恋人

@Akatuki-217

僕の恋人


 僕には恋人が二人いる。

本命の恋人と、遊びの恋人が一人ずつ。先に言っておくが僕は浮気をしているわけじゃない。なぜなら遊びの恋人、彼女には恋人がいるからだ。つまり彼女もまた僕と同じように本命の恋人と遊びの恋人がいる。では、浮気ではないとして、何故僕らは付き合っているのか?それは簡単な話だ。僕らは本命の恋人ではできないことを埋め合う為に付き合っている。要は需要と供給である。

 さて、本当は僕が愛してやまない本命の恋人について話をしたいところだが、それはまたの機会にして、今回は遊びの恋人の話をしよう。


 今日は遊びの恋人、彼女との楽しいデートである。いつも通り少し遅れて待ち合わせ場所に着くと既に待っていた彼女がこちらに気づいて駆け寄ってくる。僕が待たせてごめんね謝るといつものことだからと笑い、彼女は僕を見て髪が伸びたと一言感想を言って、僕は彼女の言葉に今週末には切ろうと思っているよと返す。

 一ヶ月ぶりに会った彼女はいつもと同じようにデートだからとおしゃれしている。高校に入って茶色く染めた長い髪は緩く三つ編みにされて、彼女にしては珍しく丈が長い可愛らしいワンピースを着て、おまけに僕がこの前あげた土星のネックレスをつけている。全身僕好みのコーディネートだった。僕が彼女の服装を褒めると彼女は顔をにやつかせて笑ってどストライクでしょ、と誇らしげに言った。僕は完敗だと笑ってみせて彼女の手を取り歩き出す。


 僕らは付き合う前提としてお互いに本命の恋人がいるわけで、もちろん本命の恋人よりお互いを優先してはならないし、本命の恋人よりお互いを好きになってはいけない。僕らの関係はあくまでも遊びなのだ。本気になってはいけないし本気より優先してはいけない。これが僕らが付き合う上で定めた絶対的ルールである。


 今日は何を観たいかと、僕らの今日のデートのメインイベントである映画館に着いたところで彼女に尋ねると、彼女はしばらく悩んだ後流行りの恋愛映画の英語版を選んだ。彼女は、最近英語で映画やテレビを観たり本を読むのが好きなのだと僕に話した。なるほど、今朝から彼女の反応が妙に英語を交えたりアメリカンちっくだと感じたのは、それの所為だったのか。残念ながら僕は英語はからっきしなのだが、幸い字幕が付いているようなので何とかなるだろうと思い、彼女の要望通りにその映画のチケットを買う。

 彼女は映画を観るのが大好きで、僕らのデートの大半は映画観賞に費やされているのだ。彼女は僕が気に入った本を何度も読むように気に入った映画を何度も観る。本命の恋人や友達にそれを付き合わせるのは悪いから、と一人で行くことにすると話を聞いた時、僕が一緒に行こうとつい言ってしまったのである。おかげでデートの内容には困らないし、好きなものを観ている彼女の真剣な眼差しはとても魅了的であるので後悔はしていない。これから観る映画を僕は観たことがなかったが、彼女は既に本命の恋人と観たそうだ。

 ポップコーンもコーラも買わずに僕らが劇場内の席に着くとしばらくして上映が開始された。スクリーンの中では中学生ぐらいの二人の男女が初々しく恋に胸を痛めている。僕にもこんな時代があったものだ、それこそまだ恋を知らなかった頃が懐かしい。まあ、それもほんの数年前のことだけれど。彼女は一体いつから恋を知っていたのだろうか。僕の本命の恋人は僕にとって初めての恋人なのだが、彼女は今までに何人か恋人がいたようだ。しかし彼女は昔の恋について話してくれないので、僕も彼女の今までの恋人についてよく知らないままである。

 そんな考え事をしていると映画も終わりに近づき、想いを通わせた男女がお互いを見つめ合っている。僕は、そういえばこんな風に彼女を見つめたことが記憶にないなと彼女に視線を移す。丁寧に巻かれた前髪、コンプレックスだといつも嘆いている一重、スクリーンを見つめるその瞳は涙に濡れて、頬にきらきらと一筋の光が見える。スクリーンからの僅かな光で照らされる彼女はとても孤独に見えて、僕は彼女のそんな姿を見ているのが、彼女の本命の恋人に少し申し訳なく思った。


 映画が終わりお腹を空かせた僕たちは少し遅めの昼食を取ることにした。映画館のビルのフードコートで僕はサンドイッチを、彼女はうどんとおにぎりを買って席に着いた。彼女は見かけによらず大食いだ。あの小さく細い身体のどこにあれだけの食べ物が入るのかといつも不思議に思う。彼女はとても美味しそうに笑顔で食事をするので、それを見ているこちらとしては可愛い彼女の幸せそうな笑顔は見ているだけで幸せな気持ちになる。僕は彼女と同じタイミングで食べ終わるように気を遣いながら、ちまちまとサンドイッチを食べ、彼女がおにぎりを頬張る様を見ていた。彼女は僕の視線に気づき食べる?と首を傾げてきた。可愛い。普段は一人でも生きていけると大人ぶっているのに、デートの時は子どもでいいの!と甘えてくるのは反則ではないだろうか。僕は彼女の誘いを断ると残りのサンドイッチを口に放り込んだ。

