アスタの決意
それから数日間、ヒロシとミーアは、エルフ達それぞれが趣味に使う道具や資料、環境を用意していた。
まあほとんどはネットをポチるだけなので大した作業では無かったけど。
サッカー場や野球場、釣り場、なんかはゴーレムが頑張ってくれたし。
そんなある日、年長組のアスタがヒロシのところにやってきた。
人間の年齢でいえば12歳くらいかな。長命のエルフだから実際のところはよくわからないけど。
「ああアスタ、どうしたの?」
「.....ヒロシ様、実は.......、いやなんでも.....」
「なんだよー、途中で止めちゃって。アスタ言いたいことは何でも言っていいんだよ。さあ、話してごらん。」
このアスタという少年、まだ幼い時にはやり病で両親を亡くしている。
その後レンさんがピーターの兄として育ててきたようだ。
アスタは幼いながらに両親の死とレンさんに育ててもらっていることを理解しているみたいで、何事にも控えめな少年に育ったようだ。
アスタは皆が趣味を決めた時にも何も言わず決めかねていたのだった。
多分遠慮していたんだと思う。
アスタのような境遇の子は他にも数人いるけど、まだ年が小さいから自らの境遇を理解できていない。
だからレンさんを育ての親だと知っているアスタだけが少し消極的(内向的)に見えてしまうのだった。
ヒロシもアスタの事情は前から知っていたんだけど、あえて触れることは無かったし、アスタから話しかけてくることも無かったから、あまり意識しないようにしていたんだ。
そのアスタが、自分からやってきてくれたことでヒロシはすごく嬉しかった。
だけどコッチから話しを誘導するようなことはしない。
こういう子は、誘導されるとその道を選択してしまう傾向があるからね。
せっかく頑張って声を掛けてくれたんだから、アスタの意見をできるだけ聞いてあげたかった。
「アスタ、どうしたんだい?」
「...あのー、趣味... いやなんでもありマセン。」
途中で言うのをやめて立ち去ろうとするアスタ。
「趣味? そういえばアスタは趣味をまだ決めていなかったね。決まったのかい?」
離れようとするアスタの手を取ってヒロシは優しく微笑む。
「...あのー、僕なんかも趣味を持っていいのデスカ?休日をも...」
「いいに決まってるじゃないか。アスタも大人達に交じって一生懸命働いているんだから。アスタだけ無いなんておかしいと思わないか?」
「だって僕は孤児デスシ、皆に迷惑ばかりかけてイルシ...」
「馬鹿だなあ、誰もそんなこと思ってないと思うよ。その小さな身体で毎日一生懸命働いているんだから、誰よりも休日と趣味を楽しむ権利がアスタにはあるんだからね。」
優しいヒロシの声にアスタの目には涙が溜まっている。
「何か興味を引くものがあったのかい?言ってごらん。」
少しの間の後、「これデス」とアスタが指さしたのは電車の写真だった。
エルフ達にこっちの世界を説明するために用意した大量の雑誌の中にそれはあった。
「『鉄道バンザイ』か。なるほど、アスタはこれに興味があるんだね。」
『鉄道バンザイ』は結構古くからある鉄オタのバイブルのような雑誌。
鉄道の歴史や最新車両、珍しい車両や駅の紹介の記事をメインとしている。
鉄オタの90パーセント以上はこの雑誌を見て育ったと言ってもいいくらいだ。(ちょっと言い過ぎかも)
たまには特集記事で本職の鉄道マンもうならせるようなレアな解説を載せているなど世代を超えて鉄オタ達に愛されている。
「俺もね、電車を見るのは好きだよ。今度一緒に見に行こうね。」
「ハイ!!」
内向者に多いうつむき加減のおどおどした目線から一転、キラキラした光を眼に灯したアスタは、本当にうれしそうだった。
「ヒロシ様ありがとうございマス。アスタのこんな、...こんな嬉しそうな顔を見るのはホント久しブリデ...うううっ」
いつの間にか近くに来ていたレンさんの目にも涙が光っていた。
アスタが皆のところに戻ってしばらくしたら、子供達が大勢ヒロシの元に集まってきた。
「この子達もアスタの話しを聞いちゃいマシテ...」
レンさん達の控えめな声に、「じゃあみんなで行こうね。」と軽くこたえるヒロシとミーア。
「じゃあまずは出かけるための支度をしなくちゃねー。
そうだレンさんとー、ムムさんもー一緒に行くー?」
「私もご一緒させて頂きたいのデスガ」
ミーアの呼び掛けに学者のラシンさんも名乗りを上げる。
「じゃあこっちの服をそろえなきゃねー。」
ミーアはすでにレンさん達と通販サイトを覗き込んでいる。
エルフ達の見た目は俺達とあまり変わらない。
ちょっと耳が長いけど、髪の長いレンさん達なら問題ないだろう。
子供達やラシンさんにはマフラーでも巻いておいてもらおう。
結界の外はまだ寒そうだしね。
こうして2週後の休日に総勢8名で鉄道見学ツアーが行われることになったんだ。
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