第292話
シャルとボードゲームで遊んでいるが、一向に集中出来ない。
机を挟んで向かい合った少女は、どこにでもいるような服装であり、産まれや育ちもさほど珍しいものではないだろう。
特別な存在か、と、問われれば本人は必死に首を振って否定するだろうし、他の人に聞いても首を傾げるこどだろう。だが、けれども……俺にとっては天井を打つ雨の音よりも彼女の微かな呼気の方が遥かに大きく聞こえるほどに特別な存在だ。
ボードゲームをしているのにシャルばかりを見ている俺の視線に気がついたのか、幼い顔を少し気恥ずかしそうに赤らめて俺を見つめる。
「ら、ランドロスさんの番ですよ?」
「ああ……そうだな」
可愛いシャルに見惚れつつも、カルアのやっていたことを真似して駒を進める。
勝敗がどうでもいいわけではないが、あくまでもこれはシャルと遊ぶのが主な目的なので、指してすぐにシャルの方に目を向けた。
パチリと目が合って、恥ずかしそうに逸らされる。
風の音が聞こえて、壁に雨粒が当たっていく微かな振動が分かった。
「……赤ちゃん、出来たらどうしますか? その、名前とか」
「出来るのか?」
「んぅ……多分、出来ないですけど、いつかは、あるので」
「まぁ……それはそうだな。……シャルは希望とかあるか?」
「えっと、その、まだ考えてないです」
シャルはそう言いながら駒を進める。
……一切考えていないのだったら、多分、そういうことを切り出さないだろうし、シャルの性格を考えたら俺の意見を真っ先に聞こうとするだろう。
多分、何か案があるのだろうが、俺には言い出しにくいと言ったところか。
カタリと音を鳴らして駒を動かす。
「……アブソルト」
「へ?」
「俺の恩人だ。男だったら、それでいいか?」
シャルは少し不思議そうに首を傾げる。
「…….商人さんのお名前ですか?」
「違う。そんな不名誉な名前付けるか。そもそも名前を知らない」
「あ、そうなんですか。……ランドロスさん、親友のお名前を知らないんですね」
「いや、まぁ……名乗られたことないしな」
シャルの手が駒を持って、ことんと動かす。
「どういう人なんですか?」
「……魔王だな。敵対して、俺が殺したようなものなのに……最後の力を使って俺を助けてくれた。……嫌か?」
「いえ、もちろんいいですけど……。アブソルトって……」
魔王の名前は人間は知らないはずなので問題ないだろうと思っていると、シャルは不思議そうに首を傾げる。
「ランドロスさんの名前にも入ってますよね?」
「……ん? ランドロス・ヨグ・ウムルテルア・マテリアト・アブソルト……本当だな」
「ランドロスが名前で、ウムルテルアが家名ですけど……他の名ってどうやって決まってるんですか?」
「さあ、魔族との関わりがないからよく分からないな。俺は母に言われた通り名乗っているが……子供が出来たら魔族の名前はあまり名乗らせたくないから気にしなくていいだろう」
わざわざ嫌われやすい名前を名乗らせる必要はないだろう。魔族の血も四分の一になるので見た目も人間に近くなるだろうしな。
シャルは頷き、少し迷った様子で俺に言う。
「女の人の恩人はいないんですか?」
「シャルだな。あとカルアとか、クルルとか」
「……それは……名前を呼ぶときに困りますね」
「はは、そうだな」
俺がそう言いながら駒を動かすと、シャルは気にしていないフリ、何でもないフリをしながら……ゆっくりと口を開く。
「女の子だったら、院長先生の名前をいただいてもいいですか?」
「ああ、もちろん」
やっぱり、そういうことで合ってたか。こうでも言わないと絶対に本音を言ってくれないだろうからな。
シャルは少し嬉しそうに微笑んで、ゆっくりと駒を動かす。
「そう言えば、院長はなんて名前なんだ」
「アリスですよ」
「…………可愛らしい名前だな」
あのお婆さんがアリスか……。いや、そりゃ院長にも少女だったり若かったりした時代はあったのだろうが。
「これが終わったら許可をもらってきますね」
「ん、ああ……雨も弱くなってきてるから、多分明日帰ることになるだろう。ゆっくりと話していけよ」
トンと俺が駒を動かすと、シャルは頷く。
「明日……ですよね」
「ああ、そうだな」
明日、帰るということは……明日の今頃にはシャルと宿にいっていることになるわけであり、俺も年上の男だというのに思わず緊張してしまう。
あどけない可愛らしい顔を俺に向けてくれているこの子に手を出すのだ。興奮と緊張の入り混じった感覚の中、ボードゲームで勝利する。
「あ、負けちゃいました。……えへへ、いっていますね」
シャルは手早く片付けてからパタパタと出て行く。
それから帰ってきたシャルと、目を覚ましたシャルの両親と軽く交流を深めていると、日が暮れたので眠ることになる。
シャルの両親も明日の朝に、別の街に行くそうだ。
いつものようにシャルを抱きしめて眠るが、明日にはこの邪魔な衣服がない状態で同じことが出来ると思うと、興奮して男のものが持ち上がってシャルに触れる。
シャルは少し不思議そうにしたあと、すぐにその正体に気がついて顔を真っ赤にする。
そんなこんなで孤児院の夜は終わり、窓から雲のない朝日を見る。
……めちゃくちゃ眠りが浅かったけど、まぁ睡眠時間は足りているので大丈夫だろう。
シャルとふたりで廊下に出ると両親と会い、そのまま孤児院の朝食をご馳走になる。
院長や子供に挨拶して、一応しばらくは会わないだろう商人に声をかけようかと迷って面倒なのでやめておくことにしておく。
孤児院から出たところでシャルと両親が何かを話していたり抱き合ったりしているのを横目で見ながら、邪魔にならないように少し離れていると、シャルの両親が俺の方にきて頭を下げる。
「娘を、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げられて……あまりの気まずさに、こちらも頭を下げることで目を合わせることを防ぐ。
今日、その娘に手を出そうとしているのに、そういう風に頭を下げられるのは気まずすぎる。いや、歳は離れているといっても夫婦なのだから、そこまで罪悪感を持つ必要はないが……。
シャルは名残惜しそうに、離れがたそうにするが、それを察したらしい両親が「またね」と口にしたことで、シャルは少し安心したような表情を浮かべ「またね」と子供のような声色で返す。
いつになるかは分からないが、また……近いうちに再会出来るはずだ。
……そういえば、あの町の教会、神の剣で真っ二つにぶっ壊したけど大丈夫なのだろうか?
もしかしたら両親の職場がなくなったせいで、本当にすぐに再会する可能性とかあるよな。教会の内部事情は分からないが、戦争で人手が減っているところ、あんな建物を簡単に再建できるとは思えないし……。
気にしないでおこう。うん。
職場がなくなってすぐに再会出来たら、そちらの方が都合がいいしな。
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