第30話 旅立ち

 翌朝。いつものように顔を洗い、朝食を作り、3人で食卓を囲む。何となくしんみりしそうだったので、できるだけいつものように振る舞い、馬鹿っぽい話をするように心がけたが、上手くできたか自信がない。


朝食後、


「これを持っておいき」


 バルバラが1本の長杖を差し出す。受け取ると、長さは俺の身長から少し短いくらい。頭の部分が握りこぶしくらいで杖の先端にいくにつれ細くなる、ごく普通の形の杖だ。


 デザインとしては頭の部分に2か所猫耳のような突起があり、横に口元のωのようなでっぱりがあり、微妙に猫っぽい。何かの樹から削りだしたようなシンプルな杖、なんだけど、凄まじい力を感じるのは気のせいだろうか。


「…!バルバラ、それは試練を乗り越えた者に…」

「いいんだよ!こんなもの、どうせ誰も取りに来やしないさ!そう言うあんただって、そいつはエルフ連中があんたのためにって作ってくれた、贈り物じゃないか」

「人目を忍んで旅をするにはぴったりだからね。昨晩、ルイが危ないかもしれないと思ったから、何かの役に立つかもしれないと持ってきてしまったよ。みんなも許してくれるさ」


 そう言って、昨晩来た時に手に持っていたローブを渡してくる。薄い緑色で、袖口やフードの部分には濃い緑や金色の糸で刺繍が施されている。植物をあしらった美しいデザインなのだが…。


「ありがたいんだけど、何でフードに猫耳…」

「これを貰った時、私はバルバラとパーティを組んでいてね。お揃いにしてくれたんだそうだよ。フードを被ると認識阻害が働くから、周りの人から意識されなくなる。明らかに存在を意識されたとしても、顔や体型はぼんやりとしか認識されないから、誰だか分からないよ。フードを外していても敵の敵視ヘイトが大きく減少して、攻撃対象になりにくくなる効果がある。きっとルイの身を守ってくれると信じているよ」

「そんな良いもの、俺にはもったいないよ」

「いや、実をいうと私の外見でこの耳は恥ずかしくてね、あまり使えないんだ」


 あ、あぁ、それは分かる。俺でも少し恥ずかしいくらいだし。けど形状に目をつぶれば、この性能は今の俺には必需品といっても良いだろう。


「じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ。バルバラ、シンアル、ありがとう」

「あと、その辺のビンもだ。邪魔だから持っていきな」


 ビンに目を向けたシンアルの顔がひきつる。


「バルバラ…それ…エクスポーションじゃないか…」

「作り過ぎて邪魔なんだよ!片付けはルイに任せてるんだ。これはうちの家事妖精の仕事なんだから良いんだよ!」


 バルバラ、今、”うちの家事妖精”って言ったな。テンパってて気づいてないみたいだけど。


「うん。仕事なら仕方ないな。ありがとう」

「ふんっ」


 毛並みで分かりにくいが、きっと耳まで真っ赤になってることだろう。シンアルも苦笑いしてるけど、それ以上は何も言わなかった。


「じゃ、行くよ。二人とも、今まで本当にありがとう。しばらく会えないと思うけど、時々はどうにかして連絡できるようにするよ」

「困ったら近くの教会を訪ねると良いよ。女神さまの教えを守る者に悪い者は居ないから。私の名前を出せば、知り合いもいくらか居るだろうから力になってくれるだろう」

「まぁ焦らず気長にやりな。ただでさえあんたは人より遅れてるんだ。今更急ぐ必要もないさね」


 二人と握手して、離れた。こういう別れ方に慣れていないので、笑おうとして、泣きそうになり、変な顔にしかならなかったので、背中を向けて森の入口まで進んだ。一度だけ振り返り、まだ見送ってくれているバルバラとシンアルに大きく手を振り、深くお辞儀をしてからは振り返らずに森の中へと消えていった。


 急ぎ足で森を進み、茂みから街道へ出た。涙はだいぶ乾いていたけど、目と鼻の周りがガビガビだ。タオルを取り出して顔を拭い、ポーチにしまいながら一歩踏み出す。


 周回遅れの異世界転生の始まりだ。

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