【WEB版】ガリ勉くんと裏アカさん ~散々お世話になっているエロ系裏垢女子の正体がクラスのアイドルだった件~

鈴木えんぺら@『ガリ勉くんと裏アカさん』

第1章

第1話 RIKA@裏垢 その1



 RIKA@裏垢

 今日の見せ


 ※


 光源に照らされた肌は透きとおるように白くて眩しかった。

 ワイシャツのボタンはすべて外されていて、黒いブラジャーに包まれた胸元が大胆に露出している。

 大きな胸だ。くっきりと『I』の字が刻まれている。きれいに梳られた黒髪がひと房、魅惑的な谷間に流れ込んでいた。

 視線を下ろしていくと、すべらかな腹と可愛らしいおへそを経て下腹部へ。曲線の艶めかしさに感嘆のため息が漏れる。

 ショートパンツから伸びる脚はスラリとしている。程よく肉がついていて病的な細さではない。

 なお、大切な部分はショートパンツによって隠されている。フロントのホックが外されていてギリギリまで見えた。

 顔はスマートフォンに隠されていて明らかにされていないが、ピースサインがやけにエロい。



 ☆


 

「今日も『RIKA』さんは最高だな」


 マンションの一室でひとりスマートフォンとにらめっこしつつ、喜びのあまりずり下がった眼鏡を中指で定位置に戻す。

 高校に通ってアルバイトへ行って、帰ってきたら家事を片付けて、残った時間は予習復習。

 そんな慌ただしい暮らしを日々営んでいる『狩谷 勉かりや つとむ』の数少ない趣味、それがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だ。

『趣味:SNS』と言っても何でもいいというわけではなく、目的もなくダラダラと眺めているわけでもない。


 勉が好んで閲覧しているのは……いわゆる『裏垢』である。


 SNSには裏垢と呼ばれるアカウントがある。

 原義は『自身のアカウントとして開設した本来のアカウントとは別に設けた匿名のアカウント』とされている。

 用途は多彩でひとつに絞ることはできないが、概ね自分が本来用いているアカウントではできないことをするために活用される。

 勉は別に裏垢の良し悪しを語るつもりはない。誰だって表沙汰に出来ないことや堂々と口にできないことのひとつやふたつはあるだろう。

『本当の自分』的な問答はともかくとして、自由にはっちゃけたい気持ちは理解できなくもない。だから勉は裏垢を否定しない。

 ……もっとも、勉がチェックしているのは写真投稿――正確にはエロ写真を投稿しているアカウントだから褒められた話でもない。

 自身も裏垢を見るときは裏垢を利用しており、表のアカウントと紐づかないよう気を付けている。


 一日のアレコレを終えて、ようやくひと息つける頃合い。

 テレビ番組には興味がなく、パソコンの電源を入れるのも煩わしい。

 そういう時に便利なのは、何と言ってもスマートフォンだ。


 ゴロンとベッドに寝っ転がってディスプレイを覗き込む。

 表示されているのは、昨年の夏あたりに発見した『RIKA』というアカウント。

 全体的にスレンダーな体型の中でアンバランスに存在を主張するバストが生唾もの。

 身体はどこもかしこも間違いなく一級品で、露出度高めでサービス精神旺盛。

『自称:女子高生』の真偽はさて置き、これで人気が出ないわけがない。


『エロすぎる。ヤバい(語彙崩壊』


『ワイシャツ脱いで!』


『『RIKA』ちゃんの胸を包むブラジャーになりたい』


『もっと、もっとエロを!』


『女神』


 投稿された写真に続々とぶら下がる絶賛コメント。加速する『いいね』を勉もタップ。

 エロが大好きなのは同じだから、人のことを言えた筋ではない。

 彼らは同好の士であり、下手な友人よりも心が通じ合うことがあるのはいいことなのか悪いことなのか……


『RIKA』の更新は不定期だが、頻度は高い。投稿はだいたい宵の口から深夜にかけて。

 フォローしているから見逃すことはないとは言え、毎日この時間帯は気が気でない。

 今日も早速大量のリプライが並んでいる。どれもこれも欲情一直線のコメントばかり。

 勉はまだコメントしたことはない。軽い気持ちで書き込めばいい気がするものの……どうにも手が伸びない。

 自分は遠くから見守るだけのスタンスでいい。臆病者チキンの自覚はあった。


「『RIKA』さん、今日もありがとうございます」


 高校に入ってひとり暮らしを始めて、はや一年ほど。

 故あって自ら望んだこととはいえ、当初は疲労困憊の日々を過ごしていた。

 心身ともに疲れ切っていたある日、ツイッターで偶然発見したエロ写真。

 アカウントを遡ると、投稿されていた画像が大量に溢れ出た。

 全身に圧し掛かっていたはずの疲れは、一瞬でどこかに吹き飛んだ。


 勉は真理に触れた。

 エロは人を救うのだ。

 

