第20話 それぞれの準備(ハンス編)その2
リンドバーグとレミリアが並んで歩いている。
レミリアは造形も良く、誰が見ても美人と言うだろう。
なのですれ違う殆どの男は振り返り、二度見をしていた。
その優越感からリンドバーグの気分も上がる。
元B級冒険者のリンドバーグにとってS級冒険者のレミリアは高嶺の花であった。
勿論、尊敬するハンスとの間柄も知っているので、怖くて横恋慕なんてしていない。
しかし美しくそして強い女性に対して、多少の魅力を感じるのは事実だ。
「ねぇ、ねぇ。装備作るのは聞いていたけど、前金で金貨千枚ってどれだけ凄い装備作るんだろね?」
「ハンス様はかなり気合が入っていました。注文内容は聞かされておりませんでしたが、超高級装備には間違いないでしょう。次のアタックの予算も金貨三千枚っと……」
その金額を言った瞬間、レミリアの瞳が再び見開いていた。
「金貨三千枚ですってぇぇ!!!」
しまったと一瞬だけ思ったが、口に出したからには仕方ない。
今から口を閉ざして機嫌を悪くされる方が面倒だと考える。
どうせ、自分がここで沈黙を貫いたとしても、後でレミリアの方からハンスに直接聞けばハンスがレミリアに話すだろうと判断した。
なのでリンドバーグはハンスから聞いた事をレミリアに話した。
「アイツそんな貯金持ってたの? でも金貨三千枚ってギルドの年間運営費並みよ」
「それだけ、ハンス様も本気だって事です」
「ふーん」
レミリアはそっけない返事を返した。
その後リンドバーグとレミリアは【アドバンス工房】にたどり着く。
建物はかなり大きい、店内に入るときらびやかな装備品や装飾品が並ぶ光景に度肝を抜かれた。
「流石はこの国一番と言われる【アドバンス工房】…… 圧巻だな」
「そう? 私達はたまに来るから見慣れているけどね」
この【アドバンス工房】の装備はどれも高品質なのだが、それなりに高級品でもある。
とてもB級冒険者が買える代物ではなかった。
なのでリンドバーグは初めて【アドバンス工房】に入ったのだ。
すぐに店員が近づいてきたので、要件を話し店長に取り次いで貰うように頼んだ。
金額が金額だけに直接渡さないと後でトラブルになるからだ。
店員が戻ってくると、店長が急用で少しだけ出ているとの事だ。
すぐに帰ってくるらしいので、そのまま店で待たせて貰う事にした。
二人は各々展示品を見て時間を潰す事になった。
(凄い高い商品ばかりだな。こんな高価な装備、俺には買えそうもないな)
商品を見つめながらそんな事を考えていると、遠くでレミリアの歓喜の声が聞こえた。
その後すぐレミリアがリンドバーグの元に走ってきた。
「リンドバーグ、ちょっと来なさい」
「えっ!? なんですか?」
「いいから、早く!!」
リンドバーグは手を引かれ強制的にアクセサリーコーナーに連れていかれた。
「ねぇ、ねぇ。これを見てみて」
レミリアが大きな宝石が何個もついたネックレスを嬉しそうに指をさす。
「はぁ…… これがどうしたんですか?」
「ずっと探していたネックレスなのよ。この大きな宝石がレアで中々出回らないの。魔力と威力を増大させる効果もあるんだから」
「そうなんですね」
「ねぇ……」
レミリアは体を擦り寄せ、急に甘えた声を出してきた。
リンドバーグはびっくりしてレミリアの方に顔を向けた。
「どうしたんですか? 欲しいのなら買えばいいじゃないですか」
「私って最近ダンジョンに潜っていなかったから、持ち金が足りないのよ」
そう言われ、値段表に視線を移してみる。
「高っ金貨百二十枚!!」
「逆よ逆、ハッキリ言って安すぎるわ!! これは超お買い得品よ。多分明日には売れてしまっているわね」
自信ありげにレミリアは意味の分からない事を言い出してきた。
リンドバーグは嫌な空気を感じ始める。
「じゃあ、持ち金で手付だけ払っておいて、後で買ったらどうなんですか?」
「だから今は手付のお金がないって言っているでしょ!! ちゃんと話を聞いていたの???」
「聞いていましたよ。じゃあどうすればいいんですか? 俺も手付で払うようなお金持ってないですよ」
「あるじゃない? そこに金貨が千枚も!!」
レミリアは悪びれることもなく、リンドバーグが大事そうに抱える袋を指さした。
