第16話 出張お手伝い初日


 手伝い初日。ヌルには買い物で何度か行ってるので、道のりも慣れたものだ。いつものように入門の列に並び、順番が来たところで身分証を出す。


「やぁ、ルイじゃないか。久しぶりだな」

「ベルンハルト、今日は門番か」


 初めてこの街に来た時に対応してくれたベルンハルトは部隊長だが、現場の様子も知っておきたいとたまに門番をやってるらしい。ここ数回街に来た時には門に立ってなかったので、会うのは久しぶりだ。


「今日からしばらくの間、どんぐり亭って食堂の手伝いをすることになったんだ。まだ使ってもらえるか分からないけどな」

「お、クヌの店か。なら今度冷やかしにいくとしよう」

「あぁ、楽しみに待ってるよ」


 手を振って、別れる。ベルンハルトが来るときまでちゃんと働いていられるように頑張んなきゃな。


「ルイ、今日は買っていかないのかい」

「おばちゃん悪いな、今日は買い出しじゃないんだ。これから街にしばらく通うことになるかもしれないから、また寄るよ」

「おや、仕事かい?それならまたおいで」


 大通りには顔なじみの店も増えた。気さくな人が多いから、歩いているだけで時々声をかけてくれる。少しは受け入れてもらえてるようで嬉しくなるし、この街のことは結構気に入っている。


 この間シンアルが教えてくれたのだが、ヌルは転生者にとって”始まりの街”らしい。みんなこの街の教会に転生してきて、そこから冒険を始めるそうだ。


 1年ほど前、突如として大量の転生者が教会に現れ始めた。その直前、教会に女神さまからのお告げが複数あったそうだが、ちょっと意味の分からない内容も多かったそうだ。


 教会はそれを何とか解読し、領主とともに受け入れ態勢を整え、事なきを得たそうな。転生者たちはその多くが別の街へと旅だっていき、新たな転生者も現れないため、今は落ち着いているとのこと。


 3か月前のように突如集まって教会を目指すなどの不思議な光景は見られるそうだが、おそらく何らかのクエストなのだろう。俺が冒険者になれるのはいつのことやら。


 考え事をしながら歩いていたら、教えてもらった食堂に着いたようだ。どんぐりの絵が描かれた看板が下がっているからここで間違いないだろう。手伝い希望とはいえ裏口を教えてもらっているわけでもないので、客用の正面の入口から入ることにする。


 店内は清潔感があり、クロスや飾られた花からお店の人の気遣いが感じられた。厨房から流れてくるのか、暖かく柔らかなスープのような良い香りがしてきて食欲をそそる。まだ早い時間だからか客はまばらだが、人気がありそうなお店だ。


「いらっしゃいませ。空いてるお席へどうぞ」


 小さな熊獣人の女の子が声をかけてきた。この娘がアラカかな?


「すみません、客ではなく、シンアルの紹介で手伝いにきました。ルイといいます」

「あなたがルイ?お話は聞いています。ちょっと待っててね。お父さーん、ルイさん来たよー」


 女の子が厨房に声をかけると、それまで厨房からしていた調理音が止み、食堂と厨房をつなぐ入口に大きな影がヌッと現れた。


「お前がルイか」

「あっ、はい」


 デカいな、アラカの外見でクヌも熊だとは思ったけどさ。目元に傷のある大きめの熊獣人だとか、料理人というよりは傭兵っぽい見た目だとか、そういうことは先に教えておいてくれよ。むしろあいつら、わざと教えなかったな?


「クヌ、この子がびっくりしてるじゃないの。そんな目で見ちゃだめよ」


 と、その後ろからクヌよりも一回り小さい熊獣人が出てきて、クヌの横に並んだ。こちらがコナだろう。


「コナ。俺はいつもこんな目だ」

「うそ。こんな子どもで大丈夫かって顔をしてたじゃない」

「む。」

「ルイ君といったわね。ごめんなさいね。シンアルの紹介だし、何よりバルバラ様のお世話をされてる子だって聞いてたのよ。だから大丈夫だって。クヌも分かってたつもりなんだけど、でも、いざ目の前にしたらびっくりしちゃったのよ。もちろん私もね」