「どういう人なのかは……考えるべきじゃないんだろうな」


 隠された顔を軽く指で突いてみる。『RIKA』は顔を出さない。

 5ケタにも上るフォロワーは、きっと誰もが顔を見たがっている。

 でも、それを口にする者はいない。どいつもこいつも変なところで妙に律儀というか。

 ……迂闊に彼女の機嫌を損ねてブロックされたり、最悪アカウントを削除されたら元も子もないというのもあるだろう。


 初めてタイムラインに流れてきた半裸の女性の写真を見た時は驚いた。

 女性の半裸そのものは驚くに値しない。ずっとそう思ってきた。

 週刊誌などをパラパラを捲れば、グラビアアイドルやコスプレイヤーの写真が掲載されているご時世だから。

 まぁ……現実の女性の素肌を直接拝む機会はなかったけれど。


 しかし――SNSに投稿されていた画像は、何かが違った。

 単純な露出度の問題ではなく、もっとこう……生々しさがあった。

 恐ろしく目を惹かれ、そして心が惹かれたのだ。一瞬でハートを鷲掴みにされた。


 いったいこれはどういうことかと検索してみると、『裏垢』というワードに行き当たった。

 スマホを購入してもらって以来ツイッターはしばしば閲覧していたけれど、そんなアカウントの存在はまったく知らなかった。

 実際に裏垢に触れて興味を抱き、そして調べた。気になったことは放っておけない。


 あくまですべてインターネットの聞き齧り情報に過ぎないが……裏垢でエロ写真を放流しているような人間は、孤独感に苛まれていたり強い承認欲求に振り回されたりしているらしい。

 軽い気持ちでちょっとエッチな写真を投稿して、注目を浴びる。大量の『いいね』に高揚する。気を良くしてまた投稿する。その繰り返しだ。

『ひとりぼっちは嫌』『みんなに褒められたい』『認められたい』と言った具合にエスカレートするらしい。画像の方もエスカレート気味になる模様。

 

――よくわからんな。

 

 例えばこの『RIKA』というアカウントの少女、実際の彼女がどのような人物かは不明だ。

 不明ではあるが……顔を見せなくてもわかるほどに魅力的な身体をしていることは間違いない。

 顔見せなしでこれだけ人目を惹くのであれば、リアルでも孤独感や承認欲求とは無縁に思えるのだが。


「……ガチでボッチな俺が言うのも変な話か」

 

 自嘲した。せざるを得ない。勉は自他ともに認めるボッチである。

 家事をこなして学校へ通い、アルバイトに勤しんで勉学に励む。

 そんな生活を続けていたら、いつの間にか人間関係が希薄になっていた。

 ただ、それだけのことだ。中学校の頃の友人とも疎遠になってしまった。

 高校に入ってできた数少ない友人との縁まで切れたら、勉の学生生活は完全に孤独と化すだろう。

 

「もし俺が美少女だったら……裏垢とかやるんだろうか?」


 ひとりしかいない部屋で、おかしなことを口にしてしまった。

 やるかもしれないと思った。誰かと繋がりたい、必要にされたいという欲求は、勉の中にも存在する。

 勉がおひとり生活を受け入れているのは、現実に立ちはだかる諸々の問題とのトレードオフの結果に過ぎない。

 気楽な生活を謳歌している反面、自分だってSNSにか細い繋がりを求めていることは間違いない。


「ま、俺の裸なんて需要ないだろうが」


 勉は男だ。取り立てて美男子ではない。髪を短めに刈り込んだ普通のメガネ男子で、中肉中背。

 昔から学業に熱心に取り組んできたせいか視力に難があり、目つきが悪いことを気にしている。

 一応この春から高校2年生である。『RIKA』が経歴を詐称していなければ、同い年。

『だから何なんだ?』という話だった。自分と彼女にはSNS以外に接点なんてない。

 これまでもないし、これからもない。それでいい。世の中なんて所詮はそんなものだ。

 嘆息してスマートフォンを充電コードに繋ぎ、勉はそっと目を閉じた。

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