「なっ何を言っているんですか!? これは装備の前金なんですよ? これを払わなかったら装備を作って貰えないんですよ? レミリア様、貴方もご存じでしょ!?」
「分かっているわ。でも大丈夫よ。ハンスには前金はちゃんと渡したって言えばいいのよ。だけど装備作製に時間が掛かるみたいっていうの。そう言っておけば前金を渡すのがちょっと位遅れても大丈夫でしょ?」
「何を馬鹿な事を言っているんですか!? そんな事出来る訳がないでしょ」
リンドバーグが必死に食い下がりそう言った瞬間、レミリアの表情が凍り付いた。
その表情を見てリンドバーグの背中に冷や汗が流れる。
「じゃあ。もういいわ。次来た時にもしもこのネックレスが売れていたらアンタ覚悟しなさい。絶対に許さないから!!」
リンドバーグの直感がヤバいと警告をならした。
レミリアの機嫌を損なえば、自分の知らない所で何を言われるかわからない。
ある事ない事言われて、ハンスに嫌われるのは避けたかった。
無言で考え続け、大きくため息を吐いた。
「…………手付だけですよ。それと手付はすぐに返して貰いますからね。そうしないと装備が作れないんで!!」
(手付なら金貨十枚か二十枚位だろう…… その位なら最悪、俺の貯金で賄えば…… その位の貯金ならある)
リンドバーグはそんな事を考えていた。
「やったー。リンドバーグありがとう。解ってくれて本当に嬉しいわ」
レミリアが興奮の余り抱き着いてきた。
その豊満で柔らかい体の感触が体を包み込む。
一瞬だけリンドバーグ惚けた表情を見せてしまった。
レミリアはその表情を見逃さなかった。
すぐに店員を呼び、手付の話に移る。
「申し訳ございません。実は手付はやってないのです」
「えっ そうなんですか? どうして……」
「昔、手付だけ払って、その後何年も商品を買いに来られないお客様がいらっしゃいまして、商品も売れないし困った事がありまして、それ以来手付は受け取らない事になっております」
隣を見ると再び機嫌を悪くしたレミリアがいた。
レミリアの心は既に購入する気になっていた。
だから購入したいという衝動をどうしても止める事が出来なくなっているのだ。
「わかりました払います。リンドバーグお金を出しなさい」
「へっ? レミリア様……」
「リンドバーグ、アンタ言ったわよね。お金をその金貨から出すって!! 私はどうしてもこのネックレスが欲しいの。それは解るわよね」
レミリアの圧が凄い。
その圧に押され、リンドバーグはその身を引いた。
「買いたいと言うのは分かります。ですが私は手付だけって言ったんですよ」
「じゃあ、いいわ。帰ったらハンスに言ってやるんだから、リンドバーグが私にアクセサリーのお金を、装備の前金の中から渡そうとしてくれてたって。これは嘘じゃないからね。それを知ったハンスがどう思うか解っているわよね? ハンスはアンタが私に色目を使ったと思うはずよ。それでリンドバーグ、アンタは終わりよ」
「そんなぁ……」
「でも大丈夫よ。私が話を合わせてあげるから。それに払ったお金はポーションとか、アイテムの資金から今回使った金貨を補充したらいいのよ。アイテムなんて買い叩けば幾らでも安くなるわ。それで解決よ。アンタもう共犯だからね。逃げれないわよ!!!」
リンドバーグは大きく肩を落とした。
ハンスを裏切る訳には行かない。なので金は絶対に出したくはない。
けれど出さなかった時、怒り狂ったレミリアがハンスに嘘を吹き込み、嘘を信じたハンスから捨てられるのも耐えられない。
思考が錯乱し、どれが正解なのか? 自分がどう対応すればハンスの傍に残れるのか考えられなくなっていた。
結果、リンドバーグはポーションとかの費用から流用したらいいと言う、レミリアの甘い誘惑に流されてしまったのだ。
そのままリンドバーグは力なく、本当に金貨百二十を支払ってしまう。
これで前金は渡せなくなってしまった。
ネックレスを手に入れた二人は急用が出来たと伝え、店から出ていった。
「ありがとうリンドバーグ!! 大丈夫心配しないで、私は貴方の味方なのだから」
満足げな笑顔でそう告げられた。
(俺を脅迫してそのネックレスの代金を無理矢理出させたのに、味方って言い方はなんなんだ!? 何故か俺が主犯になっていないか?)
