第126話 冬には冬の装いを

 天高く、真っ白でモコモコッとした雲があったのはいつの日か。最近は少し灰色がかった雲がぼんやりと低い空を流れている。風も日に日に強く、冷たく吹くようになってきた。


 節約生活の一環として、集会所での自炊を許可してもらうべく村長さんの奥さんに相談したところ、快く許可してくれた。手持ちの食材は余るほどにあるので買い足す必要も無いのだが、せっかくだから地元の食材も少し使いたい。というわけで、今日のように時々は天使二人と少し買い物に出て…へ…、へ…、


「へっくし!」

「きゃ!?…もう、ルイ!びっくりするじゃん!」

「すまんすまん。けどもう、だいぶ寒いな。そろそろ本格的に冬物を着ないと」

「そんな格好でいるからですよ」

「レナちん…」

「お前がいうか…」


 布面積の少ないレナエルの格好は見ているだけで寒くなるが、そもそもエリエルやレナエルの身体は暑さ寒さに多少の耐性があるらしい。エリエルが暑いだの寒いだの言うのは単に根性が足りないというか我慢強くないだけのようだ。


 彼女たちの場合は天界から降りてくる際に仮初の身体を高濃度のマナで構成して何たらかんたらで、とのことだがよく分からなかった。衣装デザインもその時決めたらしいけど…レナエルはそういう趣味なのか?


 なお転生者の身体もそれと似たような造りになっているそうだが、こちらは劣化版というか通常版なので普通に暑いし普通に寒い。


 特に体に違和感は無いし、怪我をしたら血も出るし、くしゃみをすれば鼻水も出る。なので元の世界と全く同じ身体のような感覚だったけど、分子や原子などという地球の常識にあてはめたら当然、死に戻りなんてできないだろうし、魔物も青いエフェクトになって消えたりしないだろう。


 その意味では、この世界のありとあらゆるものはマナ的なつぶつぶ?エネルギー?といったもので成り立っていると考えた方が自然なのかもしれない。魔法が普通に存在する世界なんだし。


「とはいえ、暖かい服とか帽子、手袋なんかを買い足さなきゃな」

「レヴィとシャロレも誘って…そういえば衣装セットには暖かいの、無いの?」

「ぎくっ!?・・・一部暖かいものなら」

「一部?」

「サンタさんの衣装だ…ミニスカの」

「ハァ!?何でそんなの買っちゃってんの!?」

「季節物のアバターって、どうしても欲しくなるんだよ!着てくれるかどうかは別としてもコンプリートしたくなるんだよ!それを言うなら、クエスト報酬で用意してるのは天界じゃんか!」

「うぐっ!だってカワイイじゃん!1年目のクリスマスイベント報酬を配布した時に、転生者からもっと可愛い感じでってお祈りごようぼうがあったんだもん!」

「…ブーメランパンツの男物の水着もか?」

「ナニソレあたし知らない…」

「レナエル?」

「さぁ、服屋さんの下見に行きましょう。せっかくだから私の分も仕立ててもらうことにします。行きますよ、2人とも」

「ねぇレナちん?」


 冬支度はどこの家にも訪れる。村人たちが忙しそうに行き交う中、お目当ての店を二つ、三つ。まだ年末とまでは言えないが、この辺りは割と雪が深いらしく、クリスマスの頃にはかなり積もるらしい。


 そうなると色々な仕事が難しくなるので、この村には師走の忙しさが他所よりも早々にやってくる。みんな、雪が降る前に済ませておきたいことがたくさんあるのだろう。


「そういえばルイ、貴方自身はクリスマスのデイリーやウィークリーをやっている気配がありませんが?」

「ん?あー、配信クエストか?」

「えぇ。私たち天使も受信できますが、貴方たち転生者は腕輪経由でインフォメーションボードに情報が流れているでしょう?」


 1日デイリーあるいは1週間ウィークリー単位を締め切りにして、特別なクエストが実施されることがある。


 元々はゲームで、毎日ログインするプレイヤーが飽きないように、日替わり週替わりで ”やることと報酬” を用意してくれるものだ。特に正月、クリスマス、ハロウィン、バレンタインに七夕などなど、四季折々の行事の時季は関連する特殊なイベントと、それにまつわる衣装やアイテムが報酬として配布されたりする。


「…いやぁ、最初はこまめに見てたんだけど、低レベルで初期エリア周辺の俺では挑戦しようもないものばっかだったし。実は、最近はインフォメーションボードすらあんまり見てなくてな」

「ハァ。あなたは努力する時はするのに、大雑把なところも多いですね。情報は何よりも重要ですよ。例えクエストに挑戦しないとしても…」

「ちなみに今は、どんなクエストなんだ?」

「む。そういうのは、自分自身できちんと確かめることが大切なのです。良いですか?そもそもこういったことを一つ一つ習慣化することで…」

「そんなこと言わず教えてよ、レナエル先生」

「せ、せんせ!?・・・・・・」


 レナエルが驚きの表情で固まった。何となく先生っぽいなーと思っての何気ない一言のつもりだったのだが、もしかして嬉しかったのか?しばらくして再起動したレナエルは、ほんのり赤くなった頬を隠すように右手でメガネの位置を整えつつ、息も整えて、おすまし顔に戻った。


「こほん。・・・ま、まぁ仕方ありませんね。乞われて与えないのは天使としても望ましい行為ではないでしょう。配信クエストについては私が口頭で随時教えてあげますから、ちゃんと復習するのですよ?」

「やったぜ!頼りにしてるよ、レナエル先生!」

「ルイって見た目だけは整ってるし、実は本当に、ヒモ男の才能があるんじゃないかな…」


 とはいえギルドもない山奥の村では各クエストの達成も難しいだろうし、そもそもお金を稼いだり訓練したりと、やるべきことは多い。そのうちお世話になるかもしれないけど今はクエストやらインフォメーションボードやらは後回しだ。


 賑やかに買い物を済ませた集会所への帰り道。ひゅうと冷たい風が吹き、ふと頬に冷たい何かを感じて、見上げれば。


 雪が降り始めていた。

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