第11話 掃除と洗濯
居間や台所、工房などの主要な部屋と、それ以外の場所についてもおおよそ片付けが終わったので、次は掃除である。天井や壁、棚の上を掃除するとほこりが落ちるため、掃除の基本は上から下へ。さすがに大掛かりになるので今は天井まではやらないけど、踏み台に乗れば届くくらいの高さから順にほこりを落としていく。
続いて家の裏の井戸から水を汲み、古布を濡らして拭いては洗う作業を繰り返す。拭いた後の雑巾を洗う、バケツの水の色がおかしなことになってるな?普通は黒っぽく濁るのに、なんで紫やら緑やらカラフルに発色するんだよ!
この数日で変なものとか吸い込んだりしてないだろうな?俺。吸い込んでたとしてもバルバラがぴんぴんしてるわけだし、生き物に良くない物質とかでは無いと信じたい。そんな不安を感じながらも、錬金作業中のバルバラに声をかけて工房に入る。
「工房の掃除するぞー」
「あんた…もういいけど邪魔だけはするんじゃないよ」
俺が家事については妥協しないということを、この数日でバルバラも理解した、というかあきらめたらしい。危険が無い限りは好きなようにさせてくれる。基本的に物を動かしさえしなければバルバラ的には問題ないようで、工房の掃除は片付けのような争いが勃発することなくスムーズに終えた。俺の頭も無事で何よりだ。
本当は壁や床の得体のしれないシミも全て落としたかったが、完全に染み込んだものは建材から削らないとだめっぽい。家事妖精の特性なのか、特殊な薬剤や魔法を使った方法もうっすら思い浮かぶが、今の俺には不可能なことも分かるのが悔しい。いつかこの工房をぴっかぴかにしてやりたい。
「なんで床のシミを見ながらニヤニヤしてるんだい?気が散るだろ?」
「そこだけ切り取ったら変な人みたいじゃないか」
「間違いなくあんたは変なやつだから安心しな」
バルバラには掃除の素晴らしさが理解してもらえないらしい。大変遺憾なので、今日の夕飯の時にでも、優しく丁寧にとことん語ってやるとしよう。
・・・
片付け、掃除ときたら、次は洗濯である。何故この順番かというと、この家には洗剤が無かったからだ。初日にせめて寝具だけでも洗おうと、バルバラに洗濯を申し出た時に発覚した。今までは水洗いだけだったらしい。
主要な部屋を片付けるときに見つけた錬金素材が、洗濯用洗剤や食器洗い洗剤の製作に使用できることが分かったので、バルバラに錬金をお願いした。これが完成したのが、今日である。
「しかしこの色…」
濁った黄色なのに、うっすら光っている。これ使ったら、洗濯物が全部黄ばむんじゃなかろうか。灰や、ある種の木の実が洗剤の代わりになることが家事妖精知識で分かっていたので、工房にあった灰を使おうとしたら目玉が飛び出るほど叩かれた。よほど貴重な素材だったらしい。いつかあの杖を灰にして洗剤代わりに使ってやる。
井戸端で洗濯の準備をしていたら、いちいち水を汲み上げるのは大変だろうから裏山の川でやれと言われた。正確には ”そんなところで洗濯なんかされたら目障りでしょうがないよ。水が使いたけりゃ裏山にたんと流れてるから、好きなだけ使いな!” などと言っていたが。
大量の洗濯物を抱えて家の裏に向かう。言われた方へ歩いていくと、ほどなく小川に行き当たった。魚も泳いでいてバルバラ邸の貴重な食糧源になっているが、そもそも錬金には大量の水が必要になる。
そのため、家の近くに水場があった方が便利なんだと。もちろん、この洗剤は自然に優しい素材でできており、原液でそのまま流しても問題ないくらいだ。この見た目だが。
洗い桶を置き、洗剤と水と洗濯物を入れて、じゃぶじゃぶやり始める。洗濯機に洗剤を入れてスイッチオンという生活に慣れていたが、こういうのも家事してるって感じで悪くな…い?
「ちょ、待っ、何だ!?この泡の量!!」
じゃぶじゃぶを止めても泡立ちが止まらない。それどころか増え続ける泡が洗い桶からあふれ始めたかと思うと、みるみるうちに川辺が泡だらけになっていく。泡の大洪水だ!ふと、洗剤の製作をバルバラに依頼した時のことが思い出された。
・・・
「洗剤?何で洗濯に洗剤なんか要るんだい?」
「洗剤があれば汚れが綺麗に落ちるんだよ」
「そんな綺麗にしなくっても、多少汚くても死にゃあしないよ」
「死にゃあしないかもしれないけど、臭かったり見た目が悪かったりしたら気になるだろ?」
「あたしゃ平気だよ」
「いや気にしろよ」
「まーったく面倒くさいやつだよ本当に。わかったわかった。汚れが落ちればいいんだね?」
「あぁ。片付けの時に見かけたあれとこれを使えばいいはずだから。あと、泡立ちが良くて良い香りがするような感じで頼む」
「注文の多いやつだ。家事妖精ってのはみんなこうなのかね」
・・・
回想を終えて、我に返る。確かに泡立ちが良くて…良い香りがする。さすがはバルバラ。オーダー通りのいい仕事をしてくれたようだ。
川の水で洗濯物の泡を洗い流すと、驚くほど汚れが落ちている。布のくたびれた部分は別として、色合いは新品のようだ。むしろ微妙に発光しているようにさえ見える。・・・だがしかし。
「あいつには・・・限度というものを教えてやらねばなるまい」
辺り一面泡だらけの川辺で全身泡まみれになりながら、妙に光り輝く洗濯物を握りしめて、そう独りつぶやくのだった。
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