リンドバーグはレミリアの思考が理解できなかった。
しかしリンドバーグはレミリアのその言葉に頼る事しかできない。
今になって何故金貨を出してしまったのかと心底後悔する。
もしあの時に戻れるのなら、迷っていた自分にハンス様を裏切らず、本当の事を打ち明けろと殴ってやりたい。
「……本当に頼みますよ」
しかしなってしまった事は仕方ない。
リンドバーグは懇願する様にレミリアに声をかけるしか出来なかった。
「ねぇ……見てこの宝石、本当に素敵……」
しかしレミリアは買ったばかりのネックレスを首に着け、リンドバーグの話も聞かずに見入っていた。
不安を覚えながら、執務室に戻ったリンドバーグにハンスが声を掛けた。
「リンドバーグ、ご苦労だったな。前金は渡したのか?」
「えっはっはい!!」
「納期に時間が掛かるって言っていたわよ。また納期が解ってきたら連絡をくれるって」
「前金の受取書は貰ったか?」
「大丈夫よ。ちゃんと貰ってあるわ。この部屋に来る途中にパーティー用に設置されてる金庫にしまったのよ。そこじゃダメなの? そうよねリンドバーグ?」
「はっはい」
ハンスは一瞬、リンドバーグを見つめた。
この時、ハンスは大きなミスを犯す。
リンドバーグは身を挺してシャルマンの追及から自分を守ってくれた。
更に冒険者なのにポーターになり下がる事も何も言わずに了解してくれた。
普通に考えれば、これ程、自分に対して忠義を尽くしてくれるリンドバーグが嘘を吐くはずはない。
もしここで疑えば、作り上げてきた信頼関係に亀裂を作ってしまう可能性が高いだろう。
失敗続きで味方が少ない今、これ以上味方を失う訳にはいかない。
リンドバーグは必要な人材なのだ。
ハンスは打算的に二人の言葉を信用する事に決めた。
だがその判断が自分の首を大きく絞める結果になるとは思わなかった。
「それならいい。そのまま保管しておけ」
リンドバーグの方はヤバいと冷や汗を流していた。
しかしハンスの想いとレミリアが約束通りフォローを入れてくれた事により、何とかこの場を乗り越える事ができた。
リンドバーグの方もレミリアが言った事は本当の様でホッと胸をなでおろしていた。
それと同時にリンドバーグは、平気で嘘を吐くレミリアと言う女性に対して心の底から恐怖を覚えた。
しかしこれで終わりではなく、悪女に目を付けられたリンドバーグの不運はまだまだ続く事になる。
一方、ハンスも自分が知らない内に、まさか最も信頼している二人に足を引っ張られているとは、この時は想像できる筈もなかった。
ハンスは注文もされていない装備が出来上がるのを待ち続け、何ヶ月も無駄な時間を過ごす事となる。
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