第11話 雨

 あれから一月ひとつき程が経った。


 京香と奏音の二人は、以前の様にひっつきべったりとしたり、登下校も、キャッチボールをする事も全くなくなっていた。


 京香は一人で帰ることが多く、時々、愛美と帰っている。奏音も同じであり、時々、河原と一緒になる事があった。


「最近、あの二人どうしたん?」


「奏音が河原と付き合っとるけんやろ?前、言いよったもん、邪魔したくなかって」


 そんな二人の知らぬ所で憶測だけが飛び交っている。それくらいに疎遠となっているのだ。


 しかし、京香も奏音もお互いに全く知らんぷりをしている訳ではなかった。遠くから、互いに心配し、様子を見ていた。それなのに、話し掛けることが出来ない。

 

 今日は朝から今にも雨を降らせそうなどんよりとした分厚い雲が空を低く感じさせている。


「京ちゃん、昼から雨が降るらしかけん、傘ば持っていっとかんね」


 玄関を出ようとした京香へ、母親が傘を渡してきた。それを受け取ると行ってきますと声をかけ、学校へと向かった。


 二時限目の途中で天気予報よりも早く雨がふってきた。


 しとしとと降っていた雨が時間を追うごとに、強くなっていく。昼休み、給食を食べ終わった京香は、それをぼやっと教室の窓の外へと目を向けて見ていた。


 がらりと勢いよく教室の扉が開くと 亜麻色に染めたショートボブをちょんまげの様に上で結び、おでこ丸出しで、整えられた眉に少し垂れた眠たそうな目をした、少しだらしなく着こなしている制服に短いスカートの別のクラスの女子が入ってきた。


 愛美である。


 愛美は教室の入口でぐるりと中を見渡し、京香を見つけるとつかつかと歩み寄って来た。


 「京香、ちょっと良か?話しがあるっちゃばってんさ」


 有無を言わせない口調に京香はこくりと頷く。二人の様子を見ていたクラスメイト達が少しざわついている。奏音も心配そうに京香を見ている。少し愛美が怒っている様に見えたからだ。


 愛美に連れられ教室を出ていく京香。二人で向かったのは屋上に出る踊り場であった。


「なぁに、話しって?」


「単刀直入に聞くばい。あんたと奏音、喧嘩しとるん?」


 いつもの眠たそうな様子ではなく、真剣な眼差しで真っ直ぐに京香を見ている。京香はそんな愛美から目を逸らしてしまった。


「えぇ、私と奏音が?喧嘩なんてしとらんよ」


「そうね。前まであげんイチャイチャしよったんに、最近はいっちょんしよらんどころか、ろくに会話すらないみたいやけんね」


「……」


「なんかあったとね?無理にとは言わんけど、話しなら聞くよ?」


 屋上へ出る踊り場に並んで座っている。京香が口を開くのを黙って待っている愛美。少しして京香が今までの経緯を話した。それを愛美は真剣に話しを聞いている。


「そげんやったんね……そん事ば奏音には言っとる?」


 京香が無言で首を振る。それを見た愛美があからさまにため息をついた。


「言わにゃ……そげな大切な事ば言わんなら逆に奏音、心配しとるよ?」


「だって……」


「だってじゃなかやろ?あんた、なんも言わんと仲良かった友達が急に離れていってん?どげん?自分がなんかしたっちゃろか?って思うやろ。多分、奏音だってそうばい。いくら仲良しったちゃ、言わにゃ分からん事だってあるとばい」


「……」


「早く伝えろっちゃ言わんけど、うちはあんたらがイチャイチャしとるとば見るんが好きやったんやけんさ、はよ仲直りばせんね。頼ったっちゃ良かやん、甘えたっちゃ良かやん。それが友達やろ?」


「……うん」


「あんまり周りに心配かけんな、優ちゃんも、絵理子も佳苗も、皆、お前らの事ば心配しとるけんでさ」


 そう言うと愛美はよいしょっと腰を上げた。そして、にかっと笑う。


「うちもあんたの友達のつもりやけんさ、ほんとに早よ仲直りせなんよ」


 そう言うと、京香へと手を差し出し立ち上がるのを手伝った。二人は並んで歩きながら教室まで戻っていった。


 放課後、京香は奏音と帰ろうと、先に教室を出た奏音の後を追った。靴箱を出て玄関に立っている奏音を見つけると声をかけようとしたが、『一緒に帰ろ』その言葉が口から出る前に止まった。


 奏音が河原と何か笑いながら楽しそうに話しをしていたからだ。そして奏音のさした傘に二人で仲良く入ると肩と肩が触れ合うのも気にしない様子で歩いていく。


「やっぱり……今日は良いや」


 昼は弱かった雨も、今は土砂降りの雨が降っている。玄関から傘をさし一歩を踏み出すのにも躊躇するくらいに。


 隣に奏音がいればどれだけ心強かっただろう。


 既に見えなくなった奏音の後ろ姿を探す様に見ていたが、探しても見つかる訳もなく、京香は諦めて傘をさし土砂降りの中を歩きだした。

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