第154話 狼さんとの再会

「飲まず食わずって、大丈夫なのか?それ」

「あぁ、見た目はピンピンしてるよ」


 狼など一部の肉食動物は食いだめが可能だ。狩りをして暮らす動物たちは毎日エサにありつけるとは限らない。そのため、空腹の期間が長くなっても大丈夫なように、一度の食事で食べられるだけ食べるという習性があるらしい。狼獣人もその能力があるのだそうだ。


 何と羨ましい。トルヴでもそうだったけど、目の前に美味しいものを並べられてるのに食べきれない時の口惜しさよ。滅多に行けない旅行先とかでは特にそう思う事が多いんだよな。


 この身体も見た目の割りにたくさん食べられる方だ。それでも、あれもこれも食べたいのにと我慢することが多かった。食いだめできたなら、トヴォ村の食堂ではもっと海鮮三昧できたのに。


「食いだめ、ね。あたしはできないけど」

「私は少し、できるかな。もったいないから、しないけど」

「…その能力ちからさえあれば、世界中のウニが私のものに…」


 レヴィはできないけどシャロレはできる、と。レヴィは耳が良かったりするし、獣人のみんなは何かしら獣由来の特殊能力みたいなものがあるのかもしれない。


 何故か悪役っぽいポーズを取りながらアホな事を言っているエリエルと、俺の感想がやや近い感じがするが…気のせいだろう。トヴォのウニ達が無事で何よりだ。


 そんな俺たちの感想はさておき、ベルンハルトとしては目の前で飲まず食わずでいられると困るらしい。今のところ衰弱している気配も無いので大丈夫なようだが、そろそろ何とかしたいと考えているとのこと。


 なので、その件が解決しないと、ゆっくり話ができないみたい。何か珍しい食べ物でも見せれば食べてくれるかもしれないし、その分野でなら、協力できることもあるかもしれない。そう提案して、狼獣人に会わせてもらうことにしたのだが。


・・・


「ガルル!この野郎!よくものうのうと俺の前に顔出せたな!」


 案内された部屋の扉を開け、立ち入った瞬間。灰色の影が疾風のごとく飛び掛かってきた。


 油断していた。そのうえ距離的に近かったこともあり、インベントリから杖を取り出すのも間に合いそうにない。


 迫る爪に一撃くらうのを覚悟して、全身に力を込め、歯を食いしばった、その瞬間!


 大きな影がごう、と、うなりを上げて、俺の横を追い越した。あまりにも大きな質量が高速で至近を通過したことにより、瞬時に気圧差でも生まれたのか、俺の全身が引き寄せられそうになる。


 ふらつく足に力を入れて、何とか踏みとどまった。何が起きたのかも分からないまま正面へ向き直ると、目の前にはクヌの大きな背中。


 そしてその先には…轟音と共に壊れた壁に貼り付いた、アーティの姿が目に映った。


「何だ、ルイ。知り合いか?」

「え?あ、いや、まぁ…うん。けどクヌ、ちょっとやり過ぎじゃないか?」

「手加減は、した」

「…これで?」


 背中側から大の字で、半ば壁に埋もれているアーティ。彼を中心に蜘蛛の巣状のヒビが壁一面に広がっているので、相当な勢いで殴り飛ばされたことが伺える。


 多分クヌがやったんだろうけど、その動きは、正直言って、見えなかった。アーティの攻撃は対処が間に合わなかったとはいえ、見えてはいたのだ。だがクヌの動きは格が違った。


 拳を振りぬいた残身どころか、気付けばクヌは棒立ちでたたずんでいた。アーティが吹っ飛んだこと、クヌが手ぶらなことから、かろうじて殴り倒したんだろうと予想できる程度だ。


 後で聞いたところ、クヌは格闘に秀でているらしい。リーチの短さをものともしないパワーとスピードで圧倒するスタイル。似合う。けど一応料理人なんだから、手は大事にしてほしい。


「ベルンハルト…これって、クヌも暴力沙汰でお縄に?」

「ん?俺には何も見えなかったが?」

「あぁ、そういう…」


 大人ってずるい。それで良いのかベルンハルト隊長。そうは思うけど、襲い掛かってきたのは向こうの方だ。ここでクヌが捕まっても面倒だし、ここのルールに口出しするのも野暮というものだろう。


「ぐ、ぅぅ。何しやがった、このクマ野郎。お前もケツの穴掘られてぇのか…」


 パラパラと壁の破片を落としながらフラフラと立ち上がり、気丈にも憎まれ口を叩くアーティ。手加減されていたとしても、かなりのダメージが入っているはずなのに、すごい根性だ。腫れあがった頬を気にする素振りも見せずに、俺たちを睨みつけてくる。


「品の無い奴だ」

「うるせぇ!そいつのせいで俺は一時期、椅子に座るたんびに変な声が出る身体になっちまったんだ」

「あ、それは不幸な事故で…」

「ガルル!知った事かよ!お前のケツとキンタ〇も同じ目に遭わせてやる!クマ野郎もだ!手前ぇのブツを切り落として、そこの小僧の小っせぇのと一緒に並べてやるよ!」


 アーティはそう言うや否や、二刀を取り出し、震える両手で構えた。相変わらずの威勢の良さだが、あまりそういう下品な単語をポンポン言わない方が良いと思う。


 この状況でなおも戦う意思を見せるのは、よほどあの時のことを恨んでいるのだろう。わざとじゃなかったとはいえ、申し訳ない気持ちはある。


 俺だって、あんな目に遭わされたく無いし、もしもやられたとしたら相手には意地でも仕返ししてやりたくなるに違いない。気持ちは分かる。分かるんだが。


(カラン、ガラン…)


 薄手の刃物と厚手の持ち手が交互に硬い床にぶつかって、場違いな音を奏でた。アーティが手にしていた二本の剣が、足元に転がったのだ。


「シャ…シャロレさん」


 少しだけ頬を赤らめたシャロレが、俺の背後から姿を見せていた。

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