第5話 令嬢の隠れ家
「二人は古いトンネル跡の前で車を止め、中に入っていったんです。私は向こうから見えづらい場所を選んで車を止めてもらい、二人が戻って来るのを待ちました。すると……」
私は慎重に言葉を選んで話す沙都花の様子を、固唾を飲んで見守っていた。
「戻ってきたのは、彼だけだったんです」
「えっ」
「そこは先が塞がっているトンネルで、一人で残るような場所ではありません。しかも彼はそのまま彼女が運転してきた車に乗り込むと、彼女を待つことなく発車させてしまったんです」
「じゃあ彼女は……」
「置き去り、というかトンネル内でわかれたとしか考えられません。私は引き返してトンネルの中に入ってみました。車が無い以上、帰ることはできない。いったい暗いトンネルの中で何をしているのだろう。そう思って行きどまりになっている地点まで足を進めました」
「彼女に会うことはできました?」
「………いいえ」
私は思わず「どういうこと?」と叫んでいた。浮気話から一転、これではまるっきり怪談だ。
「突き当りの壁の前にあったのは小さな土の山と、そして彼女が着ていた赤いワンピース、それだけでした」
「ワンピースが?服だけを残して本人が消えてしまったって事?」
「……たぶん。それで私も怖くなってそのまま家に帰ったんです。彼は私が戻ってから一時間くらい後に何事もなかったかのような顔で帰ってきました。私はもう、なにがなんだかわからなくなってしまって、問いただすこともできませんでした」
「その消えたお相手の事を私たちに調べて欲しいと、そういうお話ですね?」
「ええ。名前は
「令嬢カフェ?……なんです、それ」
「可愛い女の子がドレスを着て、お客さんにつんけんした態度を取るんです」
「つんけんって……それがサービスなの?」
「はい。男性の中には何を言っても冷たくされるのがたまらない、という方がいるみたいです。彼がそうだったというのは意外でしたが……」
沙都花は不可解そうに眉を顰めながら言った。無理もない、家に帰れば正真正銘の『令嬢』がいるのに、偽の『令嬢』のいるカフェに通っていたのだから。
「で、その消失事件の後、お相手はどうなったんです?」
「それが、何事もなかったかのようにお店に出ているらしいんです。……さすがに私は行けませんが」
私は混乱した。わざわざ消失を見せるためのデート?確かに不可解だ。
「私としては、仮に後ろめたいことがなかったとしても、そんなお化けみたいな人とは早く縁を切って欲しいんです」
「なるほど、それで直接、問い詰める前に彼女の正体を知っておきたいと。……そういうことですね?」
私があらためて確かめると、沙都花はこくりと頷いた。
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