第20話 錬金術と杖術

 翌日から、バルバラの特訓が始まった。


 錬金術は複数の素材から新たなアイテムを生み出す技術だ。手元の道具だけでできる”簡易錬金”と、工房に設置した道具を使用する一般的な錬金術に分かれる。


 例えばHPやMPが少しだけ回復する初級ポーションの製作は簡易錬金で、大幅に回復する上級ポーションや特別な効能がある薬は工房で作業を行う必要があるのだ。


「簡易錬金は主に2種類の素材を使用する。素材の質によって出来上がりにも差が出るんだ。質ってのは素材そのものの良し悪しもあるが、傷の有無、根の処理、乾き具合、その他色んなことに影響される。影響ってのはいい影響もあれば悪い影響もある。乾き具合が分かりやすいかねぇ。出来上がりが粉末だったら素材は乾いている必要があるが、出来上がりが液体だったら素材が乾いてたらおかしくなるだろ?もちろん乾いた素材と液体で、出来上がりが液体だったら、その素材は湿ってるほうが良くなじむ。何を作るときにどの素材で、その素材はどんな状態のものが良いのかしっかり覚えておくんだ。これは簡易錬金だけじゃない、全ての錬金術の基本だよ」


「工房での錬金は3種以上の素材を使うことが多い。いっぺんに混ぜることもあれば、段階をふむこともある。1つ目と2つ目を反応させたときの色、匂い、音、煙の色によって、そいつを次に3つ目の素材と反応させたときの結果が違ってくる。この関係は経験値を稼ぐしかないから、身体で覚えな」


 説明長い。覚えられない。


「イィッヒッヒッヒ…」


 あと、混ぜるときの声が気になる。絶対悪役の方の魔女だ。しかも、この声を出した時は高確率で最高品質の成果物が出来上がる。


「その声、要るのか」

「要るね。雰囲気は重要だよ」


 断言しやがった。どうにも信じられないが、実際に目の前で違いが出ているので素直に教えの通りにするしかない。


ッヒッヒ…」

「違う!イだ、イ!イィッヒッヒッヒ…」

「イィッヒッ…」

「高い!ノドの奥から声を出しな!」

「なんで発声練習の方が厳しいんだよ!あと、コンカコンカ叩くな!木魚じゃねぇんだぞ!」

「木魚ってのは魚かい?」

「いや、食えねぇからな!?」


 錬金術の訓練のはずなのに、のどと頭を痛めた。


 ・・・


「杖は魔法使いや回復役ヒーラーが使うもんだが、護身術にも使うもんだ。熟達すれば熊だって一撃で倒せる」


 バルバラが、手に持った杖を軽く振りながらそう話す。


「俺にとって熊といえばクヌだし、クヌがバルバラに一撃で倒されるのを想像してしまうから、熊の例えは止めといてくれるか」

「じゃあ竜でも一撃だ」

「マジで!?」

「何だっていいんだよ。言っとくが、アンタみたいな若造には100年早い話だからね。要はそれだけの威力を出せるってことさ。硬さ、重さ、速さ、打点に属性も合わせて使いこなせば、デカいハンマーで殴るのとたいして変わりゃしないよ」

「ハンマァァァー!!!!?」

「ッシャー!びっくりするじゃないか。何だいそんな大声あげて」


 ハンマー。それはロマン武器である。RPGから始まるファンタジー世界を舞台にするゲームにおいて、古来より ”おおかなづち”、”ウォーハンマー” など様々な名称で登場してきた。


 近年では一狩り行くゲームなどでも導入されてはいたが、モーションの遅さ、そこからくる手数の少なさ、ゴツさ、地味さからアクションを伴うゲームでは今一つ人気が出なかったりする。


 だがしかし、だがしかしだ。一撃のダメージ量、シンプルな操作性、何よりガツんとクリーンヒットした時の手ごたえは他の武器では味わえない魅力がある。


 何よりもロマンだ。巨大なハンマーをぶんぶん振り回して敵と戦うのは、筋力とか重力とか慣性とか、そんなものを世界のかなたにホームランしてしまう ”ありえなさ” があるのだ。


 科学的にありえない、生身の体では不可能なアクションをゲームだからこそ可能にするのがハンマーという武器である。この魅力に憑りつかれた俺は、ハンマーが選択できるゲームではほぼ一択でハンマーを選んでいた。


「あんた、今までで一番危ない目をしてるが、人様に迷惑をかけるようなことがあればただじゃおかないからね」

「あ、あぁ、大丈夫だ。俺のハンマーは悪に対してしか振るわれない」


 PKプレイヤーキラー(他のプレイヤーを攻撃する行為を楽しむプレイヤー)などもってのほかだ。


「微妙にかみ合ってないんだろうが、今は杖術の訓練の時間だよ。まぁ良い。杖は叩く、突く、払うが基本だが、相手の攻撃を払って防御することもできる。上手くなれば受けることもできるが、それはまだまだ先の話だ。とりあえず基本の型を覚えな。その後、人、動物、魔物、武器やら物やらについて、どこを殴るのか、どこを突くのか、相手の攻撃をどうさばくのかを教えてやるよ」


・・・


「脇が甘い!」

「肘があがってる!」

「何だいそのへっぴり腰は!ダンゴムシの方がまだましだよ!」

「ダンゴムシの腰ってどこだよ!」


 文句は言うものの、バルバラの杖捌きは流石だ。手元の杖がブレたかと思った瞬間には世界が揺れる。今まで杖術として真面目に見てなかったけど、武器の扱いとして見ると凄いということが良くわかる。問題は、いちいち叩かれる俺の頭がどこまでもつかということだ。


「ほい、回復ヒール

「お、おぉ!?」


 じんじんと疼いていた頭の痛みが嘘のようになくなる。回復魔法というやつか?


「杖術は魔法使いや回復術師ヒーラーのメイン武器だ。習熟すれば術の威力が上がり、新たな術を覚えることができるのさ」

「ちょっと待て。むしろ杖ってそれがメインじゃないのか?近接戦闘じゃなくて、魔法を使って熟練度をあげるというか」

「どっちだっていいんだよ、そんなことは。死にたくなけりゃ、両方覚えな!」

「だから、同じとこを叩くな!せめて少しずらして叩けよ!」

 

 俺の頭の平和のためにも、とりあえず防御重視で杖の扱いを身に付けることにしよう。

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