第3話 夏祭り
「いらっしゃい、奏音ちゃん。どうぞ、入って待ってて。」
木曜日の午後五時。奏音は約束通り夏祭りに行くため、京香の家を訪れインターホンを押すと、直ぐに京香の母親が出てきてくれ、奏音を家の中へと入れた。
「ごめんなさいねぇ、もうすぐ来ると思うけんで……ほらぁ、
母親からの呼びかけに、階段からばたばたと慌てて降りてくる大きな足音が聞こえて来たかと思うと、浴衣姿の京香が姿を現した。
白をベースに淡い紫やピンクの朝顔が描かれた可愛らしい浴衣。
「可愛い浴衣やね、よく似合っとるよ」
奏音はにこりと微笑むと京香の浴衣を褒めた。
「えへへっ、ありがとう」
褒められた京香が少し頬を赤らめ照れている。そして、京香は普段と変わらない格好の奏音のTシャツに短パン姿を見て残念そうに呟いた。
「奏音も浴衣でこれば良かったのに」
「うち、浴衣ば持っとらんけん」
「買わんね、絶対似合うけん」
「いつかね」
そう言葉を交わしながらじゃれ合う二人は母親へ行ってきますと声を掛けると、夏祭りが行われる神社へと向かった。
「人が多かねぇ……」
神社には夏祭りに来た人達で溢れかえり、気を抜くと迷子になってしまいそうである。そんな中を京香と奏音の二人が寄り添いながら歩いているが、それでも行き交う人々の波に揉まれ何度も離れてしまいそうになっていた。
奏音は自分よりも背の低い京香が、頑張って奏音の歩幅に歩こうとしている事に気づくと、すっと歩くペースを落とした。そして、隣に並ぶ京香の手を奏音が包み込む。
「これで……離れんやろ?」
にこりと微笑みながらそう言う奏音に、京香はどきりとした。
「ばり男前やん……」
奏音と手を繋ぎ歩く事なんて特に珍しい事ではなかったはずである。それどころか、京香は日常的に奏音の腕にしがみついたり、抱きついたりしている。
しかし、今日はなぜか照れくさく感じる京香。そんな京香をよそに奏音は頭をぽりぽりと掻いている。
「誰が男前ね。うちはこう見えても乙女やけんね」
「奏音はぁ……見た目は美少女、中身は男前やん」
「なんね、それ」
冗談を言いながらも、京香は心の中が温かくなって行くのを感じた。そして、奏音の顔を見てへへへっと笑った。
「なんば笑いよるん?」
「内緒」
二人はしっかりと手を繋いで歩いた。色んな出店を見てまわって楽しい一時を過ごしている。
「少し休もうか?」
奏音が京香の手を引き参道脇にあるベンチへ誘った。
すっかり日の落ちた空の下、色とりどりの電球が神社の参道を飾り、風に吹かれて提灯がゆらりと揺れている。参道は軒を連ねる出店の灯りでとても明るく、そのせいか、参道から少し離れると余計に夜の闇が暗さを増していた。
二人はそのベンチに腰掛けると、出店で買ったいくつかの食べ物を食べ始めた。
「奏音、たこ焼きいる?」
「うん、いる」
「ならぁ……はい、あーん」
京香はたこ焼きを爪楊枝で取ると、それを奏音の口許へと運んでいく。思わぬ京香の行動に、さすがの奏音も照れている様子が見える。
「いやいやいや……自分で食べれるけん」
「だぁめ、早くあーんしてよ。たこ焼き落ちるけん」
「……あーん」
ぐいっとたこ焼きを差し出す京香に負けた奏音が仕方なく大きく口を開けた。その口の中へとたこ焼きを入れた。
「ふふふっ、美味しい?」
たこ焼きを食べてくれた事がとても嬉しかったらしく、京香の顔に笑顔の花が咲いている。その笑顔を見た奏音は、少し顔を逸らしてうんと一言だけ答えた。
「照れてんの?」
「……照れとらんし」
「だぁい好き」
そう言うと京香が奏音の腕へ自分の腕を絡めて来た。それを振りほどこうとするが、今日の京香は、いつもの様にすぐに離そうとしない。
「暑かけん、離れて」
「良いやん、腕組むくらい」
京香は本当に幸せそうに笑っている。そう思う奏音も自分も京香に腕を組まれた事が嫌ではなく、とても暖かく心地よい気持ちになるのを感じていた。
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