷いを見せたアーティだったが、決断をひるがえすことは無かった。あれほど執着を見せているシャロレの一声でも無理となれば、彼の意志は相当固いのだろう。


 腰を浮かせかけたアーティがドカリと音を立てて椅子に座る。そのまま彼を含めた全員が言葉を探すように黙り込んだため、微妙な沈黙が流れてしまったのだが。それを破ったのは意外にも、規則正しく扉をノックする音だった。


「隊長!配達依頼を受けた冒険者が来ております。至急なので本人に直接渡したいとのことですが、通しますか?」

「配達依頼ぃ?こんなとこにか?構わん、通せ」


 扉を開けて現れたのは若い衛兵だった。しかも何か届いたらしい。最近、お手紙とか多いな。また俺だろうか。至急ってことは仕事関係でベルンハルト?


 疑問を巡らせる時間はそれほど長くは無かった。若い衛兵が立ち去って間もなく、扉を開けて現れた配達人は、部屋の中を見回して、宛名を読み上げる。


「毎度!ネコ猫便でっす!ヌルの門で衛兵に取り調べを受けてるアホ面の狼さんって…君だね!ハンコかサインくださーい」

「誰がアホ面だよ!」


 今回はネコ猫さんだったようだ。キャップの後から一つに束ねた髪を流した、小柄で元気な感じのお姉さんだ。半袖シャツにチノパンとスニーカーなのは前に見かけた人と同じだけど、今までの配達人がムキムキの体育会系の男の人ばっかりだったので、ちょっと新鮮な感じがする。


 しかもお届け先はアーティだった模様。目の前で他人にお手紙が届くのも初めてだ。なるほど、誰からだろうとか、どんな内容なんだろうとか、ちょっと気になる気持ちが分かったかも。


「いや、でも、状況的に狼獣人の人ってキミだけだし?」

「くっ!…おらよ、これでいいんだろ!ったくどこの馬鹿だ…よ…」

「毎度!いやぁ、初めて受けるタイプの個人依頼だったし何かのイベントかなって思ったんだけど…あとは特に何も無い、かな?そっかー、じゃ、またお願いしまーす、ドロン!」

「うぉ!」

「きゃ!?」


 ネコ猫のお姉さんは何事か独り言をつぶやいた後、薄い煙を残して消えてしまった…。配達系クランの人たちって、みんな、普通に帰れないんだろうか…。


 呆気に取られてぼうっとしてしまったが、煙が消え去ったので改めてテーブルへと向き直る。すると、手紙を読んでいるアーティが目に映った。


 両手で顔の前に手紙を広げているので、表情はうかがえない。けれど何故か、手紙がカサカサ音を立てるほど、全身でガタガタ震えている。何が書いてあったんだろ?


「アーティ?おい、アーティ!もしもーし…ダメだな。やっぱ放っといて帰るか」

「帰るかって…ルイ。どうすんだよ、これ」

「いや、だって反応無いしさ。話は聞き終わったし、パーティにも入らないって言ってたし。俺たちとしてはもう用は無いっていうか…」


「入る…」

「へ?」

「小僧、俺をパーティに入れろ。ウルガーを助けるまでの間だけでいい」


 それまで呼びかけに応じなかったアーティが手紙を下ろしたかと思うと、青ざめた表情でパーティへの加入を申し出てきた。


「えぇ…」

「何で嫌そうな顔すんだよ!小娘も…ってかシャロレさんまで!?」


 流れで何となくパーティへの加入を求めたような雰囲気ではあったのだが。やんちゃで騒がしいし、シャロレに執着してるのもあって、いざパーティに入れるとなると躊躇ちゅうちょする。皆も同じ気持ちだったのだろう。眉をひそめ、面倒くさそうな表情をしていた。


「っく、ふ、わっはっは。こりゃいい。なぁルイ、俺からも頼む。どんな心境の変化かは知らんが、この狼さんを連れ出してくれるんなら大助かりだ。なぁに、悪いようにはならんさ。お前なら、大丈夫だろ?」

「ちぇ、気軽に言ってくれるよな。まぁベルンハルトがそう言うなら仕方ないけど。…シャロレに悪さしたら、ただじゃおかないからな」


「けっ、誰が悪さなんかするかよ。逆だ逆。俺がシャロレさんを護ってやる。お前みたいな頼りない小僧なんかじゃ…」

「ルイだ」

「アォン?」

「小僧じゃない、ルイだ、アーティ。ちょっとの間かもしれないけど、よろしくな」


 そう言ってギルドカードを差し出すと、アーティは不満げに目をそらしながらも、自分のカードを重ねてくれた。

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