 それから僕達は彼女が新しい服が欲しいと言ったので、服を見て回ることにした。本命の恋人とのデートが近いそうだ。本命の恋人とは最近上手くいっていないと聞いていたのだが、デートの約束があるということは、コミュニケーションはきちんと取っているらしいと安心した。

 彼女のお気に入りの店に入り、店内を見て回る。彼女が淡い桃色のワンピースを手に取り、自分の前に合わせ僕にどうかと尋ねてくる。可愛いとは思ったが、僕は彼女が持っているワンピースと同じ種類の、淡い水色のワンピースを手に取ってこっちの方が似合うよと彼女に合わせた。じゃあこっちにすると言って彼女は僕の手からワンピースを受け取ってレジへと向かって行った。それから僕らはアクセサリーショップを覗いたり、彼女の買ったワンピースに合う靴を探して歩き回った。


 彼女の目的が果たせたところで、少し疲れた僕らはカフェに入って休憩してから帰ることにした。彼女とは久しぶりに少し話をしたかったので丁度良い機会である。彼女は運ばれてきたコーヒーにいつものように砂糖もミルクも入れず、一口啜ると隣りのチョコレートケーキを口にした。美味しい、とつぶやき顔を綻ばせる彼女。

 本命の恋人とは上手くいってるかと僕が尋ねると、彼女はフォークを置いてあんまり、と悲しそうな顔で言った。彼女によると、最近小さなことでの喧嘩が多くなったそうだ。些細なことで腹を立てる彼には参ったものだと、彼女は呆れ顔でため息と共に吐き出した。彼女は腹立たしい気持ちを押し込むようにケーキを頬張ってもぐもぐと咀嚼しながら、そっちはどうなのと訊いてきた。僕は本命の恋人を思い出しながら、いつも通り順調だよと答える。本命の恋人とは昨日も会ったばかりだし、今日も会う予定だ。付き合って半年ちょっとになるが、喧嘩もなくほとんど毎日一緒に居る僕と本命の恋人の仲は充分良いと言えるだろう。

 彼女はそんな僕を見て次の人探そうかな、とケーキをつつく。僕は冗談めかしく、僕だけにしておけば?と紅茶を飲む。彼女はそんないつもの冗談に呆れたように、所詮遊びだって言ったのは誰よと手を振る。僕がフラれたと笑うと、不意に彼女が、私達は別に恋人じゃなくていいよねと声を漏らした。僕は突然の彼女の言葉に驚きつつもそうだねと同意する。煩わしくなったら好きに切り捨ててくれていい、所詮遊びなのだから。まあ、それは遊びに限った話じゃないけれど、と僕は続ける。彼女は恨めしそうな顔をして、それができたら苦労なんてしてないと口を尖らせた。


 僕の遊びの恋人である彼女はとても魅力的で、どのようにすれば異性が自分に寄ってくるかがよくわかっている少女であった。彼女は自分の魅力をよく理解していて、その魅力の引き出し方を心得ている。自分の為なら努力を惜しまない、実に努力家で健気な女の子なのである。それ故彼女は同性によく嫌われたし、異性にはとても好かれた。彼女は大抵いつも恋人がいるが、半年も続いたことがない。僕は彼女の話からしか恋人のことを聞かないので細かいことはわからないが、彼女の恋人は大抵浮気性だった。別れた時、彼女はいつも泣きながら電話してきて僕にもう誰とも付き合いたくないと愚痴を零す。そして一週間か半月経つと、新しい恋人ができたと今度は嬉しそうに話すのだ。

 傷つくことをわかっていながら恋人をつくるのは彼女の悪い癖だ。僕なら彼女にそんな傷を負わせないのにと、うっかり彼女の前で言ってしまったのはたった三か月ほど前のことで、それから僕らは付き合い始めた。うっかり洩らした言葉だが、僕は思いつきで言ったわけではない。僕が彼女の恋人なら、彼女をこんな風に泣かせたりせずに大切にするのにと、電話の向こうで泣く彼女の声を聴きながらいつも思っていたことだった。僕にそれができないことは充分理解してはいたけど、少しでも彼女を笑顔にしてあげたくて僕は彼女と付き合うことにした。もちろん、僕には既に恋人がいたので遊びで付き合うということになってしまったのだが。結果として良かったのだろうか。


 僕らはしばらくお互いの恋人の話をしたりして、彼女の門限が近づいてきたので帰ることにした。彼女を駅まで見送り、僕は帰路に着いた。

 帰りの電車の中で僕は携帯を開くと、本命の恋人からのメールを返す。返信はすぐに来た。自宅の最寄り駅に着き、改札を出ると本命の恋人が迎えに来てくれていた。僕がただいまを言うと恋人はおかえりと言って微笑んだ。楽しかった?と言う恋人に僕は楽しかったよと返し手を取り歩き出す。

 日は既に落ちていて、暗くなり始めていた。僕はさっきのことを考えていた。僕は彼女を助けたくて恋人になったが、それは間違いだったのだろうか。僕はちゃんと彼女のことが好きで付き合っているけれど、彼女は僕のことをどう思っているのだろう。そんなことを考えながら、ふと隣の恋人に目をやると恋人は僕の視線に気づき、少し恥ずかしそうにどうしたのと笑った。僕はもう何でもいいんじゃないかと思えた。

 


















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