 コナさんも熊の獣人だが、こちらはおっとりした感じだ。ほんの少しお腹が大きくなった、いかにもお母さんといった感じ。とても優しそうだ。


「いえ、不安に思われるのも仕方ないと思います。精一杯頑張りますから、だめなところは遠慮なく教えてください」

「あらあら。しっかりしてるのね。クヌ、良かったじゃない。きっと働き者よ?」

「あぁ。ルイ、厨房でも見ててくれ。仕込みが終わったら、仕事を教える」


 クヌはそう言うと、のっそりと厨房に戻っていった。


「あの人、少し言葉足らずだけど、悪い人じゃないのよ」

「えぇ、大丈夫です。早速見させてもらいますね。コナさんもありがとうございました。アラカさんも」

「あたしのことはアラカでいいよ。よろしくね」

「あぁ、俺もルイでいい。こちらこそよろしく」


 早速お言葉に甘えて、厨房を見せてもらう。クヌの体が大きいので、厨房も大きめだ。今は野菜の皮をむきながら、次々と鍋に放り込んでいる。あの巨体からは想像もできないくらい速く、丁寧な作業だ。


 この世界の獣人は、人と獣の特徴に個体差がある。血の濃さの比率とでも言おうか、体毛が濃くて獣成分多めの人もいれば、体毛が薄くて人間に近い見た目の人もいる。共通して言えるのは5本指で2足歩行。目、耳、鼻などは獣の方の特徴が強く現れる傾向があるように思える。あと尻尾もある。


 クヌはかなり熊成分が多めで、胴回りが大きく手足は短めだ。その見た目から動きが遅いように思われるが、機敏な動作とパワフルな動きで厨房を支配している。


「…あまり見られると、やり辛い」

「あ、ごめんなさい」


 でも今は見るのが仕事だから、厨房内の道具類の場所を確認するふりをしながらクヌの動きをチラチラ見ることにする。家事妖精の知識はあるけど、やはり本物の料理人を目の前にすると、知識だけでは駄目だということが良くわかる。ここでの手伝いは俺の料理スキルを向上させてくれるに違いない。


「手が空いたから、仕事を教える。まずはどれくらいできるか確認させてくれ」


 そういって、さっきクヌが皮をむいていた野菜のうち、まだ下処理が済んでいないものと包丁を渡される。クヌ用で少し大きめだが、使えないことはなさそうだ。元の俺自身は自炊してたとはいえ、ただの素人。本格的な料理はもちろんできなかった。


 けれど今の俺は野菜の "洗い"、"皮むき"、"芯を取る"、"切る" それぞれの技術と知識が身についている。この世界で初めて扱う野菜も多いけど、そこはこの体が教えてくれる。


「どうかな。基本的なところは大丈夫だと思うんだけど」

「む。充分だ」


 こんなに小さいのに、とつぶやきながら合格を出してくれた。その後、この店で出している基本のメニューと下ごしらえについて教わった。仕入れによってその日のメニューは変わるが、パンや卵、安定的に仕入れている芋を使った料理は毎日作っているらしい。


 肉や魚などが短期間に大量に冒険者ギルドに納品された時は仕入れ値が大きく下がるので、それを料理して提供することもあるんだとか。ある時期は羊肉が大量に流通したが、地元民はそんなに食べないため、料理方法を工夫するのに苦労したそうだ。


 間違いなく原因は何かの納品クエストだと思われるが、意外と転生者の中でジンギスカンブームが巻き起こっただけだったとか、そんなオチもあるかもしれない。その他、客の注文が入ってからの流れを一通り教えてもらった。


「だいたいこんなところだ。明日から来てくれると助かる。朝から夕方まで。夕方までに仕込みを終えてくれれば、夜は俺だけで大丈夫だ」

「少しくらい遅くなっても構わないよ」

「だめだ。子どもが遅くまで働くもんじゃない」

「ありがとう。じゃあ、明日から、よろしくお願いします」

「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む」


 握手して、今日のところはひとまず終了。コナとアラカにも挨拶して食堂を出た。長く続けるなら自分用の調理器具とか準備しないと駄目かな、今すぐじゃなくて良いか。手伝いは働きぶりを見て給料を払うって言ってくれてたし、貯まってから買おうかな。家でも使うだろうし。そんなことを考えながら帰宅した。

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