戸籍が無いねえ
俺達2人は電車を乗り継ぎ目的の海浜公園にたどり着いだ。
4,5年ほど前まではこの近くに巨大な遊園施設があったんだけど、当時発生した南米沖大地震の巨大津波の影響で海に沈んじゃって、長野県に移転してしまった。
この海浜公園も水に沈んだんだけど、災害避難場所にも指定されている場所だったので作り直されたんだ。
公園には様々な遊園施設から移設された一部のアトラクションがあったり、グランピング用のキャンプ施設があったり、ヘリポートを利用した遊覧ヘリがあったりと家族みんなが楽しめるようになっている。
「早くー、早くー。」
飛び跳ねるように走るミーアに手を引っ張られながら、公園の門をくぐり最初に見えるお城のアトラクションに向かうのだった。
「大きぃーね!」
地上30階建て分の高さがあるこのアトラクション。外見は中世ヨーロッパのお城そのものではあるが、内部は強固な構造の災害時避難スペースとして利用できる。
アトラクションとして使用されるのは1Fのエントランスの一部と30階の展望台の一部であり、その他は約2万人が一時避難できるように設計されているのだ。
「耳がキーンってなるし、何か身体が浮いている感じがするよ。」
「そーかミーアはこっちではずーっと猫だったから、高速エレベータを知らないんだね。
今高さ100メートルくらいまで上がっているんだよ。」
「うーん?100mってどのくらい?」
「そうだねー......そうだ!前にアシオシティの銅山に上ったでしょ。覚えてる?
あの山の頂上と同じくらいの高さだと思うよ。」
「へえー。でもさあ、この耳キーンっていうのは急に高いところに上るからなるんじゃなかったっけ。前に青の高さまで飛んだ時はならなかったよ?」
「ミーアよく知っているじゃないか!
たしかに急に気圧が変わったらキーンってなるよね。
本当ならあの時もキーンってなってたと思う。でもミーア、魔法で飛ぶ時って風をよけるために空気の幕を張ってから飛ぶでしょ。
空気の幕を張っていると中の気圧が変化しないから変わったことに気付きにくいんだよ。」
「???????? まーいいっか、もう耳も普通になったし。
それよりもあの景色すごいね。」
「あっ、こら、ミーア走っちゃだめだよ。みんなと同じようにゆっくりとね。」
エレベータの扉が開き、走り出そうとするミーアの腕を引っ張りつつ人間としての常識を教えていかなくっちゃなと思うヒロシだった。
ミーアの言う通り展望台から見える景色は見事の一言に尽きた。
東京を含め神奈川、千葉の海岸線から広がる海には無数の人口島が作られ、その島には巨大な公園と10階建てくらいのビルが不規則にたくさん並んでいる。
あの人口島は防災設備の一環で、先の大津波を教訓として波の勢いを止めるために造成されている。ビルはカーボンナノチューブ製で地下深くまで掘削して土台を作ってあり、ビル自体も柔軟な構造になっているため簡単には倒れなくなっている。
もちろん日本で巨大地震が発生した時の避難場所としても設計されているらしい。
また島自体も魚との共存を第一に考えられているので、人工島自体が魚達の生息域として豊富な漁場となっているのだ。
またそれらのビル群は港としても機能しており、海外を含めた多くの船舶がこの人工島を利用することで、経済的にも非常に価値の高いものとなっていた。
「本当にきれいだね。しばらくこっちに来てなかったから、俺も初めて見たよ。」
人工島に作られたビルは灯台の役目もしており、それぞれが様々な色で輝いている。
今はまだ明るいからよく分からないところだが、このイルミネーションのような明かりは日が落ちてくると一層きれいなものになるだろう。
ちなみにビルが放つ色にはそれぞれ意味があり、民間用、外国船タンカー用、軍事用等国際標準化されているらしい。
能天気に展望台から外を楽しんでいるミートはうらはらに、ミーアに引っ張られながら展望台を周るヒロシの頭の中には今朝の出来事が思い出されていた。
そう、マンションを出るときに3軒隣のおばさんに声を掛けられた時のことである。
あの時はとっさに孫と言ってごまかしたが、榎木広志は40代からあのマンションに猫のミーアと2人暮らしである。
広志にとっては2人でも他人から見ると独身世帯。
そもそも見た目18歳と15歳の2人が出入りしていること自体が怪しいのだ。
また、2人には戸籍が無い。
ミーアはもちろん、厳密には75歳の広志には戸籍があるが18歳のヒロシにも戸籍が無いのだ。
これまで広志は出来るだけマンションの住人には係わらないように生活してきた。
中年独身男性の一人暮らしでかつ一般的にも近所付き合いが希薄になってきたこともあるから、特別広志がおかしいわけでも無かったのだが。
また郊外のさびれたマンションを選んだため、住人自体が少なかったことも近所付き合いが希薄な要因のひとつでもあった。
「これからどうするかなあ。」
「うん?」
「いや、何でもないよ。ミーア楽しいかい?」
「もちろん!!!!」
ピーナッツ味のソフトクリームを頬張りながら笑顔のミーアを見て、ヒロシは『後で考えるか』とこの場では現実逃避するのであった。
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