第264話

 頼んだ朝食と酒は合わないな。などと思いながら食事をしながら考える。

 普通に初代に伝えて迷宮内を見回りしてもらうか? それともクルルに言ってギルドの仲間に警戒するように呼びかけるか……。


 ……まぁクルルに頼んで注意を呼びかけるぐらいはしても何も問題も起きないだろう。


「……具体的にどういう奴等なんだ?」

「んー、普通だよ。ちょっと暗いところあるけど。何かあったの?」

「……いや、昨日の夜にちょっと会ってな」

「何かあったの?」

「……大したことじゃないんだが……ネネに乗られていたら襲われていると勘違いされてネネが攻撃されてな。すぐに誤解は解けたんだが」


 ミエナは「へー、そうなんだ」と、言いながら水を飲み、不意に髪を揺らすように首を傾げる。


「あれ? 何でネネに道端で乗っかられてるの?」

「……いつもそんな感じだろ」

「まぁそれもそっか」


 ミエナは髪が伸びてきて鬱陶しいからか、頭の後ろで縛ってからグッタリと机にもたれる。


「女遊びもほどほどにしなよ? 私、刺された人知ってるよ?」

「……いや、まぁ……気をつける」

「それで、何があったの? 流石に結構な時間一緒にいるんだからそれだけじゃないのぐらい分かるよ」


 思ったよりも勘が良い……というより、俺が嘘をつくのが下手なだけだろうか。

 クルルがひょっこりと首を出していて、下手な勘違いが起きないように言葉を考えながら口を開く。


「……迷宮の管理者と会ってな」

「……へ? えっ、本当に?」

「ああ、まぁ色々とあったんだが、その中の話題のひとつに迷宮内で耳と尻尾を千切った獣人達が他の人を襲っているという話があってな。……その人間被りというギルドのやつかどうかは分からないが……」

「……ああ、なるほど。……その人は信用出来そうなの?」

「信用は出来ないが、そのことについての嘘はなさそうだ。得がないしな」


 ミエナは管理者については気になるような仕草をした後、机の上に顎を乗せたまま俺を見る。


「うーん、人間被りの人はそういうタイプじゃないかな。そもそも、探索中って案外殺人事件は起きないって知ってる?」

「……人の目がないから多そうだと思うが」

「単純な話なんだけど、迷宮内で人を殺すのってあんまり意味ないよね。単純な話、街とかも含めて人を殺すのは怨恨かお金目的、あるいはランドロスみたいな痴話喧嘩とかが多いんだけど」

「あれ? 俺が刺されるのは既定路線になってる?」


 ミエナは三本指を立てる。


「まず、探索者に女は少ないから痴話喧嘩ではなかなか殺人事件にまでは発達しないんだよね。そういうのは酒の席で揉めて突発的にってのが多いんだけど、迷宮内では酒なんて飲まないし、近くに女もいないからそこまでの空気にはならないでしょ」

「いや、それより俺が刺されるのが決まってるみたいな話が気になるんだが……」

「お金目的の場合は迷宮内に金銭なんて持ってきてないからないでしょ? 怨恨による殺人は、探索者が探索者を恨んでいるときだけ、しかも普通は闇討ちした方が効率がいい。というわけで、イメージに反して迷宮内での殺人は起こりにくいんだよね。人を迷宮内に連れ込んで……とするには、迷宮の扉には衛兵が立っているしね」


 まぁ……ミエナの言っていることは確かだ。

 治癒魔法使いや回復薬がなければ、かすり傷が致命傷になり得る、しかも多くの場合探索者は警戒態勢にあって不意打ちをしにくい状況では狙う意味に欠けるだろう。

 俺なら普通に街で寝ているところを狙う。


 それよりも……俺が刺されることの方が気になるんだが……。


「まず、そもそもとして、探索者を狙うにしても迷宮内で他の探索者が近づいてきたら普通に警戒はするんだからおかしくない? 殺そうとしている相手が戦える状況を狙うのは」

「……まぁ、確かに」


 何かミエナが正論を言うとすごい違和感を覚えてしまう。これは本当にミエナなのだろうか。

 もしかして別人と入れ替わっていないか?


「普通の探索者はパーティを組んでるし、それもやっぱり狙いにくい相手ではあるよね。よほどの実力差がなければ襲う側も被害が出るし、複数人をいっぺんに襲うことになるから逃げられて犯行が発覚しやすいし。何にせよ、かなり不自然な話ではあると思うよ」

「……嘘だと思うということか?」

「んー、嘘とまでは。その人の性格は分からないし」


 ミエナはそう締めくくってからクルルの方に目を向けて「にへら」と頰を緩める。


「マスターは今日も可愛いねぇ」

「ありがと。ミエナも可愛いんだから、そんな格好してたらダメだよ?」


 シャルに直されてからまた着崩れていたミエナの服をクルルは直して、それから俺の方に目を向ける。


「昨日はそれで私にあんなことを聞いてたんだね」

「ああ……まぁ、あまり心配は掛けたくなかったからな」

「カルアが昨日怒ってたのも?」

「……起きてたのか」

「えっと、途中でちょっとだけ……盗み聞きしてたわけじゃないよ?」

「いや、怒ってた理由は別だから盗み聞きをしていないのは分かっている」


 何か余計に頭がこんがらがってきたな。管理者はそれほど俗世に関わりがないからわざわざ嘘を吐いたとも思えないし、けれどミエナが言うように迷宮内で襲うのにはメリットがないのも事実だ。


 こういうのはカルアの分野だが……カルアは今忙しいしな。


 ……そもそも管理者はどうやって迷宮内を監視していたんだ? 俺達が迷宮内でしていた会話を盗み聞きしていたのである程度精度としては信用出来るが……そんな迷宮全域の広範囲をずっと見ることも出来ないように思えるし、一度や二度襲っているのを見てもただの探索者同士の揉め事だろうと思うだろうし、わざわざ警告してくるとは思えない。


 迷宮内という超広範囲の中、ピンポイントで殺人を何度も目撃するのは不自然だ。毎日襲っていたら管理者も気がつくかもしれないが、それにしては被害の話をそこまで聞かない。


 探索者はよく死ぬと言っても毎日死人が出るほどではない。


 ……そうなると、やはり管理者の発言が怪しいか。

 いや、嘘を吐く意味がなさすぎる。


 うーん、と、俺が頭を悩ませているとミエナが再びわざとらしく服をはだけてクルルに直させていた。

 コイツ……完全に味を占めてやがる。


 いや……ん? あっ……。


「……わざと見せている?」


 俺が思わず考えついたことを口にすると、ミエナの服を直していたクルルがビクゥッと大きく肩を揺らす。


「ち、違うよ? わ、わざとランドロスにパンツとか見せてるわけじゃなくてね、ゆ、油断をしてたら……」

「いや、そうじゃなくて、その管理者の目撃した殺人についてだ。普通に考えたらおかしいが、管理者に見せることが目的ならおかしくはない」

「管理者に見せることが目的って……管理者があるの自体普通は知らないのに?」

「カルアは分かっていた。ある程度……一般的な知能とは隔絶されたほど賢いなら可能だ」

「……まぁそれはそうだけど……見せる意味ってある?」

「……管理者とコンタクトを取るためとか?」

「いや、殺人で管理者が来るなら、コンタクトを取っても敵対じゃないかな?」


 まぁ確かに……。そうなるとおかしくなるか。色々と考えているうちに酒が頭に回ってきて少し思考が鈍り、昨夜あまり寝ていなかったせいもあって眠くなる。

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